060 かわいい?
明け方過ぎ、雨は止んだものの泥濘るんだ上を馬で走り、泥まみれになった公爵たちが屋敷へと帰還した。
戻ると早馬からの連絡があった私たちは、急いで湯を沸かし、エンドランスにて待機。
温めたタオルと、足洗など準備万端で出迎える。
「おかえりなさい、アッシュ様。お怪我はありませんか?」
そう言いながらタオルを渡せば、やや驚きながらも彼は微笑み返してくれた。
「寝てなかったのですか、ビオラ」
「いえ。アーユに言われて、少しは寝ましたよ」
数時間だけとは言わない方が良さそうね。
余計に心配させてしまうから。
でも、良かった。
見たところけが人もいなさそうだし、公爵も怪我をしてはいないみたい。
「皆さんも、タオルで顔を拭いて足をここで洗って下さい。服は脱いだらあちらに。お湯は沸かしてあるので、入浴もしてください」
「えええ、おれたちもいいんですか、奥様」
私が声をかけると、騎士たちからは驚きの声が上がっていた。
確かに彼らとは、マトモに会話したことはなかった気もする。
「ええもちろんよ。みんなのおかげで大事にはなからなったわけだし。あと広間に食事も今用意させているから、お風呂を出たらみんなで食べてね」
夜通しの戦闘で、いくら夏とはいえ体は冷えているはず。
やっぱりこういう時はお風呂に入って、食事をして、寝るのが一番よね。
「それにお酒もちゃんと用意してあるわ」
お酒と言う言葉に、歓喜が上がったのは言うまでもない。
用意を手伝ってくれている者たちは、初めお酒を用意してと言った時に驚いた顔をしていたけど。
やっぱり仕事上りはこれじゃないとね。
飲めない人にはちゃんとジュースも用意してあるし。
こういう日なんだから、いいんじゃないかな。
「ビオラ、君が考えて指示を?」
ここまで驚いた顔を見るのは初めてかもしれない。
それがどこか新鮮で、ある意味可愛い。
って、可愛いって、なに。
それはルカの特権でしょう。
だいたい大の大人に可愛いだなんて、私ちょっとおかしくなっちゃったのかしら。
やだ、本当に寝ないと。
ちょっと頭が変だわ。
「ビオラ?」
あたふたする私の顔を、やや心配そうに公爵がのぞき込む。
その距離があまりに近く、私は彼の胸を押さえた。
「わ、私が指示しました。これでも公爵夫人ですから? と、とにかくあなたもお風呂に入ってきてください」
「え、あ、ああ。顔が赤いので熱があるのかと」
「ないです! 元気です! いいから行って下さい」
顔なんて赤くないんだもん。
ちょっと驚いただけよ。
何やら遠巻きに盛り上がる騎士たちは無視し、私は他の使用人たちと共に片付けと食事の支度を手伝うことにした。




