017 雪はすでに溶けていた
書きました。最後まで読んで感想や評価などくださると幸いです。
遠くで鴉が鳴いている、空が茜色に染まる頃。和気藹々とした少女たちのおはなしも夕刻となると流石に終わらざるを得ない。
「えーっと、メ……お嬢様。王の会談は終わり、会食も終盤に差し掛かってまいりました。彼女もそろそろ……お暇?する身となります。ですので……。」
「客人の前とはいえ、慣れていない敬語は使うべきではありませんことよ。ガープス。」
二人の話を遮ろうと、騎士団長がわざわざここに来た意味、鈍くない彼女はその真実に当然気づくだろう。
彼女こそ、リベルテ王国のお姫様。メフィ・マルフィーレであり、光の大精霊の巫女であること。
彼女こそ、自分の使命を奪った張本人であることは、ほんのすぐにでも気づくだろう。
青空のような髪、翡翠のような瞳を持った少女ことメフィ・マルフィーレは正体の露見を密かに恐れていた。彼女か私を恨んでいない筈がない。
思い起こされるのは二年前のある事件、当時の王国最高戦力といっても脚色が無かった二人を同時に失った日、まだ一二歳の少女が両親を同時に失い、あまつさえ生まれ落ちた理由をも無為とかした日。
勿論、マリに思うところが無いわけではなかった。自分の使命を奪った。その言葉の意味することは世界を裏切ったことと同じ、ましてや大精霊の巫女という大役。当時の彼女であれば、年齢相応の罵倒を重ね泣き崩れていただろう。
だが、マリは……安心していた。
「……マリ・プリズマイト。それがあなたの名ですよね。許しを乞うつもりはありません。あなたはきっと私を恨ん、で…………?」
「メフィ様……ですよね?お会いできて嬉しく思います。大精霊の巫女になったとお聞きしていましたが、健康なようで何よりです。」
「…………記憶喪失とかでいらっしゃいます?」
騎士団長の拳骨が姫に刺さる。感情の機敏に聡い彼女にしては珍しい粗相だったが、そう思うに十分な土台は確かにあった。
マリに恨まれていると思って生きてきたし、実際彼女は恨んでいた時期はあった。だが、今の彼女の瞳は憎敵を見るそれではなかった。
「メフィ様は私の名も顔も、本来何をしていたかも全て知っていたはずです。それでもこんな私に話しかけにきたのですから、恨みをぶつけるなどできようもないですよ。」
「それに、私の心はすでに深い底から掬い上げられ、癒されました。恐らく、関係者方が思っているのとは反対に、私はかつての出来事を乗り越えています。」
そう、人生を揺るがした出来事だとしても二年の時が経っていた上、過去なんて知らない者が見ず知らずの自分を助けてくれたこと。彼との出会いは、後ろを向くことを忘れさせ、過去への決別を促していた。
何よりの決め手はメフィ・マルフィーレその人。彼女の人となりを知った以上、もはや憎しみを抱くなんて言った通りできることじゃなかった。
「…………これはあくまで余談だが、ライヤとカスミはこれからしばらくの間姫様の護衛をすることになった。これから王城に来ることも増えるだろうな。」
「だったら……メフィ様、烏滸がましいことではございますが、私とまた御喋りしてくれますか?」
「物語のことでも、私の心情のことでも、ただ目的もなく喋るのも良いですよね。」
「でしたら……私のお部屋に招待しましょう!恋の話をするならば密室である方が良いですし、何より護衛という名目も付きますわ!ガープス、良いでしょう?」
先程まで涙を浮かべていたお姫様は、顔についた水滴を拭い、いつもの明楽さでガープスに無茶を言う。別に許可を出すような身分では無いが口頭で容認。晴れてお部屋での恋バナが確約された。
同年代の少女二人、つい昼あったばかりだというのに、空腹も忘れて喋り通した二人は、友と銘打つに相応しい間柄になっていた。
過去の出来事は確かにお互いの関係にとって不幸且つ悪化を促すものだったが、事件の影響は最も穏やかな形で霧散を遂げた。
この世界の季節は日本よりも緩やかな移り変わりで存在する。つい二月前にはちょうど雪が降り、民は凍る路面に頭を悩まされていた頃だ。
今は春、出会いの季節と日本では呼ばれている。丁度この季節に、二人は未来の親友に出会った。
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