020 乳母VS継母
「すぐにルカのところに行きます」
「ですが、マーガレット様が見張っていて中には入れないんです」
「そんなの関係ありません。私がやりたくてやっているので、彼女を押しのけてでも入ります」
そう関係ない。
せっかくほんの少し縮まった公爵との関係をダメにしてしまうかもしれないけど、ルカが苦しんでいるんだもの。
呆れられたって、怒られたってかまわないわ。
ここでは一緒だよって、ルカと約束したんだもの。
「すみません、奥様」
「いいのよ、むしろ言いに来てくれてありがとう」
きっとこの子は、自分の立場よりもルカのことを考えてくれたんだ。
だからこの屋敷でルカのことを思って、助けられそうな私のところに来てくれた。
それだけで十分。
ここからは私がやるべきことだもの。
私は泣きながら謝るリナをその場におき、駆け足でルカの部屋へと向かった。
私の部屋とは中央階段を挟んで反対側の一番奥にルカの部屋はある。
乳母は私が来るのを聞きつけたのか、すでにルカの部屋の前で待機していた。
深い緑の髪を後ろでお団子一つにまとめ、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。
前のビオラだったら怯んでいただろうけど、ある意味、好都合だわ。
「ねぇ、あなた、ルカに会いたいのだけど」
私が声をかけると、マーガレットはあからさまに嫌そうな顔をする。
顔をしかめ、鼻を鳴らした。
「ルカ様は今お休み中です」
「こんな時間なのに、なぜ? もうお昼過ぎよ」
「本日は体調がすぐれないとのことです」
「そう。ではなおさらね」
「何がですか?」
マーガレットは私の言葉の意図が分からず、イライラしたように声のトーンが高くなる。
「体調がすぐれないのだったら、お医者様を呼ばないといけないわ」
「そういうルカ様への決定権は、公爵閣下よりわたくしに一任されておりますので口を出さないでいただきたい」
「あらそうなの? でも彼は次期公爵なのよ。そんなこと言って何かあったら、あなた責任が取れるのかしら?」
私の言葉にマーガレットは言葉を詰まらせる。
だいたい、そうじゃなくてもおかしいでしょう。
ルカに対する決定権があるとはいえ、病気になった子を医者にも診せないなんて、普通ではないわよ。
「ルカ様は他人に心配されたいがために、よく仮病を使われるのです。先ほど状態を確認しましたが、熱もないようですし問題ありません」
「まぁ、あなた医者だったの?」
「そうではないですが」
「じゃあ、素人が仮病か本当の病気かなんて分かるわけないじゃない」
「それは……」
だいたい仮病なら、休ませておく必要もないだろうし、こんな風に扱っていること自体、その言葉が嘘だって言っているようなもんでしょうに。
公爵から一任されたことをいいことに、この人はルカを自分のモノとして扱っているんだわ。
冗談じゃない。
そんなことさせておけるわけないじゃない。
「どちらにしてもまずは医者を呼びます。そこをどきなさい」
「おやめ下さい。ビオラ様になんの権限がおありで、そのようなことをおっしゃっているのですか? これは公爵閣下からのご命令なのですよ!」
「そうですか。でもあなたは所詮乳母。私はルカの母なので、本来は公爵と同じ身分。だったら何も問題ないはずです」
「しかし!」
この人と話していてももう埒が明かないわ。
今はそんな状況じゃないのよ。
押し問答をする私たちの声を聞きつけたのか、アーユと執事が部屋の前まで駆けつけてくる。
そしてことの説明をし出し、言い訳をする乳母を押しのけ、私はルカの部屋に入った。




