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私のための異世界転生  作者: 桃栗パメロ
第一章 魔法使いは恋を知る
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035 同位体

書きました。最後まで読んでくださると幸いです。

「おい小僧、そっちいったぞ!」


「わかってる、このくらいは……!」


 イメージするのは凍える冷気。宙を舞うバットの翼を凍らせ、鈍ったとこを斬る。

 ……これで全部か。バットがこっちを囲んできた時はヒヤッとしたが、頼りになる騎士団長サマもいたんで、案外楽に切り抜けられた。


「……終わりだな。へっ、お前さんやるじゃねえか。俺のペースについていけるやつ、王国どころか勇者の弟子らの中でもそういない。もっと胸張っていけ!」


 背中をバシバシと叩かれる。この人いちいち力が強いんだよな。


「だが、いまいち剣に意志が乗っていないな。どういうことだか、何がなんでもこれをしてやるって意志が剣に乗ってないように見える。」

「今すぐに、とは言わないがな。何かお前さんも一つ目標とか打ち立ててみろ。したらお前はもっと強くなれる。」


「目標?俺は……。」


「仮にあるとしてもそれはお前がすべきだと思ったこと、お前がやりたいことじゃねえだろ。」


 ガープスに言われてふと振り返る。たしかにこの世界に来てから自分がやりたいと思ってやったことはほぼ無かった。

 勇者に会うってのも、やるべきだと思ったってだけ。言われてみれば何かをやりたいなんて、考えもしなかったな。


「ま、そんな悩むこたない、後でゆっくり考えれば良いだろ。それより、さっき言ってた休憩スペースに着くぞ。たしか……ここだったか?」


「もう、ガープス!最近物忘れが激しくなって……。」

「……………………あなた?」


 岩の陰から現れた割烹着を着た女性。持っていた木製のおたまがゴツゴツとした床に落ち、カランと音を立てる。


「こいつはお前と同じ異世界人且つ、風の大精霊であるシルフの巫女。シラフジナツっていうらしいが……。」


「違う!……違う!あの人は確かにあの時死んだはず!ここにいる筈がない!答えて、あなたは誰よ。誰なのよっ!」


 俺はこの人を見たことがあるし、その名前も知っている。白藤奈津、俺たちと同じ異世界人で、裁縫が得意だって…………。

 …………なんで知っている?こんな人と生前に会った覚えは無いし、仮に会っていたとしても記憶に残っていない。それは確かなのに。

 彼女と暮らしていた記憶が確かにある!二階建ての丸太小屋で、彼女の作った野菜スープを静かに啜るような、優しい朝のひと時を知っている!


 これ……俺の記憶じゃない。これは、これは……!


 ♦︎


「ゆうしゃ!帰ってきておったのか、晩ごはんは食べたか?アンナが作ったシチューがあるけど、食うか?」


「ありがとうボンバ、後でいただくよ。そっちも楽しみだけど、ちょっと急務があってね。先にそっちを終わらせたいな。」


 大きな砦まで戻ってきた勇者は碌に休憩も取らぬまま墓地へと向かう。そこは魔王軍との抗争において死んだ者を弔う場。

 彼の中に渦巻いていた疑念はある男性の遺体の行方。ドッペルゲンガーと一言で断ずるのも良かったが、彼の直感はそう易々とこの違和感を逃さない。


「奈津の婿さんのこと覚えてる?四天王との戦いで殺されてしまった……。」


「おお、アイツだな!たしかこっちの方に埋めたような……そうだそうだ!そういや!」


 後ろからついてきていた。ボンバ、と呼ばれた少女はたったかと走っていき、かつて彼が埋められていた場所を見せる。


「ほら!ここ、アイツの身体がどっかいっちゃったんだよ!気づいたのはつい一昨日とかなんだけどな。」

「死んだ人ってゆうれいなんかに化けたりすることがあるだろ?わたしは張り巡らせた結界で化けたりするのわかるんだけどさ、偶に見回りしてるんだけど。そしたらこうさ!」


 それは空になった棺桶、まるで掘り起こされたかのように周囲に土が積まれていた。


「兆候は……無かったよね。ボンバが見逃すわけが無いし、こんな勝手に掘り起こしておいて誰も気づかないことないだろうしね。」


「ゆうしゃ、これって…………。」


 勇者の頭で数々の情報が駆け巡る。異世界転生もとい召喚魔法のシステム、カスミという少女の違和感、ライヤという青年と死者のありえざる容姿の一致、前世の世界との隔たり、バイルの報告……。


「昔、同位体と言う言葉を習ったっけ。同じ元素でありながら、質量が違う存在。」


「げんそ?しつりょう?また難しい話か?」


 ボンバは困り眉を浮かべ、心配そうに勇者のことを覗き込む。それに気づいたのか勇者は彼女と目線を合わせ、丁寧に頭を撫でる。


「心配させちゃったかな、ごめんね。少し難しいことなんだけど……そうだな。」

「一つ確かなことがあるとしたら、これは光の大精霊様のやった仕事じゃない。あのお方はもっと丁寧だ、身体の使い回しなんてするような方ではない。つまりこれは別の第三者がやったことだ。」


「べつのだいさんしゃ……。それって……!」


 勇者はニッコリと笑い、感極まった声で答える。


「そう、彼らはアレと接触している可能性が高い。いよいよ僕たちは彼女に近づく手がかりを見つけたわけだ!」

「長かった……長かったよ。ようやく本来の目的を達成できそうだ。思えばここまで脱線ばかりだったけど、ようやくか……!」


「良かったなゆうしゃ!どうする?すぐ動くか?」

 

「彼らが味方とは限らない。特に盾を扱う娘はよくわからない。僕はこの出来事のきっかけになっていると見ているけど、実際のところはまだブラックボックスだ。」

「近々彼らはレイシャに連れられてこっちまで来るだろう。その時に敵か味方かを測るとしよう。まだ浮かれちゃいけない、あくまで冷静にだ。」


 勇者とボンバは墓地に似合わない程の喜びを顔に浮かべ、高らかに笑い合う。

 それは、現状を打破する唯一の突破口。悪逆に対する逆転の一手なりうる者。彼らの物語は初めて幸福な終わりを迎える可能性を探り当てたのだ。


 事態はゆっくり、ゆっくりと未知の景色を写し始めている。今までと違う表情、誰も想像をしていなかった展開。人間魔物関係ない、世界全体にとってのハッピーエンドが芽を出していたことに、彼らは気づいたのだ。


 もっとも、世界全体にとってのハッピーエンドを迎えた結果、バッドエンドを迎える者もいるのだが、それはまたいつかの話…………。

 果てしなく遠い、けれどゆっくりと近づいているいつかの話…………。

読んでくださりありがとうございます。

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