048 虫ラブ
屋敷に戻って二人になってから公爵には、あのキスのことを追求した。
しかし自分の記憶の中の両親があんな感じだったからすまないと返されてしまえば、それ以上もうなにも言うことは出来なかった。
両親がそれなら、それが普通だと思ってしまうもの。
それだけは私も理解できるから。
だからといって、勝手にしてきたことに対してすぐに許すかどうかは別問題なんだから。
「でしゅか?」
「へ?」
ルカの声に我に返ると、隣の席に座るルカは頬を膨らませていた。
ぷにぷにほっぺはいつもよりさらに丸みを帯び、その透き通るような肌はつやつやそのもの。
ルカが自分の隣で怒っていると分かっていても、私の手は誘惑に負け、その頬をつついていた。
「もーぅ。ツンツンだめでしゅ」
「あああ、ごめんごめん。お勉強の時間だったもんね」
そう言って私はむくれるルカに謝る。
こうやって怒るルカすら可愛くて仕方ないのと感じる。
ヤバいわね。
本格的に親ばか重症部類だわ。
気を付けないと。
私は机の上に置かれた、私の親指よりも分厚い図鑑を見た。
これは数日前にルカがこの屋敷の図書室から借りてきた本だ。
虫好きを極めるというか、ルカに初めに見せたのは子供向けの図鑑だった。
それこそ虫の絵が大きくかかれ、あとは名前が小さく記載されたもの。
しかしそれを全て読破した挙句、虫の名前や特徴まであの観察ノートに書き写し、さらには暗記してしまった。
そしてそれでも飽き足りないルカは、この本格的な図鑑を借りて同じことを繰り返したのだ。
「ルカ、もう全部書き写してしまったの?」
「はいでしゅ。だからビオラに教えるでしゅ」
朝食後、観察ではなく今日はお部屋でお勉強だと言い出したルカについてきて、彼の部屋に来てからずっとこのお勉強をしている。
ちなみに勉強を教えるのではなく、私が虫について教えられているんだけど。
「こんなに分厚いのを全部だなんてすごいわね。やっぱりルカは天才ね」
「えへへ」
「虫さん、好き?」
「だいしゅきでしゅ」
はにかむようにルカは笑う。
本当に好きなんだろうなと、その顔を見れば誰でも分かるだろう。
その愛ゆえか、ルカの虫に対する知識は半端ない。
ある意味、そこらへんの大人では勝てないレベルでおおよそ四歳とは思えないほど。
虫の名前が書きたくて、文字を覚えてしまったぐらいだ。
この世界にも昆虫博士とか、専門家みたいなのっているのかしら。
このままいったら、ルカもなれそうなレベルよね。
「でも、もう本おわちゃたでしゅ」
「あー、本当ね」
初めにあげたスケッチブックから、すでにルカの昆虫コレクションは十冊以上になっている。
だけど公爵家の図書室ですら、これ以上の本はなかったのよね。
「とりあえず、これよりももーっとたくさん虫さんが書いてある本がないか、お父様に聞いてみるわ」
「いいんでしゅか?」
「もちろん。ルカのためなら、よろこんで探してくれると思うわ」
さすがに公爵家ほどの力があれば、この図鑑じゃないものを探してきてくれるんじゃないかな。
でも、そうね。
本だけで勉強っていうのも、やっぱりちょっとなぁ。
せっかくだし、こういうのは実物を見る方が勉強にはなるわよね。
虫は苦手でしかないけど。
「お外で虫観察はしないの?」
「お庭にいる虫さんはもう全部スケッチしちゃったんでしゅ」
まー、そうよね。
毎日何時間も観察していたし。
季節によってその種類も変わるかもしれないけど、季節はそんなに簡単に過ぎないだろうし。
「それなら外出許可をとって、どこかで観察するのはどうかしら」
「えええ」
「他の場所なら、もっと違う虫さんもいそうじゃない?」
「いいんでしゅか!」
いつもより目を輝かせるルカ。
その愛らしい瞳が可愛すぎて、私はさっそく公爵に交渉することにした。




