025 譲れない方針
今まで食事は公爵の真正面のかなり離れた位置に座らされていたが、今日はなぜか公爵の右角のすぐ近くに私の席は配置されていた。
そしていつものように無言で始まるかと思った食事は、後ろに控えるアーユや公爵の秘書の圧もあったせいか、私が座るなり公爵が口を開いた。
「体調はもう大丈夫なのか?」
いきなりの気づかいに、どうかしたんですかと聞きそうになり、思わず私は目を見開く。
しかし一瞬で冷静になり、普通こんな会話は社交辞令だと自分に言い聞かせた。
「はい。おかげさまで」
「そうか」
安定に会話が続くことはない。
ただいつものように食事を続けようにも、二人の視線は公爵の頭をジッと見つめて会話しろと言わんばかりだった。
いくら私が熱を出して寝込んだからといって、そんなに気を遣うこともないのに。
むしろその圧のせいで、こちらの方が話ずらくなってしまっている。
私だって、彼を苦手なのは一緒なのに。
でも会話しないと、なんかまずそうね。
仕方なく、彼の代わりに私が口を開く。
「あの後、乳母はどうなりました?」
「解雇して、元妻の子爵家に戻らせたところだ」
「ルカに対して酷いことをしていたと認めましたか?」
「いや鞭打ちも行ったが、最後まで謝罪はなかった。だがルカ分の資金を全て自分の懐に入れ、特定の侍女たちを付けずにこの屋敷で孤立させていたということは自白した」
「資金は返還されましたか?」
「ああ、強制的にな」
それでも足りないけどね。
今までどれだけ使い込んできたんだろう。
ルカの部屋と続きになっている乳母の部屋は、驚くほど豪華だったっていうし。
だけどお金を使い込んでいた以上に、孤立させていたことが許せない。
「もうそれは犯罪なのではないですか? まだルカは四歳ですよ。そんな子どもをわざと孤立させるなんて」
「……それには俺の落ち度もある。処分は子爵家に任せたが、賠償は行わせるつもりだ」
お金の問題じゃないけど、でも元より乳母の管轄が元嫁の子爵家だというなら直接の処罰は出来ないものね。
悔しいけど、仕方ないか。
どちらにしても、酷くなる前に乳母をルカから引き離せたことだけは良かったわ。
「次の教育係には、まともな人間を選定するつもりだ」
そう言いながら、公爵は真っすぐに私を見た。
まともな人間を選定するから、信用しろってことかしら。
だけどこれだけは私も黙っていられないわ。
「その必要はありません」
「なぜだ? あの子に教育をさせないつもりかビオラ」
「いえ。私がそばにいて教えますので、今はまだ不要という意味です」
まだ四歳だもの。
本格的な教育が必要になるまでは、愛情をもって接せられる人間のがいいわ。
それに今までの生活があれだったのだもの。
いろいろ取り戻すことの方が先決よ。
だいたい教育教育って、そんな考えだからルカが人の目ばかり気にして変に大人びてしまうわけだっそ。
まずは子どもらしく遊んだり、その中から学ぶことの方が必要なはず。
勉強なんてまだ早すぎるわ。
今まで出来なかった子どもとしての経験を積ませてあげなくちゃ。




