063 羨ましい
「ビオラ様、本当にありがとうございました」
二人の背を眺めていた私に、フィリアが改まったように声をかけてきた。
先ほどまでのにこやかな顔ではなく、真剣な顔で。
その姿に私も、真っすぐに彼女を見る。
「どうされたんです?」
「スタンピードをルカ様と予測されたばかりか、私設騎士団の派遣や王宮にまで働きかけていただいたのだと、夫よりお聞きしました」
いけない、私が進言したとかって公表はしないでって兄に口止めするの忘れてたわ。
やだ、変に目立っちゃうじゃない。
別に自分の功績を上げたくてやったわけじゃないから、内緒にしていて欲しかったんだけどなぁ。
失敗したわ。
「ああ、あれはたまたまで」
誤魔化すように後頭部をかきながら答えた。
しかしフィリアはどこまでも真っすぐに私を見ている。
「ご謙遜なさらないで下さい。もしビオラ様の発言がなければ、夫たち第二騎士団がどうなっていたことか」
「すごく大変だったと、私もあとから公爵様より聞きました」
「はい。悪天候も相まって、もし応援がなければ全滅していたかもしれません。だからすべてはビオラ様のおかげなのです」
そう言われるとさすがに恥ずかしいけど、当初の予定通りバイオレッタの父親を助けられてよかった。
彼が生きていれば、フィリアが女手一つでバイオレッタを育てて倒れてしまうこともないし、彼女が天涯孤独になることもないだろう。
あとはルカが闇落ちさえしなければ、もう完璧よね。
今のところその兆候はないけど、あの母親がなぁ。
このまま大人しくしてくれていればいいけど。
さすがにラストまで登場しないってことはないはず。
家族仲がとっても良いアピールはしているけど、どうかな。
「そこまでのことをしたつもりはないけど、何にしてもみんなが無事でよかったわ」
「本当にです。ビオラ様、ありがとうございます」
ようやくフィリアはそう言いながら、微笑んだ。
「わたし、本当はダメなんですけど。夫が緊急で出動するたびに、いつも心配になってしまって。しかも今回はあとから、大規模なスタンピードの前触れだったなんて言われてしまって」
「全然ダメじゃないわ。誰だって愛する人が危険な目に合えば。心配になるでしょう」
「ビオラ様もですか?」
「え、ええ」
答えてから、ふと気づく。
確かにあの時私は心配で眠れないほどだった。
だけどあの時の感情は、ただ家族としてのものよね。
だって愛情なんて……。
自分の胸に手を当てた。
よくわからない感情がここにはある。
自分でもなんて表現していいのか、難しい感情が。
だからこそ、ふと聞いてみたくなってしまった。
「ねぇフィリア様たちは恋愛結婚なの?」
「え、あ、そうですね。元々平民でしたし。彼は幼馴染なんです」
「幼馴染。ということは、子どもの頃から知っているのね」
「そうですね。あの頃は結婚するなんて夢にも思っていませんでしたが、立派に騎士になった彼を見た時にいいなって思ってしまって」
きゃーーー。
他人の恋バナって初めて聞いたわ。
なんかこういうの、女子会っぽい感じっていうのかな。
ヤバい、楽しいかも。
「告白は彼から?」
「ええ、そうなんです。騎士団に入団して昇進した時に結婚を申しこまれたんです。まさか、その後大きな功績を上げて一代限りとはいえ、爵位をいただけるとは思ってもみませんでしたけどね」
旦那さん、フィリアのためにも頑張った感じなのかな。
でもいいなぁ、本当に幸せそうで。
もちろん平民から貴族になるということは、きっと想像以上に大変なことなのだと思う。
好奇の目もあるだろうし、マナーも何もかも違う世界だから。
だけどその中でも、幸せそうにしていられるって、憧れちゃうな。
「羨ましい」
気づけばそんな言葉が口からこぼれてしまっていた。




