019 侍女の告白
翌日、早朝に公爵は登城したと教えられた。
こちらから聞いてもいないのに、一応夫だからなのかな。
こういう報告を侍女がしてくれるようになったのも、いいことなのかもしれない。
一人で朝食を取り、また昨日約束した中庭へ。
しかしそこには、いつもいるはずのルカの姿はなかった。
「何かあったのかな……」
私は中庭から、ルカの部屋の窓を眺める。
いつもはカーテンが開け放たれているその部屋は、しっかりとカーテンが閉まっていた。
まだ寝ているにしては、もうお昼近い。
いつもなら絶対に来ている時間なのに。
部屋に行こうか、もう少し待つべきか。
中庭で一人うろうろしながら考えていると、一人の侍女がこちらにやって来た。
歳は私と同じくらいだろうか。
やや大きめの丸眼鏡に、うっすらとそばかすのある顔。
癖のある茶色の髪を二つ縛りにした、可愛らしい侍女だ。
彼女は辺りをやや警戒したように私に近づくと、少し小さな声で話始めた。
「奥様、すみません。今少しよろしいでしょうか」
そう言う間も、彼女はやたらと辺りを警戒したように見回す。
「ええ、大丈夫よ。場所は移した方がいいかしら」
「あの、えっと。すみません」
ややホッとしたような表情を浮かべる彼女の案内で、屋敷からは見えない中庭の隅に私たちは移動した。
「で、えっと、あなたは?」
「わたしは、ルカ様の部屋付き侍女をさせていただいております、リナと申します」
リナは丁寧に私に頭を下げた。
ルカの侍女だったのね。
乳母の話はほんの少しルカがしてくれたけど、侍女の話は一度も出たことはなかったわね。
「それで、私に何か用だったの?」
「はい……えっと……。ルカ様が」
「ルカになにかあったの?」
「本日は体調がすぐれないとのことで、ここへは来れないと」
リナはそう言ったあと、やや下に視線を落とす。
ただルカの体調を私に言うだけだったら、こんな風に誰かの視線から逃れる意味はなんだったのかしら。
乳母がルカの体調の悪さを隠しているってことかな。
でも体調が悪ければ、医者を呼ぶわけだし、隠したところで意味はないわよね。
「今はお医者様が来て、治療しているのかしら?」
「……いえ、それは」
「まさか医者を呼んでないの?」
私の問いにリナは眉を下げ、困ったような表情を浮かべる。
そして唇を噛みながら、視線をそらしたままだ。
「あなたが言ったなどということは、誰にも言いません。これは私が勝手にやったこと。ルカは今どうしているの」
「乳母であるマーガレット様のご指示で、お一人でお休みになられています」
「一人で? 病気なのに、一人で置いているの?」
私の言葉にリナはお仕着せのスカートをぎゅっと握りながら、頷いた。
何でも一人で出来る様に乳母に言われていると、ルカは言っていた。
その言葉の意味って、そういうことじゃないでしょう。
病気の子どもを一人で放置するなんて、頭おかしいんじゃないの。
何を考えてるの。
もしリナが私に言いに来なかったら……。
いえ、今まではずっとそうだったんだわ。
だってビオラも誰も、ルカを気遣うことなんてしてこなかったんだもの。
悲惨な子ども時代のせいでルカが闇落ちをしたって分かってはいたけど、私が想像していたよりもずっと酷かったということが、今ほんの少しだけ分かった気がした。




