005 想像通りの物語
「いい天気だけど……、あづい」
暑すぎる。
それに病み上がりだけじゃなくて、この子、体力なさすぎだわ。
やっとの思いで屋敷の庭まで辿りついたものの、その中央にある噴水に行くまでにすでに体が重く動かなくなってしまった。
その場でしゃがみ込んだはいいものの、ここから引き返すのかと思うと……。
めまいまではいかないけれど、フラフラして息が上がっちゃっているし。
どうしよう。無理すぎる。
「うー」
私は顔を押さえながら、ただため息を吐いた。
足元には黒く小さなアリのような虫が、綺麗な隊列を作って歩いている。
仲間なのか家族なのか。
虫にだってそういうのがあるのに、なんで私はこんな広い屋敷で一人なのだろう。
なんか惨めだなぁ。いっそ、ここから抜け出せれたらいいのに。
「あ、あの! だ、大丈夫でしゅか?」
やや舌足らずで涼やかな声に、私は顔を上げた。
見れば、四、五歳くらいだろうか。
ハニーブロンドの髪に青い瞳の小さな男の子が、こちらをのぞき込んでいた。
やや震えながらも、私を気遣うようにその瞳は不安げだ。
「えっと……ルカ様?」
「あ、は、はい。そうでしゅ、ビオラ様」
やっぱり、ルカなのね。
私が想像していた物語と同じだわ。
昔読んだ本、それは自分に関心のない継母と、実母に似たせいで父からも愛してもらえなかった主人公のルカのお話。
ルカは家庭環境に恵まれずに虐げられた子どもの時期を経て、一度闇落ちしたあと、ヒロインの愛で救われるというもの。
異世界恋愛にしては結構複雑な人間関係が絡んでいて、何度も読み返したからよく覚えている。
ルカの実母は政略結婚の末に公爵との間にルカをもうけるのだけど、元より公爵が嫌いでルカを捨てて他の男と逃げちゃったのよね。
そして私のこの端役でしかないビオラは、公爵の後妻としてここに嫁いできた。
元第三王女なんだけど、これが結構なモブなのよね。
しかも夫である公爵にも相手にされず、ただ一人孤独に退場……って。
いや、うん。はっきりとした理由は忘れちゃったけど、病気か何かでの死亡退場だった気がするわ。
でもルカって、こんな可愛らしく天使のような子なのに、誰も興味を示さないってなんなの?
継母であるビオラは興味を示さなくても、まだ分かる。
立ち位置的に、自分が愛した人の子ではあるけど、血は繋がっていないからね。
まだ二十歳そこそこのビオラには、中々受け入れられなかったのも頷ける。
だけど実の父親だったら……ああ、でもあんなキャラだものね。
なんとなく分かる気もするわ。
「あの、大丈夫でしゅか?」
「え、ああ」
「あの、あの」
どこまでもルカの瞳は不安げだ。
私を心配する以上に、今まで接点がなかった人間にいきなり声をかけているのだもの。
いくら子どもが好奇心旺盛とはいえ、やっぱりそうなるわよね。
「暑くて少し目が回ってしまったみたいで」
「大変でしゅ! ちょっと待っててくだしゃい」
私が返答を終わらぬうちに、ルカはその小さな体で勢いよく走り出した。
その後ろ姿すら、どこまでも可愛らしい。
「ホント、天使みたいね」
気づけば言葉に出してしまっていた。