012 二人の距離感
「まったく、奥様のせいであたしたちが酷い目に」
扉の開く大きな音、そしてそれに合わせるようにこぼれる料理。
それはまるで、コントでも見ているかのような綺麗な流れだった。
侍女ラナは、私が先ほど思ったのと同じように、おそらくここには私しかいないと思っていたのだろう。
しかしここには公爵をはじめとした他の人間がいた。
私に文句を言うつもりで飛び込んできたものの、私を見つけるよりも先に公爵を見た彼女は声を失くした。
公爵は彼女の振る舞いに勢いよく立ち上がり、眉間にシワを寄せ睨みつける。
その表情は私に向けるそれよりもはるかに冷たく、威圧感があった。
ラナはただ震えながら、その場に立ち尽くす。
「どういうことだ。なぜ侍女が、このような場所に金切り声で入ってくる」
「あ、あの……もうしわけ……」
その瞳には涙を浮かべ、ラナは私に助けを求める様に視線を向けた。
この状況で、どうして私が助けるとでも思うのだろう。
私は深くため息をついたあと、声を上げる。
「その《《下女》》は私の行動に腹を立てていたようですわ」
「下女? 君の行動とは」
「私の部屋に毎日運ばれてくる食事がかなり酷い物だったので、料理長に聞きに行ったのです。すると、それは私に用意されてものではなく、廃棄するものをわざわざ彼女たちが運んでいたようで」
私の言葉に、ラナは力なく首を横に振った。
これで公爵がどう思うか知らないけど、こっちは別に嘘を言っているわけではない。
「それで下女というのはどういう意味だ?」
「ああ、その子たちは部屋に食事を運ぶだけで何もして下さらないので、てっきり下女かと思ったのですが、違いましたか?」
公爵の額には、うっすらと青筋が浮かんでいた。
愛はなくとも、さすがに自分のとこの使用人の不正とかは許せないのね。
変にこっちのせいにされたり、いじめを当たり前だというような人でなくて良かったわ。
「ビオラの侍女を全員集めろ。そして俺の執務室へ連れて来るんだ」
「かしこまりました」
秘書らしき男性が、頭を下げながらダイニングから小走りで出て行く。
公爵に睨みつけられたままのラナは、その場にへたりこんだ。
「アーユ、彼女には新しい食事を用意するように厨房へ伝えてくれ」
「かしこまりました、アッシュ様」
アーユと呼ばれた侍女は、私に深々と頭を下げたあと、秘書と同じように出て行った。
そしてどこからか、騎士のようなガタイのよい人がラナをダイニングの入り口から引きずり出す。
無駄に抵抗するラナは髪を掴まれ、どこまでも泣き叫んでいた。
しかし私にはそれを庇う理由もない。
同じことをビオラにしたんだもの。
自業自得ね。
彼らへの処罰はきっと軽くはないだろう。
貴族を侮蔑したのだもの。
ホント、バカな子たちね。
「話は、彼らから聞く」
ラナが出て行ったのを見届けると、公爵は向き直り私にそう言った。
その表情からは、感情は読み取れない。
「そうですか」
「何か言いたいことはあるか?」
「……いえ、温かな食事が食べられれば、私は何の問題もありません」
「そうか」
私がそれ以上何も言わないことに、逆に彼が困っているようにさえ思えた。
だけど今の私にはそれは全て。
これ以上何も言うことなどなかった。




