008 紫炎のバーニア
書きました。最後まで読んで評価や感想などくださると幸いです。
紫炎のバーニア、レイシャはそう呼んでいたか。彼女が今、最早ドーム状になった山を背に俺たちを……レイシャを見つめている。
逃げようとはしたがクレーターの外周に木の残骸が積み重なって落ちてくる。4mくらいはありそうだ、どうやら意地でも俺たちを逃したくないらしい。
「拍子抜けね。散々我らを邪魔し続けた癖にお仲間さんに言われなきゃこれが罠だとすら気づかなかった。そして山に潰されて死ぬの、人間二人巻き込んでさ。」
「もう無能という言葉ですら霞むような所業だけれど、弁明とかないの?」
返答とばかりにレイシャは矢を三連続で撃つ。そしかし、バーニアにたどり着く前に全て焼け落ちしまった。
山に潰されて死ぬって言っていたか、じゃあ今浮いてるアレを落としてくるだろう。そうなったら逃げようにも周りにある木の残骸に阻まれる。極限まで運が良くても落ちてきた土に埋もれて生き埋め。そうなる前に落ちてきた岩に全身を砕かれるのが関の山か。
「マリ、浮いてる山や周りの木を吹き飛ばせるようなこと、魔法でできるか?」
「できます。……ですが必要なエネルギーに伴い魔法陣は肥大化、詠唱は長いものになります。彼女に気づかれたが最後、完了を待つことなく山を落とされるかと。」
確かにそうだ、吹き飛ばさんとする所を見逃すわけがないか。仮に気づかれてからでも詠唱が間に合うような物だとパワーが足りないだろうし、詠唱がいらないというこの剣でも、山を吹き飛ばすほどの物は出せなさそうだ。
俺たちが考え込み、話してる間もレイシャは一方的に攻撃を続ける。バーニアはそれを避けたり燃やしたり、または防いだり。攻撃を喰らうことなくいなし続けている。
「これが無駄だって分からないくらい頭が悪かったのか、生き残るのも諦めて無駄だとしても奇跡を信じて傷を負わせようとしてるのか。」
「どっちだとしても可笑しいわね。お前、そういうタイプじゃないと思ったのだけれど。」
「そっちこそ、避けたり撃ち落としたり燃やしたり、随分慎重じゃないか!どうだい、私の矢が怖いのかい?」
レイシャは声を張って返してるが、側から見たらただの強がりにしか思えない。いつもの余裕を持った表情とはかけ離れた表情が余計にそれを物語っている。
しかしレイシャの言う通り、慎重に矢を防ぐバーニアそのものは、こちらに有利に働くだろう。
「マリ、バーニアとやらはレイシャに集中する余りこっちへの警戒が疎かになっている。今なら気づかれることなく詠唱を終えられるんじゃないか?」
「例えば、この剣一つでも突風を生み出せるくらいに魔法の出力を強化したり、とかさ。」
マリは無言で頷き、密かに詠唱を始める。バーニアは……まだレイシャの攻撃をいなしてるだけみたいだ。
「ああ、分かったわ。なんでヤケになってるのか合点がいったわ。」
「お前、自分の選択が間違ってるって認められないんだ。だからガキみたいにそんな無為な抵抗をする。」
「……何を根拠にそんなことを!」
「異世界人など、将来有望な者がいれば普通は噂になる。そうすれば王はそれを見つけ、勇者に連絡する。勇者はそれを受けその異世界人に遣いをだす。」
「勇者の考案したノウハウだが、実際に我らを苦しめた恐ろしい作戦さ。これにより戦力の取り零しは無くなり、彼らは戦力を拡大させた。」
「それ以上言うな!」
「しかしお前は独断で異世界人の情報を伏せ、勇者の作戦に嵌まらない行動をした。そうすれば私たちの目を欺けるのかと思ったのか?」
「異世界人が召喚されたことは魔力の流れを見ても明白だったというのに、彼の噂が全く流れていなかった。彼が隠し球にする程何か重要な存在かと思っていたが……お前の勝手とはな。」
「お前は人を騙した挙句、味方の誰も得しない方向に物事を進めた。これはその結果さ。」
「そんなつもりじゃない!私は、ただ……。」
「どう思うんだ、そこの異世界人。」
バーニアが俺をじっと見る。そういう流れがあった上で、レイシャは俺を隠し通した。異世界人であることを隠した方が良いというのも、騙していたようなものかもな。
だが、だから?
「だからなんだって言うんだ?俺は少なくとも悪い扱いを受けた覚えも無いし、俺に害を与えようとしたわけでも無い。」
「そしてあんたはもう勝ち誇ったつもりでいるようだが、別に俺としてはここで死ぬつもりも、負けたつもりもない。」
正直転生してきて、異世界人だって隠すことに意味があるとは最初から思っていなかった。実際、この世界で生きていたら知っているようなことであろうとも、マリに魔法を習う時素直に知らないと言っていた。
「貴方様、詠唱終わりました!」
マリの伝令に応じ、剣を空に掲げる。
意図してはいないだろうけど、ただの一つも効いていなかったとしても、レイシャが弓矢で攻撃を続けていたお陰で、マリは一切気づかれることなく詠唱を完遂できた。
「ふん、勇気だけは一人前か。ならば見せてみろ!何をしようとしているのかは知らんが、それで自分の運命を捻じ曲げられるとでも?」
「捻じ曲げるつもりはない。もとよりそんな運命じゃないからな。」
イメージするのは台風、竜巻、嵐、或いはそれに類する存在。
ドーム型ってことは本物よりも軽い。当たり前のことだけど、今この瞬間は重要だ。マリの強化魔法も含めれば、風穴を開けるくらいの力は出る筈だ。
剣が疾風を纏い、疾風は槍のように一直線に空へ。空を覆っていた山を貫き、そこを起点として破壊した。風は土を運び、砕き、何処か遠くへ流していく。
俺たちを埋めんとしていたそれは、いまや空に残っていなかった。
「お前、名は何だ。」
「ライヤ、霧坂雷也だ。苗字はもう必要ないかもしれないがな。」
名前を聞いて、バーニアは面白そうに笑ったあとで魔法陣をゆっくりと広げる。
「そうか、霧坂雷也。お前の名は覚えたよ。一瞬でも私の予想を超えた物として、お前を讃えよう。」
魔法陣は先程の山より一回り小さいくらいの大きさまで広がり、中からゆっくりと赤い鱗が出てくる。
それは空想上の生物、その中でも特に強大な物として記憶していた。ああ、まさに伝説そのものだ。
「やりな、ドラゴン。」
すぐさま火炎が地表目掛けて襲いかかる。地を抉る熱線、生物を殺す高熱。マリの貼ったバリアが眼前に現れ、ピシリとヒビを入れる。
「バリアはもう持ちません!今すぐ壁を……。」
マリが無理に詠唱を始めようとするが、間に合う訳がない。どうすれば良い?水の魔法で少しでもダメージを和らげるか、それから……。
「大丈夫、安心して。後は私が守るから。」
──今、誰かが横を通った。通っただけなら良いんだ。
俺はこの声を知っている。
「……何故ここにいる?デザルマーバにいると聞いていたが……。」
「つい最近までね。守りたい人がいるから、無理してここまで来ちゃった。」
既にドラゴンの炎は通らなくなっていた。目の前にいた少女が盾を構えたのだ。
彼女を見て思い出すのは生前の数々の記憶、共に笑い、遊び、苦しみを知った。俺の……。
「せっかくだから名乗っておくよ。私の名は雲崎佳澄、私の大切な者を守るため、あなたに敵対する。」
ああ、その名前は知っている。
そいつは、俺の、たった一人の幼馴染だ。
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