032 その償い
細まった路地を進めば、よく見たお仕着せを着た侍女がルカの手を引き小走りに進む姿が見えてくる。
「ルカ!」
「ビオラ? あれ、おとー様?」
私の声に反応し、ルカが振り返る。
そして異変に気付いたルカは、自分の手を引く侍女を見上げた。
すると侍女はこちらを振り返ることなくルカを小脇に抱え走り出す。
「わぁぁ、ビオラ!」
「ルカ!」
まだ二人までの距離があった。
いくら私たちの方が身軽とはいえ、迷路のようなこの路地のどこかに入り込まれたら見失う危険性もある。
あのお仕着せは公爵家のものよね。
きっと同じものを着て、ルカに近づいたんだわ。
でも……あの髪の色、どこかで……。
侍女にしては短い髪の色は赤というよりは朱色に近かった。
いつかアーユが言っていた。
私の部屋付き侍女のうち二人は解雇出来たが、一人は縁故のため罰を与えたあと下働きとしてまだ働いていると。
だとしたらあれは――
「ラナ! あなた何をしているの‼」
名前を急に呼ばれたことで、彼女は肩をビクリとさせ立ち止まった。
そしてこちらを向く。
「ルカを離しなさい。あなた自分が何をしているのか分かっているの?」
そう言いながらも、私たちはジリジリと距離を縮めていく。
「うるさいうるさいうるさい! あんたがいけないのよ。あんたさえ、あんたさえいなかったら」
「貴族誘拐がどんな罪になるか分かってのことか?」
どこまでも冷たく低い声が、路地に響く。
公爵はラナを睨むと、静かに腰に下げた鞘から剣を抜き放つ。
そう、貴族誘拐は極刑のはずだ。
「ひぃぃぃぃ、あたしのせいじゃない」
半狂乱になったラナは、抱えていたルカを迫りくる公爵とは別方向に投げ捨てる。
彼女との距離をギリギリまで詰めていた私は、手を伸ばしルカの元へ飛び込んだ。
「わぁぁぁぁぁ!」
やや不格好にスライングする形で、なんとか私は間一髪ルカを抱きとめる。
地面に擦った腕の痛みよりも、ルカをなんとか落とさなかった安堵感から涙が出て来る。
「よかった、よかった、ルカ」
「うぇぇぇぇ、ごめ、しゃいビオラ……ボク、ボク」
「いいの、いいのよ。無事で本当に良かった」
そう言いながら私はルカを抱きしめる。
そしてラナに切りかかる音が彼に聞こえないように、そっと包み込んで耳をふさいだ。
地面に何かが倒れる音が聞こえる。
その音に顔を上げれば、剣をしまいながら公爵が私たちの元へ駆け寄ってきた。
「無事か?」
「はい。ルカは大丈夫です」
「違うだろう、君もだ」
「私ですか? ええ、問題ありません」
腕は確かに痛かったが、泣きじゃくるルカの手前、それを言うつもりはない。
公爵は不服そうに顔をしかめたが、しゃがみ込んでルカの服の土を払うと抱きかかえた。
よほど先ほどのことが怖かったのだろう。
公爵に抱かれても、ルカは嫌がることもなく、路地裏から歩いて出て来る頃には泣きつかれて眠ってしまっていた。




