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第7話 私の好きなもの

 だが、エドガーの予想に反して、クローディアはきっぱりと首を振った。


「ごめんなさい」


 クローディアはかがみ込んで、その幼い子供と目を合わせる。


「これは、私のものなの」


 申し訳なく思いながら、けれど真っ直ぐにその子供を見つめながら、クローディアは口にした。


「私も、これが欲しいの。だから、ごめんなさい」


 かつての自分だったら、迷いなく渡していただろう、という確信が、クローディアにはある。

 高価なものとはいえ、貴族には端金だ。侯爵家にいた頃のクローディアなら、いただくわ、で終わらせた程度のもの。

 この子供に悪意がないのは明白で、心底この髪飾りが気に入っているのだと思う。


 クローディアの言葉に、火がついたように泣き出した子供を見て、クローディアは眉を下げる。


 それでも、渡したくなかった。

 これが、エドガーに贈られたこの髪飾りが、好きだった。欲しかった。だから、この子供には申し訳ないけれど、渡すことは絶対に嫌だった。


「ごめんなさい」

「クローディア」


 とん、とクローディアの肩にエドガーの手が乗せられる。

 

「無理はしなくて良い」

「いえ」


 今度はエドガーを見上げて、クローディアは真っ直ぐに断言した。


「これが、私の好きなものです」

「……そうか」


 エドガーの微笑みに、クローディアも微笑み返す。

 ずっと右に偏っていたエドガーの微笑みも、少しだけ慣れたものに変わりつつあった。



「奥様! それは旦那様からですか!」

「……ええ」


 屋敷に帰ったクローディアの頭に飾られた見慣れぬ髪飾りに、侍女たちが歓声をあげる。


「良くお似合いです!」

「ありがとう」


 手際良くクローディアの服を脱がせ、着替えさせながら、侍女たちが楽しそうに話し続ける。


「私も、何かお返しがしたいのだけれど」


 近くにいた侍女にクローディアが問えば、彼女はあらあら、という微笑みを浮かべた。

 

「旦那様、喜ばれると思いますよ」

「何が良いか、分からなくて」

「奥様の選ばれたものなら、どんなものでも喜ばれます」

「そうかしら」

「はい」


 断言してみせた侍女に、クローディアは視線を彷徨わせた後に目を伏せる。

 そうは言っても、普段エドガーがどういったものを好んで使っているか、クローディアは知らなかった。そう言えば、彼女は楽しげな、けれど少しばかり含みのある笑みを浮かべる。


「そうでしたら、旦那様に甘えられたらいかがでしょう」

「……甘える?」

「はい。奥様はいつも凛としていらして美しいですが、殿方というのはたまに見せる甘えにも心惹かれるものです」

「甘え」

「はい。私は夫を落とすのに活用いたしました」


 ふふ、と笑ってみせた侍女を、クローディアは頼もしく見つめる。


 ―― 私は、こうして貴女を甘やかしたい。


 思い出したのは、そんな言葉。

 こくりと喉を鳴らして、小さく手を握りしめたクローディアに気が付かず、クローディアの髪を梳いていた侍女が思い出したように言った。


「奥様。明日は私、お側を離れさせていただきたく存じます」

「エイダ様がいらっしゃるから、よね」

「はい」


 エイダ・オールディス。


 エドガーの一つ下の妹にして、クローディアと入れ替わるように伯爵家に嫁いだ女性だ。

 そんな彼女が帰ってくるということで、屋敷は少しばかり浮き足立っていた。


「分かったわ」


 そう答えながらも、クローディアは少しだけ目を伏せる。

 歓迎されるかは分からない。王太子の元婚約者である政略結婚相手なのだから。


 けれどそんなクローディアの不安は、すぐに杞憂であることが明らかになった。


 


「お義姉(ねえ)さま!」


 エドガーと同じ、艶やかな青みがかった黒髪。

 豊かなその髪を勢いよく靡かせ、ついて来たはずの侍女を全て置き去りにして、弾けるように屋敷に飛び込んできたエイダは、クローディアの姿を認めるや大声で叫んだ。その声の大きさに、クローディアはびくりと身を引き、エドガーは顔を顰める。


「エイダ。煩い」

「もう、お兄さまったら相変わらずつれないわね。そんなのどうでも良いのよ、ねえお義姉さま!」


 使用人たちの間をすり抜け、勢いよくクローディアの元へと向かってきたエイダに、クローディアは内心の驚きを隠しながら微笑む。

 嫌われてはいないだろう、と小さく安堵するも、それを表情に出すことはしない。


「初めまして、エイダ様。クローディアと申します」

「そんなにかしこまらないでください! 私たち、家族ですから! ああ本当に、噂で聞いていた通り綺麗な方……」


 うっとりと呟いたエイダは、ぐいとクローディアに身を寄せる。その首筋のあたりを掴むようにして、エドガーがクローディアから遠ざけた。

 呆れたような声が、その唇から漏れる。


「エイダ、やめてくれ。クローディアが怯える」

「いえ。お気になさらないでください」

「そんな! すみません、お義姉さま」


 小さく謝って、屈託のない笑顔を浮かべたエイダに、クローディアもつられて微笑んだ。それをじっと見ていたエイダが、エドガーの脇をつつく。


「お兄さまったら、こんなに可愛い奥様もらっちゃって」

「……エイダ、いい加減にしろ」

「けど、噂に聞いてたよりずっと可愛らしい方じゃない? もっと高貴で近寄り難い方かと思ってたわ」


 エドガーが、ぐしゃりとエイダの髪をかき回す。口を尖らせて文句を言うエイダ。

 勢いよく言葉を交わすエドガーとエイダの姿を見て、クローディアは唇を持ち上げた。そして、辞する意を伝えようと口を開きかける。

 兄妹同士久しぶりの再会だろう、余所者はいない方が良い。そう思っての行動だったが、それに気がついたエイダがクローディアの手を握りしめた。


「私、お義姉さまとお話がしたいので! お時間大丈夫ですか!」

「え、ええもちろん」

「ありがとうございます!」


 心底楽しそうに笑ったエイダは、お兄さまは邪魔しないでよ、と一言叫ぶなり、クローディアの手を引いて歩き始めた。


「すみません、お義姉さま。急に」

「いえ。嬉しいです」


 クローディアが返せば、エイダはうっとりと目を細める。


「本当に、全女性の理想みたいな方ですね……お義姉さまが嫁いできてくださって、嬉しいです」

「そんな、大袈裟です。けれど、ありがとうございます」


 最初はぎこちない足取りのクローディアだったが、エイダの裏表のない笑顔に、その緊張も和らぎ。

 エイダに手を引かれて入ったのは、エイダのために用意されていた来客用の部屋だ。もともとのエイダの部屋は、今はクローディアが使っている。

 そのことをクローディアが謝れば、エイダは驚いたように目を見開いた。そのまま、両手を頬に添えて呟く。


「いえ、私の部屋をお義姉さまが使ってくださっているなんて……これ以上ない幸せです」


 言葉に詰まったクローディアに、エイダが座るように促す。

 ゆっくりと腰を下ろしたクローディアの隣に、エイダが腰掛ける。そこからは、取り止めのない話が始まった。それは、突然オールディス伯爵家に嫁ぐことになったクローディアを気遣うような話が多く、クローディアの過去に触れる様子もない。

 その優しい言葉たちに、クローディアはふとエドガーを思い出した。


 しばらくして、思いついた、というように、エイダが指を一本立てた。そして、悪戯っぽく笑うと、クローディアの耳元で囁く。


「それで、お兄さまとはどうなんです?」

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