人間はけがらわしいけど子供は純真無垢で美しい
教室の一番後ろの席が私の指定席だ。
べつに自分でいつもそこを選んで座っているわけじゃない。
クラスのみんなの意志で、誰からも見えない位置に私が置かれるのだ。
こんなに気高く美しい私様を彼らは見たくないのである。
こんなけがれのない私様を目にすると、彼らはきっと罪悪感に苛まれてしまうのだ。
まぁ無理もないことだ。神のごとき私の光が前方にあっては黒板の文字すら彼らには見えないことであろう。
自然を破壊し自堕落に生きる愚民どもよ、せいぜいくだらない人生を全うするため、美しき私からは目をそらすがよい。
そう思っていると先生に名を呼ばれた。
「荒ヶ鶴翠さん」
「は……、はい」
「声が小さい」
「は……、はい!」
「この問題を解いてみてください」
わかるものか。
数学なんぞ生きていくためには必要のないものだ。特に私様のごとき神に方程式なんぞ何の糧となるというのか。
教師はバカだ。勉強ができないなどというどうでもよい理由で生徒を差別する。私は無能ではないのだ。数学ができないだけだ。その他の教科も全滅だが、それが何だというのだろう?
私はこのクラスで唯一、崇高なる精神をもつ生徒であるのだぞ!
いつものようにみんなから笑われ、無事に放課後を迎えた。
夕焼けの色が寒い。
いつも通り一人で通学路を家に向かい、戻っていると、空しさが胸を襲ってきた。
家に帰っても愚かな両親と低俗な妹がいるだけだ。嫌だ帰りたくない。
ふと、子供の声が聞こえてきた。
幼稚園ぐらいの子供が3人、公園で遊んでいるのだった。
カラスの鳴く朱い空の下、子供たちの声に私様は癒された。
あぁ……。純真無垢なる天使たちよ。おまえたちは美しい。私様のように美しい。
人間はすべてこうした子供の姿に戻るべきである。身体を清め、純真無垢なる心を取り戻し、夕焼け空の下、緑の丘を駆け回るべきである。
あぁ殺したい殺したい人間どもを滅ぼしたい。
あぁ愛したい愛したい子供たちをこの腕に抱きしめ愛したい!
気づいた時には子供たちに近づいていた。
二人の男の子と一人の女の子が、かわいいほっぺをぷるんと揺らして私様を見た。
私様は声をかけていた。
「へへ……。何をして。遊んでるの、かなあっ?」
「かけっこだよー」
「しゅんくんが一番はやいのー」
「おねーちゃんは何してるのー?」
「おねーちゃんはねえっ、この世を滅ぼして、子供たちの王国を作ろうと計画してるんだよぉっ」
「わー」
「きゃー」
無邪気に爆笑してくれた。
「魔王なのー? おねーちゃんっ? それともきぷつじむざんー?」
「わっ、わたしさまはねえっ、神様なのっ」
「かみさまー!」
「かみさまだー!」
「このおねーちゃん、おもしろいー!」
やはり子供は善い。
私様の本質をこうやってすぐに見抜いてくれる。
できれば持って帰りたいところだ。ハァ、ハァ……。
すると突然、しゅんくんが地面を見て言い出した。
「あー! ありさんだー!」
他の二人も喜びの声をあげた。
「ころそー!」
「ふみつぶして遊ぼー!」
無惨に踏み潰される哀れな蟻さんたちを、私様は見ているしかできなかった。
なんたる無力! うちひしがれる! そして子供たちのなんたる幼さゆえの残酷さよ!
やめなさい……、やめなさい! 自然を愛せよ! 愛しなさい!
そう思うのに、オロオロするぱかりで私様の口からは声が出てこない。
「おねーちゃんも一緒に遊ぼうよー」
「おねーちゃんも一緒にありつぶそー」
「おねーちゃんも一緒に……」
「ばあむ!」
私様は思わず奇声をあげながら子供たちの身体を拘束していた。
3匹まとめてこの腕に絡め取り、そのあどけない頭部に噛みつく勢いで顔を寄せ、足でホールドし、スカートの中に入れ──
お母さんらしきひとの悲鳴が朱い空に響いた。
国家のイヌたる警察官に補導されながら、私様は口の中で呟いていた。
私様は美しい──
けがらわしき人間どもよ、滅びよ──と。