057 兄という人
「でもそれは所詮、素人の意見だろう」
噛みつきたくなるほどの言葉を、兄はさらりと言った。
言い分はもちろん分かるけど、ルカを否定されたようで、余計に腹が立つ。
我慢できずに文句を言ってやろうと思った時、先に兄が口を開いた。
「しかしそういった前例がないわけではない。すべてを否定し、あとで問題になっても困るのは民だ」
「では、公爵家の騎士たちが異変を発見した場合にはここより騎士たちを派遣してもらえますか」
「その時は考えよう」
「その言葉、必ずお守り下さるよう、妹としてお願い申し上げます。あ、あと一個騎士団ではどうにもならぬと思いますので、そこもご留意ください」
兄はややめんどくさそうな顔をしながらも、私の言葉を最後まで聞き届けてくれた。
とりあえずは上手くいったとは言えないけど、及第点ってところね。
あとは公爵たちからの返事を待つしかないわ。
「ビオラ」
「はい? どうしましたか」
挨拶をして退出しようと思った私の名を兄が呼ぶ。
考えたら、こんな風に会話など二人はしたことないはず。
もしかしたら名前すら呼ばれたのだって、初めてかもしれない。
「結婚してから変わったな」
ぽつりと言った兄の言葉には、どこか温かさがあった気がした。
物語のことだから知っているだけだけど、二人の間に確執があったのは兄の母である正王妃のせい。
身分の低い側妃に生ませたビオラを、彼女が許せなかったから。
だから兄に、ビオラを無視するように教え込んでいたらしい。
だけどここで会話をしていると、なんとなく思う。
もしかしたら兄は、ビオラと話さないことでビオラを守っていたのではないかと。
自分が仲良くしたり気にかけたりすれば、自分の母がビオラを傷つけるかもしれない。
そんな風に少しは思っていたんじゃないかな。
だって敵意なんてまったくないし、真っすぐに私を見てくれているもの。
「そうかもしれませんね。とても今は幸せですから」
「幸せ……か。そうか」
「変ですか?」
「いや、意外だなと思っただけだ。後妻になど据えられて、さぞ肩身の狭い思いを公爵家でもしているのではないかと思っていた」
公爵家でも、ね。
肩身が狭かったのは、本当にこの王宮にいた時だけだったわね。
もっともビオラ本人は違ったのかもしれないけど。
「いえ。公爵様は大変よくしてくださいますし、子どももとてもかわいいですから。それにあの日、父にあの方と結婚したいと言い出したのは私ですよ」
「ああ、そうだったな」
そう言いながら、兄は少しだけ笑った。
あまりの新鮮さに驚いたのは、私なのか私の中に残っているビオラなのか。
それくらいの衝撃だった。
「今が幸せならば、王宮にはあまり近づかぬ方がいい」
兄は急に真剣なまなざしになる。
「なぜですか?」
「今は国王の体調がすぐれない。順当にいけばおれが次期国王だが、世代替わりには争いがつきものだ。それに衰えたとはいえ、あの父だからな。最後まで何をするかなど、わからないさ」
兄の言葉にどこまでもここが今私にとって現実世界なのだと教えられた気がした。




