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第8話 触れた熱に、意味もない謝罪を

「……っ!?」


 咄嗟に喉から出た妙な音に、クローディアは口元を抑えた。あからさまに動揺してしまったことを誤魔化すように、数回咳払いをする。


「どう、なんです? お兄様無愛想だから……苦労してません?」


 勢いよくクローディアが首を振れば、エイダは目を輝かせて問い詰める。

 

「何かありました? 愛を囁かれました?」

「エイダ」


 心底不機嫌そうなエドガーの声。

 まるで悪戯が見つかった子供のような表情で、エイダが振り向く。

 開け放しになっていたドアに寄りかかるようにして立っていたエドガーが、エイダの頭を掴むとぐいと顔を寄せる。


「余計なことをするなと、言ったはずだ」

「余計なことなんてしてないわ! お兄さまこそ、邪魔しないでって言ったはずよ」

「邪魔ではない。当然の権利だ」

「何よ、盗み聞きしてたくせに。そうやっていつもお義姉さまを見張ってるの?」

「……なんの話だ」

「誤魔化しちゃってさ。お兄さまばっかり、お義姉さまを独占してずるいわ。あーあー、独占欲って醜いわね」


 親しげな様子の2人。遠慮のない、苛立っているようで仲の良い会話。

 目の前で交わされるそれに、クローディアは落ち着きなく指を組み合わせた。


 分かっている。2人は家族で、クローディアとは重ねてきた時間が全く違う。

 けれど、今までクローディアだけを見つめていたその藍の瞳が、息がかかりそうな距離でエイダを見つめている姿に、クローディアはもぞりと姿勢を正す。

 それに気が付いたらしいエドガーが、有無を言わせぬ口調でエイダに声をかけた。


「エイダ。少し出ていろ」

「嫌よ」

「エイダ」


 口を尖らせて、エイダは首を振る。ぶんぶんと左右に振られたその視線が、クローディアの姿を捉えた。

 しばしの沈黙。


「分かったわよ」


 不満そうな表情を隠そうともせず部屋を出ていくエイダを、クローディアは申し訳なく見守る。そんなクローディアの頬を、エドガーが両手で包み込んだ。そのまま、ぐいとその顔をエドガーの方へ向けさせる。

 その、今までにない強引な手つきに、クローディアは驚いてエドガーを見つめた。


「……なんだ」


 不機嫌そうな顔。

 それが先程のエイダの表情にどことなく似ていて、クローディアは微笑む。それを認めたらしいエドガーに再び、なんだ、と問い詰められ、正直にクローディアが話せば、その眉間の皺がますます深くなった。


「エイダとは、良くやれそうか」

「はい。素敵な方ですね」


 そう答えた瞬間に、エドガーの口から不満そうな吐息が溢れる。その意味が分からず、クローディアは慌てた。てっきり、エイダを追い出してしまったことを咎められているのかと思っていたのだ。


「それは良かった。だが」


 エドガーの視線が、ふい、と外に向けられた。


「私を、忘れないで欲しいんだが」

「……え」

「エイダと仲良くしてもらえるのはありがたいが、この数時間、私は存在すら思い出してもらえなかったということで、良いか」


 拗ねたような口調。背けられた顔。

 知らず知らずのうちに、クローディアの唇が持ち上がる。


「まさか。私はこの数時間、エドガー様のことをずっと思っていました」

「……いや良い。気にするな」

「エイダ様は、やはりエドガー様に似ていらっしゃるので。エドガー様を思い出さない方が、難しいです」

「……」


 くるり、とエドガーが振り返った。

 恐怖を感じるほどの真顔で見つめられ、クローディアは耐えきれずに視線を逸らした。

 何か間違ったことを言ってしまっただろうか。エドガーの行動の意味が掴みきれないクローディアは、微かな困惑を顔に滲ませながら首を傾げる。


「クローディアは、エイダと話しながら、私のことを考えていたと」

「……っあ、すみません。エイダ様には失礼なことを」

「いや、良い。すまない、年甲斐もなく妬いた」

「え」


 ぼそりと溢して、誤魔化すように笑ったエドガーが、そっとクローディアの頭に手を乗せる。ゆるりと撫でられるのが心地よくて、けれどなんだか物足りなくて、クローディアは小声で強請った。


「もう少し、強くしてください」

「……こうか?」


 そうしてエドガーの手に少し力が篭る。けれどそれは、あの時とは、エイダの頭に触れていた時に比べて、ずっと優しく、遠慮がちだ。


「……もっと」


 囁くように強請るクローディアに、一瞬エドガーの手が震える。目を閉じて、クローディアは早口で呟いた。


「……我儘を言って良いですか」

「ああ」

「私も」

「私も?」

「……妬きました」

「…………え」


 信じられない、というようにぽろりとエドガーの口からこぼれ落ちた声に、クローディアはわずかに唇を尖らせて続ける。


「エドガー様とエイダ様の仲が良いのは当然ですが、エドガー様は、あんな風に私に触れてくださいません」

「……それは、クローディアとあの妹を同じように扱うわけには」

「エイダ様は良くて、私は駄目ですか」

「い、いやそういうわけでは」


 つっかえながら、慌てて紡がれるエドガーの言葉に、クローディアは小さく頬を膨らませる。


 ―― そうでしたら、旦那様に甘えられたらいかがでしょう。


 甘えることが、罪ではないのなら。

 素直に思いの丈を吐き出すことにしたクローディアの口は、止まらない。


「他の女性にならすることを、私にだけしないのは……嫌です。嫌い、です」

「……クローディア」


 切羽詰まったような声で、名前が呼ばれた。


 そのいつになく性急な声に、クローディアは顔を上げる。

 見慣れてきた端正な顔を、かつてない間近に見た。艶やかな髪がさらりと揺れ、クローディアの頬ぎりぎりを掠める。漂ってきたクローディアと同じ香りに、同じ香油を使っているのだから当然か、などと場違いにも思った。

 

 傾げられたエドガーの顔。髪に覆われ、隠れかけた片目。

 焦げ付くような熱を孕んだもう片方の目の中に、呆然と小さく口を開いたクローディア自身を見た。


 唇の上の産毛が、さわりと波立つ。開けられた口の中に、自分のものでない、温かな息が流れ込む。


 思わず、強く目を閉じた。

 真っ暗な視界の中で、何も見えない暗闇の中で、ただその感触だけを感じた。


 ややあって、数度息をついて、クローディアは目を開けた。


「すまない。いや、その、これは」


 頬を染めて視線を彷徨わせ、明らかに動揺している様子のエドガーだったが、クローディアにも余裕はない。目を伏せて、意味もなく両手を組んで握りしめる。


 初めてではない。

 けれど、こんなにも急なものは、言葉が紡げなくなるほどのものは、クローディアにとって初めてのことだった。


「いえ、その、すみません」

「すまない」


 意味もなく謝ったクローディアに、間髪入れずにエドガーも謝罪する。

 微妙な空気を持て余してクローディアが唇を噛み締めた瞬間、勢いよくドアが叩かれた。


「お兄さま! いつまで独占しているの! お義姉さまを返しなさい!」

「……人聞きの悪い」


 ぼそりと呟くと、エドガーは立ち上がった。視線を向けられ、クローディアは慌てて頷く。

 エドガーがドアを開ければ、勢いよくエイダが飛び込んできた。そのまま、今度はエドガーが叩き出される。


「お義姉さま、今度こそお話ししましょう!」


 未だ鳴り止まぬ心臓を抑えて、クローディアは大きく頷いた。

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