058 ほのぼのには不安を添えて
城を出て、公爵家の馬車に乗り込むと、私は安心感を覚えて息をつく。
確かに嫁ぐ前はあそこが私にとっての家であり、家族であったけど、記憶がないせいかとてもそんな風には思えない。
行き交う使用人たちや貴族たちは、みんな元姫だった私に挨拶はしてくれるけど、でもそれだけだ。
本当の意味で、あそこには家族なんていなかったのね。
やがて馬車は街中を抜け、公爵家の門をくぐる。
玄関に馬車が横付けされ扉が開けられると、そこにはルカがいた。
「おかえりなしゃい、ビオラ」
ルカの笑顔で、なぜか涙が溢れそうになる。ビオラとして転生したことに悪態をついた日もあったけど、昔なんかよりずっと幸せだわ。神様に謝らなくっちゃ。
「ただいま、ルカ」
涙を隠すために私は、ルカを抱きしめた。小さなルカの体はどこまでも温かかった。
「わわわ、ビオラ? どうしたでしゅか」
「んー? なんとなく、ルカが可愛すぎてしまって」
「ふぇ?」
「だって、本当にかわいいんだもの」
「なんなんでしゅか、それは」
「ふふふ。なんでしょうね」
照れながらあわあわするルカは、何よりも可愛かった。
しかし、今日はまた違った反応を見せてくれる。
「ぼくは、かわいいよりもかっこよくなりたいでしゅ」
私の腕の中から逃げ出し、ルカは腰に手を当てる。そしてややドヤ顔をしつつ、そう言った。
だけど、どこからどう見てもかわいいのよね。宣言するルカには悪いけど、可愛い系なのよ。
お目目くりくりだし、ほっぺぷくぷくだし。
もうちょっと年齢が上がったら、かっこよくなるのかな。
だけど、それにしても、どういった変化かしら。
前はそんなこと言わなかったのに。やっぱり可愛くても男の子だからかな。
ルカが他の子たちみたいにやんちゃに育つ姿は想像できないけど、でも公爵もさほど大人しいイメージはなかったわよね。
自分に文句を言ったり、喧嘩をふっかけてきた貴族の子たちと喧嘩したりしていたし。
「ねぇルカ、なんでかっこよくなりたいの?」
「……この前、女の子にたすけてもらったでしゅ」
「ああ、この前のガーデンパーティの時ね」
「そうでしゅ」
あの時はルカが観察していた虫を、他の子がいじめてしまったのよね。
それをヒロインであるバイオレッタが助けてくれた。
「助けられるのは嫌だった?」
「そうじゃないけど……でもちょっと……」
やや恥ずかしそうに二人で手を繋いでいたけど、そんなこと考えていたんだ。
「そっか」
「今度はぼくが助けれるような人になりたいんでしゅ。あと、いつか、いつかビオラもお父さまも、リナもみんなもたすけれるようになりたいんでしゅ!」
どれだけ可愛くても、男の子だからなのかな。守られるより、守れる人間になりたいだなんて。
子どもって、本当に成長が早いのね。
前までは自分のことを主張すら出来なかった子なのに。
それに私も守ってもらえる対象に入てくれるなんて、うれしい。そっか。そういう未来も素敵よね。ルカが闇落ちしない先には、きっと強くなったルカがみんなを守る世界になっているかもしれないものね。
「それならルカ、いろんな人が守れるように習い事とか始めてみる?」
「習い事、やりたいでしゅ!」
「でも大変よ? 疲れちゃうし、虫さんの観察時間も少なくなってしまうわ。それでもいいの?」
「いいでしゅ。全部全部頑張るでしゅ」
どこまでもルカの決意は固い。
きっとバイオレッタとの出会いがまた成長させてくれた気がする。
「じゃあ、お父様が戻ってきたら、私からお願いしてみるわね」
「はいでしゅ。ありがとうビオラ」
「いいのよ。お父様……早く帰って来るといいわね」
温かで幸せな会話の裏、未だに戻らない公爵と騎士たちに私は少しの不安を覚えつつも、それを顔には決して出さないようにした。




