014 子どもらしく
庭にはすでにルカがいた。
いつものように庭にある花壇の縁にしゃがみ込み、その中を覗いている。
今日も侍女をつけずに一人でだ。
乳母が彼の全権を持っているらしいけど、今日こそはどんな人なのか聞き出さないとね。
「ルカ様」
私が軽く手を挙げながら近づくと、ルカはややはにかむような笑みを浮かべていた。
そして私に合わせるように、ちょこんと小さく手を振り返してくれる。
かわぃぃぃぃぃ。
恥ずかしがる顔も、少し赤くなったぷにぷにほっぺも、なんて可愛らしいの。
あのぷにぷには犯罪ね。
触りたくなってしまうわ。
「今日も一緒でしゅね、ビオラ様」
「もちろんです。昨日約束したじゃないですか」
「えへへ。そうでしゅね」
かわいいけど、どこかもどかしいのよね。
敬語のせいかしら。
おおよそ言葉遣いというか、行動というか。
子どもっぽくないのよね。
一人の時間が長いせいかしら。
子どもは子どもらしくしていて欲しいんだけど。
それになんていうか、ちょっと距離感があるように感じる。
貴族っていうのは、子どもの頃からそうなのかな。
それとも教育の賜物みたいな?
どちらにしても、んー。今日はもう少し距離を縮めないと。
「今日はルカ様のためにコレ持ってきたんですよ」
ルカにスケッチブックとクレヨンを手渡した。
彼は驚いたように、スケッチブックをめくる。
「これは?」
「虫を観察したやつを描いたら素敵かなって思いまして」
「えええ。これ、ボクが使えるんでしゅ?」
どこか不安げにルカは私の顔を覗き込んだ。
ある意味ただの紙とクレヨンでしかないのに。
「もちろんですよ」
「わ、わぁ。しゅごい。うれしい」
こんなものだけで、よろこんでくれるのはうれしい。うれしいけども……。
「お部屋付きの侍女などは用意してはくれませんでしたか?」
「え、あ。えっと……」
「大丈夫ですよ? 教えてくれますか?」
私はその場にしゃがみ込み、ルカに視線を合わせた。
ルカはやや視線を落としたあと、困った顔をする。
私はそんな彼の小さな手に触れた。
そしてルカが言葉を紡げるまで、私は彼の顔を見つめながら待ち続けた。
幾度か私の顔を見たり、言いかけたりを繰り返した後、小さな声で言う。
「乳母がぜーたくはだめでしゅって」
「贅沢? 紙を使うのがってことが?」
「ん……なんでも欲しがるのダメって」
物を欲しがるのがだめって。
贅沢のしすぎがだめなのはわかる。
でもルカはまだ子どもよ?
しかもこんなただの紙とクレヨンじゃない。
こんなの贅沢でも何もないでしょうに。
そんなことを我慢させられて来たルカを考えると、腹が立つのと同時に悲しくなってくる。
「乳母に物を欲しがったら怒られるのでしたら、これからは欲しいものがあったら私に言ってくれませんか?」
「え、ビオラ様に? でも……」
一度そう抑えつけられてしまうと、子どもらしさを取り戻すのはたぶん大変だと思う。
だけどルカの笑顔のためなら、頑張れる気がした。