031 カスミの恐れ
書きました。最後まで読んでくださると幸いです。
大きな大樹が日光を遮るからか?王国に比べるとエルファスは随分と涼しかった。宿屋であろう一室から……誰もいない外を眺める。
外に誰もいないだけならまだしも、店番までいないのはおかしくないか?メモ書きで代金と鍵の在処だけでもわかったから書き置きを残して勝手に使っているが、後でちゃんとここの人に言わないとな。
メモ書きがあるってことは……ある日突然人が消え失せたわけではないだろう。もしくは順番に一人ずつどっかに行ったとか?流石に商いを放ったらかしにして村人全員で何かしてるわけじゃないだろ。どっちにせよここで何かが起きているのは確かだ。
考え耽っているところにコンコンコンとノックの音。この控えめさ加減ならマリか。佳澄ならもっと慌ただしい。
……マリが相談したいと言うのであいつが寝静まったタイミングで自分の部屋をノックしろと言っておいた。佳澄のことで相談があるって話だったが…………。
「マリだな?今出る。」
開いた先にいた彼女と共に、気味の悪いほど静かな外に繰り出す。普段の服のまま、憂いを帯びた彼女が話しかける。
「相談……と言いますか。先に質問があるのですが、よろしいですか?」
「何でも言ってみろ。あいつの全てを知ってるつもりは無いが、ある程度なら答えられる。」
遠慮なく聞いてみろ。なんて言えばマリは、自分がいうのもおかしな話なのですが……と付け加えてから、尋ねる。
「カスミ様って……人見知りだとか、人との関わりを持つのが苦手だとか……そういった点はありますか?」
…………人見知り?あれが?むしろありゃコミュ強とかそういう括りになっていた覚えがあるくらいで、人付き合いが苦手ってことは無いだろ。
過去に人間関係でトラブルになることはあっても、そのくらいでへこたれるようなやつでも無かった。そんなあいつとマリの質問は、あまりにも結びつかないな。
「特にそんな雰囲気は無い。むしろ人と話すのが好きで人と関わるのが好きな明るいやつだが……おまえの前では違うのか?」
「……はい。人見知りとも違う気はしたのですが…………そうでしたか、人と話すのが好きなお方…………。」
「私に対してのカスミ様は、とてもそうは見えないと言いますか、少し、私に恐怖心を抱いているように見えたのです。」
恐怖心、そりゃまた……何だ?マリのどこが怖くてそうなるのかまるで理解できないな。勿論、マリの言葉を疑うつもりはない。マリと佳澄が思いの外打ち解けていないのも確か。何かありはするんだろうが……。
そもそも、人が人に恐怖心を持つってのはどういうタイミングか。例えば厳しい罰を恐れるが故罰を与える人そのものを恐れたり、過去の経験から勝手に恐れたりとかはあるかもしれない。
今の佳澄の場合、前者二つには当てはまらなさそうだな。他にあり得るものっていったら……コンプレックスとかか?
自らが相手より劣っている。一度そういう認識が強まるとその相手はかつてよりも強く、勇ましく、時には恐ろしく感じることもあるだろう。特にそういった経験があった覚えはないが、周囲を見渡せば至る所にいたな。
脱線しちまったな。取り敢えず聞こえの良い結論を出すため、頭の中で理論を捏ねくりあげる。
「そうだな……話を聞くに、たぶんマリが今できることは無いだろうな。あ、今できる最善を尽くしているからって意味で、別におまえに物事を解決する能力が無いって言っているわけじゃない。」
「では……私は何をすれば…………?」
「そうだな……少し、もしかしたらかなりかかるかもしれないけど、待っててくれないか?佳澄がおまえに心を開く時、いつか来るだろうからさ。」
かしこまりました。と言ってマリは深くお辞儀をする。佳澄のことは一旦経過観察だな。佳澄の抱いている恐怖心、理解できているわけではないからな。この先マリと佳澄が話しているところ、遭遇できたのならゆっくり見てみるか。
「用も終わったし早く寝ちまおう。俺はベッドで落ち着いて寝たいし、マリも昨日はちゃんと眠れてないだろ?ぐっすりと眠れる環境があるうちに寝ておこう。」
夜遅いことを示すかのように、大きな鐘が鳴る。俺とマリは聞き次第、早く寝ようと息巻いて一緒に身を翻して、宿屋に戻ろうとする。
……俺たちは宿屋を出て大樹の方向に歩いてから会話を始めたはずだ。なら何故宿屋どころか、大樹も木陰も無くなって、月が鮮明に見えている?
周りに霧が立ち込めて、立っていられなくなるほどの眠気に襲われる。まずい、明らかに誰かが何かを企んでいる。
「んー?下等生物は昨日全部落としたつもりどったけど、まだ生き残りがいたんだ。」
「まあ、いいや。どうせ全員まとめて始末するんだし、いつまでここにいたかとか気にするのもアレだしな。さくっとやっちゃおうか、さくっと。」
……誰だ?なんて聞き返す間もなく先に上半身が倒れ込む。参ったな、打つ手無しだ。
俺もマリも立っていられなくなり地に伏せている。そこに黒いモヤが襲いかかり優しく自分達を包む。村に人っこ一人もいないわけだ。何処かに連れ去られたってのが結論だったとはな…………。
暗闇に囲まれながら、ゆっくりと瞼が閉じていき、二分とたたず意識は手放された。
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