001 なぜか転生したようです
気だるい体をベッドから少し起こすと、ぼんやりと視界が歪んで見える。
熱を帯びた体は思うように動かず、水を求めて手を伸ばせば近くに置かれた水差しが床へと転がていく。
幸い水は入っていなかったのか、高級そうな金の糸で柄の書かれた赤い絨毯にシミはない。
「絨毯?」
我が家にこんな高価なものなんてなかったわよね。
いやその前に、このベッドすら自分のものでもない。
見上げた先にある天蓋の付いたベッドなど、物語の中以外では見たコトもなかった。
「……頭痛い」
そもそもどうして私はこんなところにいるのか。
痛むこめかみを片手で押さえながら、昨日のことを思い出していた。
確か仕事中からいつもの片頭痛がひどくって、痛み止めを飲んで仕事をしていたんだっけ。
そのあとフラフラのまま帰宅して、またもう一回薬を飲んで。
記憶はそこでプッツリと途絶えてしまっている。
そして目が覚めた先がここというわけだ。
「全然意味がわからない。病院でもないなら、ここはどこなの?」
揺れる視界のまま何とかベッドから這い出ると、近くにある姿鏡の前へ。
それに掴まりながら立ち、自分の姿を見た。
ストロベリーブロンドの長くふわふわした腰までの髪に、透き通るような真っ白い肌、そして宝石のように輝く翡翠色の瞳。
歳は二十歳を越えていないくらいだろうか。
顔色は青白くかなり悪いものの、誰が見ても可愛いらしいと思えるほどの女の子がそこには写し出されていた。
「いやいやいやいや、あなた誰?」
私は姿鏡に手を触れる。
もちろんその中に手が吸い込まれることはなく、それはいたって普通の鏡でしかなかった。
ということは一つ。
これはちゃんと鏡として、私を写し出しているということ。
だけど私は確かにさっきまで黒髪に黒い瞳で、目の下にクマがっつりのかなり疲れた顔をした人間だったはずよね。
歳は思い出したくもないけど。
それなのに、今目の前の鏡に写るこれは全然別人じゃない。
別人も別人で、世界すら違うレベルよ。
「世界って、まさかね。そんな、どこかの漫画や小説じゃないんだし……」
あり得ないと言いかけて、ふと、この見た目で思い出す。
昔好きだった小説に、こんなキャラがいた気がすると。
それじゃ題名はもう忘れてしまった本のものけど、親の愛を知らない主人公がヒロインの愛で救われるという異世界恋愛もの。
その中に出て来る継母が、ちょうどこんなキャラで描かれていた。
その継母はモブのような立ち位置だったけど、彼女の生い立ちや主人公の父であり自分の夫となった人への感情が、私にはあまりに可哀そうに思えて何度か読み返したっけ。
「んんん。って、まさか……そういう展開? みたいな?」
死んだ記憶も、そのあとに転生してしまった確証もない。
しかし鏡に写る自分は、確かにあの物語の中の彼女に思えた。
だけどそれ以上に痛む頭に、私はその場に小さくうずくまる。
痛い。なんなの、この痛み。
頭が割れそう。痛み止めどこなの。水もないし。
このままじゃ本当に死んじゃうわ。
そう思っても体はそれ以上動くことはなく、頭を押さえたまま私は意識を失っていた。