003 小さな魔法使い
書きました。最後まで読んで、感想や評価などくださると幸いです。
眩しい朝日に照らされ呑気に欠伸をしながら、宿屋の人に用意してもらったトーストを齧りながらスープを飲む。野菜の穏やかな味わいが寝起きの体に染み渡る。こんがりと表面を焼いたトーストの香ばしさも食欲を掻き立てる。なんて贅沢で優雅な朝だろうか。
向かいの猫はそうでもないみたいだが。
「本当は一緒に草原に出て魔物の討伐でもできれば……と思っていたんだけど、ちょっと具合が悪くってね。すまないが街を適当にブラブラしていてくれたまえ……。」
「やっぱり昨日のアレ飲み過ぎだったんじゃ……。」
昨日バイルが出ていった後、既にそこそこ酔っていて上機嫌だったのか、酒場全体を巻き込んでどんちゃん騒ぎしながら飲み始めたせいだろう。先程から頭を抑えて顰めっ面を見せている。
「いやさ、いつもならあのくらいなら明日に影響出ない筈だったんだよ。ただちょっと楽しくなりすぎちゃって……。」
馬鹿げてる。
♦︎
それにしても街をブラブラ見て回れ……とは。確かに知らない街をブラブラ歩くのは楽しいが、いざ何から見るかとなると困るな。なんせ行きたい場所が多すぎる。あと無計画に彷徨って帰れなくなってしまうのが怖いな。
改めて街を見渡す。酒場があった通りと比べると人の行き交いは少ないが、それでもかつてゲームで目にしたような西洋風の街並みには心躍らせられるものがある。
ふと街を歩く中の一人に目が留まる。小柄ながら大きな三角帽と黒のローブを着ているさまはまさに魔法使いそのもののようだった。
何やら考えごとをしているようで、よろよろと歩いては前から歩いてくる人にぶつかりそうになってるな。今も前から歩いてくる厳つい大柄の男に気づかずに……。
気づかずにひょいと脇腹に抱えられ路地裏に連れてこまれたぞ!?
なんだ今の、誘拐か!?いや、それどころかもっと酷いことになりかねないぞ!中世くらいの雰囲気ってことは奴隷身分だっていてもおかしくない。周りの人たちは気づいていなさそうだ。一体どうすれば良いっていうんだ!
……違う、違うな。これほ気づいた以上、自分がやるべきだ。なんとかできる自信は無いが、がむしゃらに足掻いたら彼女を逃がすくらいはできるかもしれない。対して振るったことも、ましてや誰かに向けたことも無い剣を持って路地裏に急いだ。
路地裏は薄暗く、迷宮のように入り組んでいた。遠くまで逃げられていたら何処に行ったかすら分からなかったかもしれなかったが、幸いにも一つ曲がれば見えるくらいのところで魔法使いの娘を押さえつけていた。
「何をしている、その娘を解放しろ!」
「チッ、てめえが抵抗するから人が来ちまったじゃねえかよ。」
「でも兄貴!こいつヒョロいし力で押せばやれそうっすよ。」
実行犯はボロボロの格好をした巨漢二人。武器があるとしても、自分が勝てるような相手じゃないのは明らかだ。どうすれば彼女を逃すことができる……?
「そこの貴方様……どうかお逃げください。私の為に傷つく必要は……ありませんから。」
「余計な口を聞くなガキィ!自分の立場を弁えろ、今のお前は二度と喋れなくなってもおかしくない立場と思え。」
「何なら今からこいつの顎を壊してやりましょうぜ兄貴!こんな風に……ゴガァッ!」
そう怒鳴り彼女の髪を掴み地面に叩きつけ……るよりも先に自分の足が巨漢を蹴り飛ばしていた。どうにも彼女の、どうにもならないというのに無理をして泣きそうになりながら笑顔を見せるその姿。それを見て、居ても立っても居られなかった。
「てめえよくもやりやがったな!覚悟しろよ、こうなった以上ただじゃ済まさないからな。逃げようとなんて思うんじゃねえぞ!」
「臨むところだ小悪党!」
ああ良いだろう。こうなりゃヤケだ、持てる全てを以って1vs2を制してやる。
先程から兄貴と呼ばれていた男が右フックを決めてくるのを避け、腹へ思いっきり肘を打ちつける。怯んだ隙に右足で思いっきり横に蹴り飛ばす。勢いよく壁に激突したんだ。意識はあるだろうがしばらく動けまい。
「よくも兄貴を!死に晒せぇ!」
いつの間に背後に回っていたのか、激昂した子分っぽいやつがナイフを自分に突き刺さんと振り下ろす。咄嗟に後ろに下がって剣でナイフを弾く。そのままの勢いで剣を向け、念の為一番硬そうな胸当て目掛けて突く。子分はよろよろと後退した後、膝をついて倒れた。
「終わりだ小悪党、この娘は連れていくからな。」
未だ熱が冷めないままぺたんと地に座っていた魔法使いの手を強引にでも引いてその場を離れる。よく体動いたなこれ!
♦︎
「貴方様、助けてくださりありがとうございます。私は魔法使いのマリ・プリズマイトと申します。つい最近魔法学校を卒業したばかりですが、貴方様のお役に立ってみせます。是非御礼させてください。」
「いや、お礼は別に良いさ。君が無事で良かった。」
連れ出していった後、広場の一角で噴水前に座りながら落ち着いて話すことにした。何かお礼をしたいと言ってはいるが、どうしたものか……。特にそのつもりは無かったが、あっちの気も収まらないだろうし、何か良い落とし所があるものかね。
「ところでその剣……何やら随分と魔力だ溜まっておりますが……魔法はお使いになられたりは?」
「いや……よく分からなくてな。」
「それでしたら!しばらくの間私がお教えさせていただいても宜しいですか?初歩的な物でも使えさえすればかなり便利ですし、それからそれからっ。」
わたわたと自分と魔法を学ぶ利点を説明するさまは小動物のようでとても愛らしい。確かに魔法もその内使えるようにはなりたいと思っていた。これも何かの縁か。
「……そうだな、今は宿屋で寝泊まりしてるような感じだけど、それでも良いなら教えてくれるか?俺のことはライヤって呼んでくれ。これからよろしく頼む。」
「っ…………はい!」
満面の笑顔につい微笑みが漏れる。衝動のままに事件に割って入ったら魔法使いの師ができるとは、数奇なものだな。
「では、お住まいか、今泊まっている宿屋にでもご案内ください。」
「…………え?」
「っ!早とちりしてしまいましたね、すみません!えーっと、魔法を専属で教わる場合は、貴族が主な利用者層というのもあるのですが、教える人が同じ家に住み込みになる場合が多くて……、学校に行かない分を一気に教え込む訳ですから理には適っていますが……。」
「いや、家に帰んなくても良いのか!?」
「私はどうせ根無草ですので、も、もしご迷惑でしたら断っていただいても……。」
「いや!別に困らない、同行者がどう言うかは分からないが、俺は来ても構わないさ。」
……街をブラブラするつもりが女の子一人拾って帰ることになるなんて、レイシャにどう説明すれば良いのやら……。
読んでくださりありがとうございます。
この作品はお楽しみいただけましたか?
評価、感想などしてくださると執筆の励みになります。