023 夢うつつ
ルカの熱が下がりきった頃、私は安定に熱を出した。
不安がり私から離れたがらないルカをリナたちに託し、私は一人部屋に戻った。
幸い私にも医者は呼んでもらえた。
風邪による発熱よりも、過労と栄養失調の方に厳重なる注意が下った。
ある程度のことは自分で出来ると断ったものの、部屋には数名の侍女たちが交代で水や食事などを運んでくれていた。
こんな風に誰かに看病をしてもらったのはいつぶりくらいだろう。
私は熱にうなされながら、何度も夢を見た。
それは前の人生だった私、香帆の過去だ。
「お母さん、なんか風邪引いたみたい」
中学校の帰り、重たい鞄を引きづるようにやっと帰宅した私は、台所に立つ母に声をかけた。
明日からは夏休みで、旅行の計画があったのに……。
風邪を引かないように注意はしていたのだけど、先週風邪を引いていた弟の優太の風邪がうつってしまったらしい。
「はぁ? 何考えてるの、明日から旅行なのよ」
「分かってるけど」
熱が出ているのだろうか。
体の至るところが痛い。
母は私のおでこに触れることもなく、その目を吊り上げていた。
風邪を引いたのは私のせいじゃないのに。
元々優太が風邪を引いていても、家でマスクすらしなかったせいじゃない。
「旅行キャンセル出来ないわよ」
「……」
「ゆう君が楽しみにしているんだから」
旅行は家族四人で海と遊園地に行く予定だった。
去年の夏は行けなかったから、その分今年は豪華なのだと父に教えてもらっていた。
楽しみにしていたのは私も同じ。
そしてキャンセル出来ない……ううん、しないのもわかってる。
「あんた一人でお留守番してな」
「……ご飯とかどうするの」
「そのへんにあるもの食べればいいじゃない。まったくさぁ、なんでこんな時に……」
私だってそう思うよ。
なんでこんな時にって。
だけどそれを、私に言う?
その辺にあるものって、どうせカップ麺とかでしょう。
期待なんてしてはいなかったけど、やっぱりそうなるんだね。
私が風邪を引いて、家族旅行に不参加なことに、誰も疑問など持たなかった。
何か特別に置いてもらったものすらなく、病院に連れて行ってもらえるでもなく、みんなが楽しむ時間の中、一人私は部屋に残されていった。
いつだってそう。
両親も祖父母たちも、長男である弟だけを溺愛していた。
小さいうちはそれがどうしても許せなかったけど、いつしか期待することを私は諦めていた。
だってその方が楽だから。
期待しなければ、傷つくこともないんだし。
夢うつつの中、何度か目を覚ます。
部屋の中に、やや心配そうに私の顔を窺う公爵を見た気がした。
そんなことあるはずもないのに。
しかし熱が下がり気が付くと、ルカのために売りに出したはずのネックレスが胸元には戻っていた。




