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第10話 愛しているから

「……クローディア」


 その重々しい一言に、クローディアもまた、エドガーが現実を知っていることを悟った。


「ああ、入ってくれ」


 短い言葉を耳にするなり、クローディアは失礼します、と告げて部屋に入る。

 就寝が近かったのだろう。ゆったりとした服装のエドガーに、クローディアは静かに謝罪した。


「突然、申し訳ありません」

「いや、気にするな。……それどころでは、ないだろう。すまない、私から行くべきだった」


 とにかく、座ってくれ。

 一つ頷いたクローディアは、ゆっくりと腰を下ろした。指先まで神経を使って、慎重に。

 その姿を見て一瞬眉を顰めたエドガーも、クローディアに向き合う形で腰掛ける。


「現状の確認だけ、して良いか」

「はい」

「色々と細かい情報は、貴女も持っていることと思う。だから、私たちに関わることだけを端的に。クローディア自身に責はないという認識で良いか」

「今回の件に関して、無論わたくし自身は関わっておりませんし、既に身の潔白は証明されております。また、わたくしの籍は既にオールディス伯爵家にございますので、わたくしがオルブライト侯爵家への罪を問われることはありません。しかし、醜聞は覚悟しています」

「言わせておけば良い。そういった噂が無い方が珍しいだろう。もうひとつ、持参金は当然私の方に入ることはない、な」

「はい」


 誤魔化しても仕方がない、とクローディアは真っ直ぐに肯定した。

 その答えを聞くや、目を伏せて小さく溜め息をついたエドガーに、クローディアの心臓が小さく跳ねる。

 今のエドガーは、クローディアを捨てたりしない。それすら、クローディアの思い上がりだったのだろうか。


「幸いなことに、まだ一切手をつけてはいない」

「はい」

「だから、オールディス伯爵家としては、特に手間はなく、ただ然るべきところに返却するだけだ」


 不幸中の幸いだったな、と呟いたエドガーは、俯いてぐしゃりと髪の中に手を入れた。そのいつになく乱暴な仕草に、クローディアの胸が小さく痛むが、それを振り切るように、一つ呼吸をした。

 覚悟を決めたクローディアが、ゆっくりと口を開く。


「わたくしは――」

「離縁は」


 有無を言わさぬ口調でエドガーが言葉を遮る。そのまま、クローディアの言葉をねじ伏せるように、エドガーが口にした。


「しない。離縁だけはありえない」


 その言葉に、用意していたはずの言葉がぴたりと止まった。不意を突かれ、一瞬言葉に迷ったクローディアだったが、身体に染み付いた教育はそれを良しとしない。

 流れるように、クローディアは口にした。


「それでは、オールディス伯爵家は、これから厳しいでしょう」

「そのことだが」

「わたくしが」


 今度言葉を遮ったのは、クローディアだった。


「働きに出ます。ジュリアン殿下より、お話を賜りました」

「……な」

「おそらくは、わたくしが王宮にいた時代に務めていたように、ジュリアン殿下の補佐をさせていただくことになるかと存じます」

「悪いが」


 吐き捨てるような口調だった。


「それは、私が許さない」

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「理由?」


 すっと目を細めたエドガーが、立ち上がった。

 そのまま、クローディアに覆い被さるようにして、クローディアの肩の横に手をつく。

 藍色の双眸が、冷たくクローディアを射抜く。その瞳に込められた怒りを確かに感じ取って、クローディアは震える内心を隠そうと必死だった。


「貴女が傷つく。他に何がある」

「……しかし、オールディス伯爵家存続のために必要なことです」

「クローディア」


 激情で震えるエドガーの手が、クローディアの顎を捉えた。

 息がかかりそうなほどの距離で、エドガーは吐き出すように言う。


「どうして、急に他人行儀になった」

「……」

「クローディア、お前の本心が見えない。何を望んでいる? 私に何を求めている?」


 本心が見えないのは、隠しているから。長年にわたり身につけたこの振る舞いは、クローディアにとって、弱い自分を奮い立たせる唯一の方法だ。

 行きたくはない。それでも、行かないまま怯え続けるのは、もっと嫌だ。だからクローディアは告げる。


「ジュリアン殿下の申し出をお受けしたいというのが、私の本心です」


 その言葉に、殴られたように顔を引いたエドガーに、クローディアは堪えきれず目を逸らす。誤魔化すように視線を戻して微笑むも、一瞬の動揺をエドガーは正しく認めたようだった。

 その顔から、少しだけ激情が遠のく。数度小さく息を吐いたエドガーは、ゆっくりと口を開いた。


「クローディア。落ち着いて聞いて欲しい」

「はい」

「私は、オールディス伯エドガーは、元オルブライト侯爵令嬢にしてオールディス伯爵夫人クローディアに、一切の金銭を求めていない」


 その一言に、クローディアは目を見開いた。え、と小さな声が口から漏れる。

 はっきりと感情の滲み出たその姿に、エドガーはほっと息をついた。


「多少金銭に困っている部分は否めないが、クローディアの持参金が無いと厳しいとまではいかない。数年の飢饉程度で没落するほど、オールディス伯爵家は弱くはない」

「……っそれなら」


 私たちの結婚は、なんだったのか。

 言外に滲ませたその問いを正しく読み取ったエドガーは、す、と目を伏せた。


「愛しているんだ、クローディアを」

「…………え」


 小さく息を飲み込み、呆然とエドガーを見つめるクローディアの瞳を、エドガーは真っ直ぐに見つめ返した。

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