2-6 Moonlight Love Game No.4
気がついたら、私たち二人は企画展示室の床に立っていた。
そこにはもう何の作品も飾られておらず、赤い液体も消えていた。
「ふぁ……」零さんは『ウジ』をポケットに入れるとぐぅーんと背を伸ばした。
「あの……零さん」
「なんだ?」
私は決心して訊いてみる。
「私のことどう思いますか?」
「どうって何だ……?」
零さんが訝し気な表情を浮かべる。
「その……性別のこととか……」
なけなしの勇気を振り絞ったのだが、直球で『私を気持ち悪いと思ってます』なんて聞けなかった。
「……答えなきゃいけないのか、それ?」
そんなセンシティブな質問されても、そりゃ困るわな……。
「その、ごめんなさい」と私は引き下がった、が。
「難しいことは分からない」零さんは言った。
「おまえはおまえの自由でいいんじゃあないか」
「そ、それって、私が気持ち悪くないってことですか……?」
やっと口から出てきた。
「……私はおまえを気持ち悪いだなんて思っていない」
強い衝撃が、ビリビリッと私の心に流れる。
頭に稲妻が走ったような気分だった。
「なんでそんなこを思う?」
「いや、その……」
「少なくとも私はそんなことを思っていない」
全部、杞憂だったんだ……。
そう思ったら、いくらか私の心が楽になった。
「おまえ、外で待っていろ。私は後処理をしてから帰る」
零さんは私に背を向けた。
「わかりました……ありがとうございます」
私は踵を返す。
零さん――私のことを認めてくれた二人目の人間だった。
* * *
「おい、いるのは分かっている」
この私、零イーアルがそう呼びかけると、私の目の前に突然、少女が現れた。
黒髪ロングヘア、死体のような白い肌、三白眼の瞳は梟のように大きい。
低い背丈の体は黒いワンピースを纏っている。
「あらバレとったか」
少女は大きく目を開き、ニヤニヤした。
その視線は定まっておらず、不気味だった。
「閹祭官と言うんやったけ? 男が去勢しぃ、女になって神さまに使える。零姉さんの故郷ではめっちゃおったからねぇ」
「……」
「あぁ、勘違いせんとって。あの子とそれが別物だってことは分かっとりまっせ」
言い訳っぽいことをほざくと、少女は畏まった感じにお辞儀をした。
「っちゅう訳で久しぶりやねん。こちら毎度お馴染み禿屋敷ミスメでございます~」
禿屋敷ミスメ――『混沌の蠅人間』の側近の一人。
それでいて、私が関わりたくない奴の一人。
その理由は――
「あら、零姉さん――何でそないに暗い顔をしとるちゅう訳や? ほら、笑ぉたってぇなぁ。うちがおるんでっせ」とミスメは私の頬を引っ張ろうとしてくる。
――こんな感じに面倒臭く絡んでくるからだ。
「おまえ、何が目的だ? 私たちがここに入った時から、ずっとつけていたことは分かっている」
「零さんはどう思いまっか?」
「答えろ」と怒鳴ると、ミスメは笑った。
「帝王陛下の命を狙う不届き者がおるんですわ。そないな奴いたら、見張るしかへんで」
「帝王陛下か――『服部』も随分と偉くなったものだ」
「そりゃあ帝王陛下は偉いに決まっとりますやん」
あぁ、そう。私はただ頷いて、部屋から出ようとした。
今の疲労困憊な状態では、とてもじゃあないがミスメには勝てない。
向こうも戦う気がなさそうだし、面倒なことになる前にさっさとずらかろう。
「あ、そう言えば」
何の前触れもなく、ミスメが私の目の前に現れた。
瞬間移動をしてきたかのようだった。
「帝王陛下から零姉さんに伝言を預かっとるんやった」
途端――ミスメから表情を消え、真剣な面持ちになった。
間違いがない――これから『混沌の蠅人間』からのメッセージを口にするのだろう。
『久しぶりだ、零』
ミスメの口から快活な男の声が流れ出る。
『私のもとに戻ってこい』
久々に聞いた声。
いつ聞いても、背筋に名状しがたい感触が走る。
「以上やねん」
ミスメの表情が元の笑顔に戻った。
「ウチらはいつでも零姉さんを歓迎しまっせ。帰りたくなったら、いつでも帰ってきてな」
「……服部に伝えてくれ。『完全に絶対にお断りだ』と」
そう言って、私は足早に部屋から去った。
その後ろにはミスメがポカンとしたまま、突っ立っている。
服部――『混沌の蠅人間』服部アメキミ。
奴との十年ぶりの接触は一瞬で終わったのだった。




