038 ノベリアが描いたシナリオ
「タイミング良すぎませんか? ルカが攫われた時に、ノベリア様からの急ぎの連絡。彼女が欲しいのって、ルカなんですよね?」
「ああ、そうだ。元々あの使用人は縁故、子爵家からの紹介でうちが採用した人間だ」
その言葉に、背筋が寒くなる。
普通なら絶対にあの場を離れないであろう公爵を呼び出し、私たちを二人にした上でルカを攫った。
もちろん今回は未遂で済んだからよかったものの、そうじゃなかったら……。
母親になりたいって思ったのに、一瞬でも目を離した私の責任だとはずっと反省していた。
それはこれからも変わらないし、教訓ではあるけど。
だけど向こうがこんな風に誘拐してまでルカを手に入れようとしているのなら、私一人で守れるのかしら。
「そこまでしてルカを手に入れようとするなんて、ちょっと怖いですね」
それが愛情でないなら、なおさらだわ。
「結婚した当初、彼女からは子どもが出来たらすぐに親権を手放す代わりに離婚したいと言われていて」
「はぁ⁉」
あまりの公爵の発言に、私は会話が終わらぬうちに声を上げる。
え、じゃあ初めから離婚の約束があったってこと。
ううん、初めからノベリアはルカを捨てる気だったってことじゃない。
自分が自由になるために、本当の意味で最初から自分の子どもを利用していたんだ。
なんでそんなことが普通に出来るの。
継母でしかない私ですら、あんなにルカが可愛いのに。
実の母親だったら、それ以上じゃないの。
個人差とか、そういうレベルではなくない?
「アッシュ様もそれに納得したんですか?」
「契約婚のようなものだ。彼女を縛り付けておくわけにもいかなければ、初めから愛情もなかったから」
「ルカはモノではないんですよ! それを取引の道具として扱うなんて。そんなの可哀そうです」
「それは分かっている。いや……ルカが生まれた時、自分でも初めにその契約をしたことには少し後悔したさ」
視線を落とし、自分の手を見つめる公爵をこれ以上は責められなかった。
元はと言えば、二人のせいではなく、私の父のせいだものね。
私には責める権利なんて、初めからなかったのに。
でも、もしこんなことをルカが知ってしまったらって思ったら、いてもたってもいられなかったのだ。
「彼女も自分の子を抱けば、考えが変わるかと思っていた。しかしそうではなかった。ノベリアはルカに二度と会わない、親権は請求しないという念書を書き、離婚の慰謝料を請求してきた」
「……」
ここまでくると、本当にすごい人ね。
ルカをお金と引き換えに捨てて、自分が好きな人と結婚した。
私にはその感覚は一生理解できそうにない。
だけどそこまでした人とも別れ、もしかしたら公爵から受け取った慰謝料もすべて使い切ったのかもしれないわね。
そして実家に居座るために、ルカを求めたってことか。
でもあの捨て台詞からすると、あの人はあわよくばこの人の妻にまたなることを望んでいる。
少なくとも公爵夫人だったら、身分も完璧なら、お金にも困ることはないわけだし。
そんなにお金が好きなら、あり得そうだわ。
ルカを自分の味方につけてしまえば、公爵だってノベリアのことを受け入れるしかなくなるかもしれないし。
どう転んでも、頭が痛くなるようなことしか思いつきそうもなかった。




