056 苦手な存在
わざわざ公爵家の名前で急ぎの面会を申しこんだものの、父である王との面会は叶わなかった。
ならばと思い、娘としてどうしてもと粘ったが、どうも父は体調が芳しくなくすべての面会を断っているのだと理由だけは教えてもらえた。
そして公にはなっていないものの、今全ての政務を行っているのは父ではなく一番上の兄だとのことだった。
次期国王候補だから、仕方ないんだけど。
よりによって、兄弟で一番苦手な人と会わなきゃいけないなんて……。
兄は正妃の子で、確かビオラとは一回り近く歳が離れている。
特出した意地悪エピソードはないものの、王宮ではいつも無視され続けてきた。
あからさまに意地悪をしてきた姉や妹なら、いくらでもやっつけられる自信はあるけど、無視は違う。
いるのにそこにいないかのごとく扱われるのは、私にとって何よりも嫌なことでしかなかった。
どうしても昔の家族たちの影がちらつく。
あんなに苦しかったことは、もう嫌なのに。
でもルカの輝かしい未来のためには。逃げるわけにはいかない。
それに公爵だって、今ルカのために騎士を連れて出ている。
家族なんだから。
家族の為なんだから、しっかりしないと。
そう自分に言い聞かせ、兄との面会を申しこんだ。
するとすぐに少しの時間、執務室にて客としてではないなら会うという返事をもらえた。
別に客扱いなどどうでもいいし。
むしろすぐに会話が出来るのなら、その方が早く済むわ。
私は兄の提示を飲み、執務室へ入った。
兄の机の上には、父の分の書類だろうか。
恐ろしいほどの紙が山を作っていた。
兄はそれに目を通しつつ、サインをしており、こちらを見ることはない。
「面会を許可して下さり、ありがとうございます」
「御託はいい。手短い要件を言ってくれ」
さすがに視線は合わせなくても、会話はしてくれている。
それで充分だわ。
「では手短に。我が公爵家より西にある森の奥でスタンピードの可能性があります。現在、急ぎ我が家の私設騎士団と公爵が直々に偵察へ行っておりますが、まず間違いはないかと」
「……何を根拠にそんなことを?」
兄はその手を止め、私を見た。
顔はややビオラに似ている気がする。
しかし髪の色は深い青色で、瞳の色だけが同じだ。
イケオジと呼ぶにはまだかなり早いのは分かっているが、無精ひげのせいかそう思えて仕方なかった。
そしてその鋭い視線は、手短に要点だけを求めた割に、説明しろと訴えている。
「虫です」
「虫?」
「普段公爵家にはいない森の奥に生息する虫たちが、森から避難するかのように現れました。これはスタンピードの予兆と合致します」
「だとしても、たったそれだけか。たまたまということも、あるだろう」
「ありません」
私はハッキリと言い切った。
確かに普通なら、そう考えるだろう。
だけどルカがあの庭は毎日観察してきたのだ。
そして今の今まで一度だって、そのような異変はなかった。
それに遠くないどこかでバイオレッタの父がスタンピードに出くわし、亡くなるというイベントは必ず発生する。
もちろんイベントだなんて絶対に言えないけど、これは間違っているはずがないことだもの。
「なぜ言い切れる」
「息子はとても博学で、虫の生態にかなり深く精通しております。毎日の庭の観察も怠らず、今では自分で図鑑を作るほど。その息子が、昨日森の奥の虫を発見し、その後もその数が増え続けていると言うのです!」
そう。ルカは天才なのよ。
だからこんな小さなことから、スタンピードを予測したのよ。
分かってる?
まだ四歳なんだからね。
なんなら褒美とかルカに出してくれてもいいぐらいなのよ。
つらつらとルカの自慢をしたかったが、なんとか押さえた自分を褒めたいほどのどや顔で、私は兄に訴えた。




