016 恋知らぬ少女
書きました。最後まで読んで感想や評価などくださると幸いです。
国内最大の図書館、リベルテ王立図書館。王城に内包されているため一般の人間は入りづらく、もしいようものなら稀有な者を見る目で注目を集めただろう。
だが偶然目につかなかったか、それとも必然か。今きた魔法使いの少女には前述の論調通りではなかった。まるでそこにいるのが当然とばかりに、彼女はそこに馴染んでいた。
マリ・プリズマイト、齢一四の女の子。魔法使いになれと言われ、魔法使いになる為にただ学びを続け、気づけば飛び級で魔法学校を、誰よりも優れた成績で卒業していたが、人間関係の構築にあたり知るべき事柄を教えられることは無かった。恋も妬みも、知らないままで生きてきた。
だから、彼女は自分が抱える感情を知らない。なにか、今までと違う自分が顔を出しているような気はしていても、その正体を掴むことはできずにいた。
もちろん、王に会いたくなかったから来たというのも理由として確かだが、それと同時に、マリは知るためにここにきていた。自分が今まで知ることのなかったこと、その正体を。
「これ…………。」
ふと目に留まったのは近年王国で流行っているロマンス小説、老若男女問わず読まれたベストセラー。かつての両親なら読ませなかった筈だし、彼女はきっとこの本を手に取らなかっただろう。
だからこそ今、自分の未知に触れるべく、その本に手を……。
「あなた!その本に興味があるんですの!?」
驚き、振り向いた先にいたのは青空のような美しい長髪、翡翠を思わせる瞳を持った少女。キラキラと目を輝かせてマリを見つめる。
「い、いえ。少し気になって手に取っただけで読んだことは……。」
「……つまり初見の反応という奴ですのね!では私の名義で借りてきますのでどこか開いている席で一緒に読みましょう!」
そう言って、一瞬の間に走り去っていく彼女を前にマリはぽかんと口を開けていた。ここまでの彼女の人生において彼女のようなタイプはいなかったが故、この距離の詰め方には慣れていなかった。
だが、きっと悪い気はしていなかっただろう。
♦︎
「……読み終わりましたね。どうでした、このお話は?あなたにとって素敵なものだったでしょうか?」
それはお姫様を守る兵士と兵士に守られているお姫様を守る騎士との、身分違いの禁断の恋をテーマに書かれたラブロマンス。二人が様々な苦難、障害を乗り越え、最後には幸せを勝ち取る、王道のストーリー。
彼女、マリ・プリズマイトにとってこの物語は美しいものだったのは確かだ。確かだが、他の人々と比べると、得られた感動は少し薄かったかもしれない。
残念ながら彼女には情景の想像ができなかった。恋の駆け引きも、恋焦がれ盲目になる姿も、彼女には覚えの無い情景、知らない世界の話でしかなかった。彼女は恋を知らなかったのだ。
だから思い悩み、この疑問をそっと心の奥に仕舞い込む。少なくともこの場において恋について聞くことは無粋であり、隣の少女に良い思いをさせないと思ったから、心の奥底に仕舞い込むことにした。
だが、彼女の前ではその気遣いは無意味であった。
「その顔は……感動こそしたものの表現、というよりは感情の描写に一部理解できない部分があった。といった感じですよね?」
育つ中で培った観察眼。心を読みながらより良い結果を手繰り寄せる処世術の前では、隠した気遣いは最早ショーケースに入れられてるも同然であった。
「え、いや……そうでもあるのですが……。」
「いえ!初見の反応というのは得難いもの、それを否定したりなどはできませんわ。それに、知らなかったのならそれは仕方のないことではありませんの?」
「でも……そのうちあなたなら自分で気づくと思いますわ。そしたら、この物語をまたいっそう深く理解するでしょう。」
「え……?理解するって……。」
「私にはわかります。あなた、今まさに恋をしていますわ!」
彼女の言葉に呆気に取られる。自分の理解できなかった恋慕という感情、それは今まさに自分が抱いている感情の正体の一つだと告げられた。思わぬ形で、彼女は答えに辿り着いてしまったのだ。
「不安かもしれませんが安心なさい!なぜなら……。」
「私こそ、恋を知り尽くした。恋の伝道師であり、王国の誰よりも恋を叶えた、恋愛マスターなのですから!」
再度、マリは呆気に取られる。
♦︎
オードブル、スープ、魚料理。フレンチのコースがどんどんと配られていく。どれも口に入れただけで一級品とわかるような、最上級のものばかりだ。
「ところで、少々良いかい?」
「え、良いけどどうしたのそんな改まった顔で。真面目な話?」
王様……クロノがやけに神妙な面持ちで話しかける。なんだ?もしかしてテーブルマナーとかがなってなかったとかか……?
「大精霊の巫女について、少し話しておきたい。私の妹やレイシャさんに関わることだ。食べながらで良いから聞いていてくれ。」
そう言って、食器を置いて彼は話し始める。運ばれてきたシャーベットを掬いながら、彼の話に耳を傾ける。
「大精霊の巫女は契約を通じ、貢物を捧げる代わりに強大な力を得る。貢物といっても形ある物でなく、何かもっと個人にとって重要の物であることが多い。」
「例えばレイシャさんは魔力と、それを溜め込む素質を捧げた。そのせいで魔法は使えないし、大精霊の力なんて使ったら簡単に生死の境目を彷徨うことになる。」
生死の境目か……。レイシャが話さなかったのも理解できた。そんなこと話したら俺たちはきっと心配するし、使わないように強く言うだろう。というか再開し次第すぐに使うなって言うだろう。
「正直レイシャさんの貢物は今まで見た中で最悪ってくらいのものだ。前例も無いし彼女を真似するような者もいない。それくらいしか失っても良いものが無かったのか、はたまたそれを失うことを望まれたのか。」
「兎も角、彼女のように大事なものを犠牲に彼らの力を得るのが大精霊の巫女だ。それは、妹も例外ではない。」
「じゃあ……妹は何を失ったの…………?」
食べる手がとっくに止まっていた佳澄が恐る恐る聞く。王ではなく一人の兄が、眉間に皺を寄せ口を開く。
「メフィは運命を奪われた。あいつは恋することができない。」
「────なにそれ。」
「な……どういうことだ?」
運命を捧げたではなく奪われただと?というか恋することができないって……。そんなの感情を奪われたようなものじゃないのか?
「あいつは、誰かを好きになることがあっても親愛にしかならない。酷い話だろ、あいつは恋愛小説が大好きだってのに、必要に駆られてなった職のせいで、恋愛も失恋も許されないんだ。」
「この話をすることに意味は無いかもしれないが、お前たちは知っておくべきだろう。だから、話した。食事が不味くなってしまったなら、すまない。」
悲痛な彼の顔が、酷いほど目に焼きついた。
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