047 初めてのお友だち
「ソニア男爵夫人、まさか身内である貴女がそのような嘘を人々に流布しているとは、思いもよらなかった」
「違います! 違うんです、公爵様。わたしはただ、そのような噂があるので本当なのかと、ビオラ様に確認しただけで、決して流布などいたしておりません」
必死に首を横に振るソニア。しかし冷めた目の公爵は、彼女の言葉など聞こうともしていない。
「同じことだろう。結局、そんな根も葉もない噂を信じたのだからな。その嘘で、ビオラがどれほど傷つくのかという想像が出来ない時点で、人として終わっているだろう」
「それは……」
ソニアは涙ぐんだ瞳で恨めしそうに私を見ていたが、もはやどうすることも出来ない。
これは、もともと彼女が始めたこと。
自分の言葉に責任を持てないのならば、嫌味であっても言うべきではなかったのだ。
「君には失望した。今後、うちと関係することは一切お断りさせてもらう」
きっぱりと公爵がそう宣言すれば、彼女は青ざめた顔のまま膝から崩れ落た。
「そ、そんな! 公爵様、申し訳ございません。それだけは、それだけはどうか……」
「まず謝るべき相手すら分からないようでは話にならんな。むしろうちと関係が切れたところで、仲の良い誰かは助けてくれるんじゃないのか?」
そう言いながら、公爵は辺りを見渡す。
しかし彼の視線に、その場にいた皆はそっと視線を逸らしていた。
公爵の言葉に、同じように周りに助けを求めようとしていたソニアも、自分が見捨てられたという事実をただ見ることしか出来なかった。
「こんなところに長居する必要はない。帰ろう、我が家に」
「はい、アッシュ様。ルカ、帰るからお友だちに挨拶して?」
「でしゅ」
ルカは自分の横に立ってくれていた、バイオレッタを見上げた。
「またでしゅ。さっきはありがとうでしゅ」
「ううん。全然いいの。大丈夫?」
「うんでしゅ」
「よかったー。また遊んでくれる?」
「もちろんでしゅ」
うんうん。やっぱり主役とヒロインよね。絵になるわ。
あ、絵を描いてもらって飾りたいくらい。いえ、これは飾るべきでしょう。もう決定事項ね。今度来たら絵師を呼ばないと。
本当に、なんて二人とも可愛らしいの。あー、こういう出会いが初恋に~とかなっちゃうのかな。
えー。もちろんルカが、境遇に負けない真っすぐなヒロインであるバイオレッタに惚れるのは知っているけどさぁ。
恋か。まだ先だし、応援したい気持ちもあるけど、ルカが彼女一筋になっちゃったら悲しいよぅ。
ああ、これが親心みたいなものかしら。嫁には~じゃないけど、ルカが結婚しちゃったら悲しいよぅ。まだ四歳だけど。もっとずっと先の話だって分かっているけど。
それにしても初恋か。なんかいいなぁ。私の初恋は……。私は無意識に公爵を見上げる。彼は私の心など知らずに、ただ微笑むだけ。この微笑みに嘘がないことは、もう何となく分かっている。分かっているけど、それとこれとはまた別の問題なのだ。
なんか、ホント拗れちゃってるよな……。
「ビオラ様、あの……先ほどの席で酷い言葉を投げかけられている時に助けることも出来ず申し訳ございませんでした」
一人妄想する私に、フィリアが頭を下げる。
どうやら黙っていたのが、ショックを受けているとでも勘違いさせてしまったようだ。
「いえ。むしろあなたがあの席にいてくれたから、まだ我慢出来たようなものよ。もしよければ、今後も仲良くして欲しいわ。息子も、だけど」
「そんな、恐れ多い。わたしはしがない準男爵家の妻で、公爵夫人であらせられるビオラ様となど釣り合うわけがなく……」
「私がそうしたいのよ。ダメかしら?」
「そんな、ダメだなんて! むしろ光栄すぎてしまって」
フィリアは目を丸くしながら、両手を胸の前で振り、あわあわとしていた。純粋なその姿が、確かにバイオレッタにとても似ている。きっとバイオレッタがこの先、良きヒロインとなるのは彼女のおかげなのね。
「娘さんに息子も助けてもらったようだし、お礼もしたいから今度手紙を送らせてもらうわ」
私がそう言いながら微笑むと、フィリアは緊張しながら何度も頷いてくれた。
まずは一人目。でも今まで友達すらいなかったのだから、大きな一歩よね。
だけどまだ問題は山積だ。そう。明らかに私の知っている物語からかけ離れ始めてしまったから。
二人の出会いはこんなに早くなかったし、初恋エピソードなんてあれには描かれていなかった。
もし仮にこのまま物語から逸れてしまってルカが闇落ちしなかった場合、バイオレッタはどうなってしまうのか。
本来の物語のまま行けば、彼女の父は勤務中に大量の魔物たちに囲まれて亡くなったはず。
その後フィリアとバイオレッタは爵位を失くし、平民に戻った。
そしてフィリアがバイオレッタを一人で育てたものの、彼女も無理がたたって病気で亡くなり、バイオレッタは天涯孤独となった。
せっかく出来た友だちを失いたくもないし、もしかしたら二人が結ばれないなんてこともあるかもしれない。
だからこそ、フィリアの夫を救わなきゃダメよね。仮にそのままの展開にならなかったとしても、警戒はしておかなきゃ。
話の内容としては、もう少し先のことだからいろいろ考えないとね。
「二人とも、さぁ帰るぞ」
「はいアッシュ様。フィリア様、またね」
「はい。ビオラ様」
そう言いながら公爵は私の手を引く。私はルカに手を伸ばし、彼と手を繋ぐと、三人で並んで歩き出した。
公爵の手は温かく、その視線はなぜか私にだけはほんの少し優しい。
それに前は顔を見るのも会話するのも、ちょっと嫌だって思っていた感覚は、今はもうどこにもなかった。
だけどあのキスだけは、帰ったら絶対に文句を言ってやろう。そう思いながらも、私はその手を離すことはなかった。




