049 思っていたのと違う反応
「今少しお時間よろしいですか?」
私が執務室に入ると、公爵はふわりとその表情を緩めた。
後ろにいた秘書が、その顔を見た瞬間固まっている。
そして解析を求めるかのように、私と彼を見くべていた。
だけど私だって知らないわよ。
最近はなぜか、こうなのよ。
昔のように笑うようになったというか、家族になるために心を開いてくれたというか。
公爵の心の中を覗いたわけではないからこれといった確証はないけど、そう思うのが私にはしっくり来た。
「お、お茶でも用意させますね」
秘書はやや慌てた様に、執務室をあとにする。
大丈夫かしら、彼。
あんまり話したとないからあれだけど。
なんかどこか興奮していたようにも見えるし。
「珍しいな。君がこんな時間にここを訪れるなんて。何かあったのか、ビオラ」
公爵は立ち上がると、入り口に立ったままの私を迎えてくれ、手を引きながら執務室のソファーに座らせてくれた。
夫婦ならばこういうスキンシップも普通なのかもしれないが、私は未だに慣れていない。
「今日はお願いがありまして」
「お願いとは?」
にこやかな顔で、彼は私の正面に座った。
「ルカが新しい虫の図鑑を欲しがっていまして、探していただけると助かります」
「図書室のではなく?」
「はい。あれはすでに読破してしまったそうです」
「そうか……」
やや驚いたような顔をしながらも、公爵は顎を手で押さえ考え込む。
四歳の子が読むにしては、あの本だって十分に難しいものだったもんね。
「とりあえず、何冊か見つけられるように手配しよう」
「ありがとうございます。あと、出来ればまた外出の許可もいただきたいのですが」
「街への買い物か?」
「いえ、ルカと虫の観察が出来ればと思って。中庭は全て見つくしたとのことで、出来れば公園とかどこか近場でいいんですが」
本はあっさり許可が下りたけど、外出になるとそうもいかない。
前のことがあるし、護衛は最低でも三人はつけると言っていたっけ。
私設騎士団がいるから人員的には大丈夫そうだけど、彼らもお仕事だろいうし日程調整があるものね。
遠征の話は聞かないけど、たぶんそういうのもあるんじゃないかな。
「公園か……」
「難しそうですか?」
「いや、中々最適な場が思いつかないだけだ」
最適かぁ。
確かに護衛をつけるなら広さも必要だけど、広すぎても危ないものね。
「君が暑さで倒れても困るからな。あまり日差しが強くなく、快適な場がいいんだが」
「え、あ、私ですか?」
「そうだが?」
今、公園どこにしようかって話していたんだよね。
それは公園の規模とか、遊ぶ遊具とか普通ならそういう話になるんじゃないの?
なんでそこで私の熱中症の話が出るかなぁ。
そこまでか弱くないと思うのに、きっと。
「私のことよりルカのことを考えて下さい」
「いやしかし、母親である君が倒れたらルカも悲しむだろう」
「それは……そうですが。何度も言いますが、そうも簡単に倒れません」
「だがなぁ……」
ちょっと、どんだけ信用性がないの、この体は。
だいたい、私がこの体に入って以来、結構太ったと思うのよね。
たぶん目測でしかないけど、一キロか二キロは太ったと思う。
だってもう、足も棒きれじゃないし。
「郊外に別荘がある。そこへ行くとしよう」
急に思いついたように、公爵はポンと手を叩き一人頷いていた。
私が求めたのは外出許可であって、旅行ではなかったんだけど……。
そう思いつつも、ルカの部屋に戻ってそれを告げた時、大興奮するルカの前に旅行の方が正解だったと、迂闊にも思えてしまった。




