010 あなたの盾
「ほーん。この剣、そんなおっかない物だったんだな。そんでその後は一週間修行の日々だったって聞いたが。具体的には何をしていた?」
酒場の喧騒から離れた角の席で、初めて会った時とは違う印象の、鋭い目でこちらを見定めるような、冷淡な顔つきでバイルが問いかける。
「主に俺が戦闘に慣れることを目的として、様々な相手を想定した戦闘訓練を近郊の魔物を利用して行っていたな。さっき話した作戦と合図も、その時に決めた。」
「そうか。で、ウンディーネの弓矢……お前らが見たあいつの切り札について、何か説明は受けていたか?」
「いや、物凄い威力の矢を放つとは聞いていたが、ウンディーネの話はあの時初めて聞いた。そもそも精霊って言葉すら聞いてこなかったし、まだどんなものなのかもわかっていない。」
「だよなあ……あいつが今になってお前たちに話すわけがない。そもそもあの事態は彼女にとっても予測できていなかった。伝えておこうという発想に至らなくても何ら不思議ではない。」
そう言ってグラスいっぱいに注がれた水を飲み干す。それと同時にこちらを見定めるような雰囲気から一転、この前会った時の明るい雰囲気に戻った。
「そうだな、お前はレイシャの事を深く知っていなかった。つまりレイシャがぶっ倒れたのはあくまで彼女の暴走であってお前に責は無い。」
「よし、こっちの要件は終わりだ。お前ももし聞きたいことを聞いてみろ。」
「じゃあ……レイシャについて一つ聞かせてくれ。」
「……ああ。」
「あいつ、あの時自分の命を賭けて。なんて言っていた。そんな皆簡単に命を犠牲にできるもんなのか?」
「それとも……レイシャにとって自分の命はそんな簡単に投げ出して良い物だったのか?」
握りしめた拳に自然と力が籠る。レイシャはあの時簡単に命を賭けていたこと、今更ながら止められなかったことに後悔するばかりだ。
レイシャが放った矢が放った衝撃波の後、レイシャは糸が切れたかのように意識を落とし、膝から崩れ落ちた。すぐに駆けつけたバイルによると命に別状は無いらしいが、不安が渦巻く。
一方バーニアは影も形もないどころか、一緒にいたドラゴンすら何の痕跡も残さず消えていた。あれも気掛かりではあるが……今はレイシャのことだ。
「紫炎のバーニアがそれ程あいつにとって重要な、因縁ある相手だったとか、その辺りじゃ無いか?」
「あいつは自分の命の価値をちゃんと理解していた筈だ。むしろあいつにとって命を使ってでも倒そうとする程の何かがあったって考えるべきだ。」
……レイシャとバーニア、言われてみればまるで過去に会ったことがあるかのような口ぶりだったな。過去に何かあった……そう考えるのが自然だな。
「で、これからレイシャについての話をして良いか?」
「あいつは死んではいない。死んではいないが危ない状況だ。外傷は無いが……魔力が不足し過ぎている。」
「魔力切れってやつか……?最悪の場合死ぬことがあるって聞いたが。」
「それだな。あともう一発でも矢を撃っていたら死んでいただろうが、幸いにもギリギリ魔力は使い切っていなかった。」
「問題はその状態から好転していないことだな。元から魔力を外気から回収しづらい体質だったみたいだ。」
「どうすれば良いんだ?このままだと死ぬんだろ?」
「そこでお前らに提案なんだが。」
バイルが今日は奢りだと一言言って、代金を置いて立ち上がる。
「俺はレイシャを連れて勇者のいる前線まで行く。そこにならレイシャを治せるやつがいる。」
「お前ら、いつかで良いからそこまでやってこい。」
やってこいって…………遠いって話を聞いたばかりだぞ?無理言ってくれるなあ。
「まあそういうわけなんで、レイシャは俺が担いで連れていくわ。すぐに来いとは言わねえけど、あんま待たせるんじゃねえぞ。」
「ありがとう、世話になった。」
「ま、お前ら三人が来るのを楽しみに待ってるわ。もうちょっと喋くりたい気もすが、後ろつっかえてるんでもう出るわ。」
後ろがつっかえってる?……なんて思っていたらバイルが出てったのと入れ替わりに誰か入ってきた。
「……久しぶりだね、雷也。」
♦︎
佳澄が席についてから五分くらいは経ったか。いつもならこんなことは無かったんだが、久しぶりに会って変に緊張してるみたいで、さっきから黙りこくっている。
ハーフだって昔聞いていたが、ブロンドの輝きは今も変わらぬまま、パッチリとした目も、綺麗な頬も、かつてのあいつと同じで安心する。
……安心、するんだが。
「お前、死んじまったんだな。」
一緒に転生している自分が言うべきでないとわかっていても、つい本音が漏れる。向かいに座っているあいつも少し驚いたようだが、すぐ穏やかに微笑みを返す。
「……うん、死んじゃったみたい。」
「……なんで死んじまったんだ。」
「私も、同じこと思ったよ。」
「長生きするって、言ってたじゃねえか。」
「私も、君と一緒に長生きしたかったよ。」
「でも、また君にあえて嬉しい。」
そう言って佳澄は、またも穏やかに微笑んでいた。強い友達を持ったもんだ。まったく、敵わないな。
「ねえ。私さ、大っきい盾持つことにしたんだ。ドラゴンの炎も防げるような、すっごい盾をさ。」
佳澄が恥ずかしそうに頭を掻く。こういう時は大体小っ恥ずかしいこと言おうとしてる前触れだ。
「それでさ、頑張って大体防げるようにはなったからさ、安心してやりたいことやってよ。」
頬を赤くし、少し潤んだ目で自分を見つめる。そして一言、自分の右手を両手で掴んで、約束事のように宣言する。
「私の盾で、君のことを絶対に守るから。」