046 公爵的、仲の良い夫婦のやり取り
「ビオラ、ルカ、迎えに来たぞ」
公爵はそう静かに言った。
しかし周りの人間たちの方が、彼の急な登場に驚きの声をあげている。
ルカと合わせた服装もそうだが、今までこういった場に公爵が来ることなど一度もなかったから。
夜会などでは見たことがある彼らも、この日中の日差しの元、キラキラと光るようなブルーグレイの髪にキリリとした顔をはっきりと見たら見惚れてしまうことだろう。
「何か問題はあったか?」
「アッシュ様」
私の元まで来ると、公爵は辺りを見渡していた。
問題ばかりよ。
でも一番はあなたの言い方よね。
あれだけアーユに言われて練習していたはずなのに、全然仲の良い夫婦の会話に見えないじゃない。
そう目で抗議しようとした瞬間、彼は私の左手を取ると自分の方へ私を引き寄せた。
いきなりの行動に私はわけがわからぬまま、やや体勢を崩し、公爵の胸にダイブしてしまう。
えええ、ちょ、なに。
なに? こんなの予定にあったっけ?
動揺を顔に出さないように見上げると、公爵は私の頭にキスを落とした。
そんな行動を見ていた周りの夫人たちからは、感嘆の声がもれる。
叫ばなかった自分をベタ褒めするほど、私は体の中が熱くなっているのがわかった。
ちゃんと仲の良い夫婦らしくして下さいと何回も念を押したけども。
指示したのは私だけれども。
コレは一気に過激すぎやしないですか?
なんかもぅ、わけが分かんないんですけど。
貴族の仲の良い夫婦って、コレが普通なのかな。
本当はこれされて嬉しそうに微笑まなきゃいけないのかな。
こっちは目玉か心臓か何かが飛び出してしまいそうな感覚なんですけど。
「男爵夫人、何か不手際でも?」
「い、いえ。そんな……ことは」
私たちの仲睦まじさに、ソニアは急に顔を青ざめる。
冷遇されていたから、別に少しぐらいいじめてもいいって勘違いしていたのよね。
うん、知ってるわ。
だけどもう、こちらもあなたと付き合う気はないのよ。
「ルカが大好きな虫の観察していたら、意地悪されてしまったみたいで」
「ほう? ルカにそのようなことを?」
公爵はルカを見たあと、ソニアに視線を戻した。
どこまでも冷たいその視線に、周りも凍りつく。
「ですが公爵様、所詮は子どものすることですし」
「アッシュ様、私もそうは思います」
「ですよね、さすがビオラ様」
さっきまでの態度が嘘のよう。
アッシュを前にしても先ほどみたいな態度だったら、まだこの人は生まれつきこういう性格なんだって、思ってあげようかとも思ったのに。
「しかし親として他の子に迷惑をかけたことを叱らないなど、それはどうかと思います」
「ほう」
「挙句、私とアッシュ様の仲が悪いかのように後妻であることを強調されたり、アッシュ様は未だに前妻であるノベリア様が忘れられないなどと言われたのですよ」
冷たさを通り越し、アッシュの怒りがその顔からあふれていることが分かる。
分かるからこそ、私はそっと目を逸らしてみた。




