052 楽しかった時間
「これは一体、どうなっているんだ」
ほぼその場にいた全員が、びしょ濡れで湖に入って遊ぶ姿に、ようやく仕事を終えた公爵が驚きの声を上げる。
公爵を見た瞬間、侍女や護衛騎士たちは肩をビクリとさせ、湖からみんな出て行く。
「ビオラこれは……」
「みんなで湖の捜索をしていたんですよ」
「何か落としたのか?」
「いえ。逆に何か落ちていないかなと」
ルカは虫探しオンリーだったけど、途中から大人たちは宝さがしに夢中になっちゃったのよね。
おかげで服はどこもかしこも濡れてしまっている。
「まったく、そんなのを探してどうするんだ」
「どうするって。夢がないですね、夢が」
「夢?」
「見つけることが楽しいんです!」
私が人差し指を立てながらそう言うと、公爵は理解できないというようにため息をついた。
どうしてこのロマンが分からないのかしら。
他の人たちはみんなノリノリでやってくれていたのに。
遊び心が足りないのよね、この人には。
「それでそんなにずぶ濡れになって、何か見つかったのか?」
「水の中で動く虫を見つけたでしゅ!」
私の代わりに、隣にいたルカが元気な声で答えた。
そう、虫はいたんだけどねぇ。
あとは少し変わった形の石を見つけたくらいで、金銀財宝とか宝石はかけらも見つかなかったのだ。
もう少し奥まで入って、潜って探せばありそうなんだけどなぁ。
私の勘がそう言っているのに。
「何も見つからないなら、もう無駄なことは上がって来るんだ。いくら夏とはいえ、ずっと水の中では風邪を引くだろう」
その言葉が親切心からくるものだということは何となく分かる。
確かに水の中に結構な時間いたから、風邪を引くかもしれない。
でも、無駄ってなに。
せっかくみんなで楽しんでいたのに、それを無駄って言うなんて信じられない。
「奥に何かありそうなので探してきます。見つけたら、今の無駄って言葉、撤回して下さい」
私は持っていた箱めがねを手放すと、ズンズンと湖の奥に歩き出す。
遠浅とはいえ、中心付近はおそらく私の胸以上の深さはあるだろう。
そこまでは箱めがねで見えないのよね。
「待つんだ、ビオラ!」
「アッシュ様はルカをお風呂にでも入れて差し上げてください」
「ビオラ!」
焦ったような公爵の声に、バサバサと水をかき分ける音。
中心付近まで達し、辺りを見渡してから潜ろうとしたその瞬間、大きな手に私は腕を掴まれた。
「アッシュ様、何ですか?」
むくれながら声をかければ、公爵は心底心配したような顔をしていた。
「すまなかった。さっきのは言い過ぎた。だから頼む、もう湖から出てくれ」
「でも」
「君の体はこんなに冷たいじゃないか」
確かに彼に掴まれた手から、温かさを覚える。
「捜索は俺と他の人間がやればいい。だから君も湯につかってくれ」
「でも」
「頼む」
水に濡れた公爵の顔は、どこか泣きそうにさえなっているように思えた。
「もう二度と、無駄なんて言いませんか?」
「ああ、言わない。悪かった、ビオラ」
「……分かりました」
公爵はホッとした顔をしながら私の手を引き、護岸まで歩き出す。
心配そうに見ていたルカを思うと、自分でも大人げなかったと思う。
だけど、なんだか楽しかった時間を否定された気がして悲しかったんだもの。
「皆もすぐに体を拭いて温めるんだ」
公爵の指示で、皆は屋敷へと戻る。
夕方、一緒にするはずだった食事の時間に、彼の言った通り私は熱を出してしまった。




