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個人的お気に入り

変態温泉牛呂沢

 大音量で鳴るダンスミュージックの洪水の中を、苺のような匂いがどこかから漂ってきた。

 汗と酒の匂いで溢れ返る空間に不似合いな、それは採れたての苺のように瑞々しい、心を落ち着かせる匂いだった。


 レーザービームが派手に動き回るフロアに立ち、ユージはきょろきょろと匂いの発生源を探しながら、アキオに聞く。


「なあ。クラブって、採れたて野菜の販売もやってんの?」

「あ!? なんだって!? 聞こえねー!」


 聞こえるようにユージはアキオの耳に口を近づける。


「いい匂い、しねぇ? 甘酸っぱい、採れたての苺みてーな、いい匂い!」

「こんなとこで採れたて野菜なんか売ってっかよ! 酒に入れる苺でも置いてんじゃねーの!?」

「とりあえず、苺の匂いが漂ってくるほうへ行ってみようぜ!」

「何しにクラブ来たんだよ!? 苺食うためか!?」


 そう言うアキオに構わず、ユージは歩きだした。

 初めてのクラブ遊びに浮かれてもいたが、緊張もしていた。その緊張を解きほぐしてくれるような落ち着く匂いに誘われて、踊る人波をかき分けて、歩いて行くと、そこにあったのだった。たまらなく美味しそうな、天然の苺が。


 思わずユージは苺に歩み寄り、その耳元に口を近づけ、声をかけていた。


「こんばんは! 友達と二人!?」


 苺が振り向いた。

 苺のいい香りのする、たまらなく可愛い顔をした女の子だった。


「こんばんは! 二人よ! そっちも二人!?」


 垢抜けない服装の娘だった。ヨレヨレのチェックのシャツの下に黒いTシャツを着て、ジーンズを穿いている。

 しかし顔の可愛さは絶品だ。メイクは薄めだが、それだけに顔の作りの良さが目立つ。悪戯っぽくこちらを見つめる切れ長の目の中の丸い瞳と、清潔感溢れながらもしっとりと濡れた口元が印象的だった。

 軽く茶色と赤に染めたセミロングの髪からふわりと苺の匂いが漂っていた。


 隣で一緒に仲良さそうに踊っている女の子は、苺ちゃんよりファッションセンスは垢抜けているが、あまりに特徴のない、普通すぎる子だ。


「ひょーっ! こんばんは!」

 後ろからついて来ていたアキオが感動したように笑う。

「かわいいね! よかったら一緒に踊らない!?」


「てめー! 後からついて来といて何仕切ってんだ!」

 ユージは二人の女の子に背を向けると、アキオとじゃんけんをした。

「3回勝負だ!」


 ユージが勝った。

 アキオが無念そうに、ユージに苺ちゃんを譲る。



 ダンスなんて知らなかった。

 一応勉強はして来ていたが、可愛い女の子と向かい合って踊っていると、覚えて来ていたものが全部ユージの頭から吹っ飛んだ。

 めちゃくちゃに踊ったのがかえって彼女を明るく笑わせた。

「おもしろい踊り! あんた、ギャグのセンスあるね!」

「え? 聞こえねー! センスある? センスあるって言ったの?」

 女の子は笑顔でうなずき、ユージはますます調子に乗って、どじょう掬いみたいな踊りを踊り続けた。




 4人は踊り疲れると、カウンター席に並んで座った。それぞれの飲み物を注文すると、自己紹介が始まる。


「俺、ユージ。コイツは連れのアキオ」

「メイよ。こっちは友達のレンちゃん」


 ユージはこういうことに慣れていないが、女の子は大好きだ。

 上っ調子になりすぎないよう気をつけながら、レンちゃんのほうはアキオに任せ、メイにばっかり話しかけた。


「メイちゃんかぁ。いい名前! 苺みたいないい匂いするよね? 香水か何か?」

「ああ……、家が苺農家やってるの。匂うかな……」

「いい! いい! いい匂いだよ!」

「田舎モン臭くない?」

「ないない! メイってどんな漢字書くの?」

「片仮名だよ。親は元々『美しい』って字の中国語読みで『メイ』にしたかったらしいけど。通らなかったんだって」

「すっげー! メイちゃんの親、センスいいね! 絶対似合ってたと思うよ! 名字はなんていうの?」

「ウシロザワよ」

「え?」

牛呂沢ウシロザワ。へんな名字でしょ?」

「全然! へんじゃないよ! かっけー!」


 めっちゃ可愛い女の子と仲良くなれてしまった。

 アキオから『クラブの照明の中じゃ女の可愛さが30%〜70%ぐらいアップするから気をつけろ』と予め言われていたが、これほど天然な可愛い子ならマジックもないだろう。

 声が可愛い、サイズ感も可愛い、苺の香りがたまらない。

 是非一発ヤりたい。

 この子で素人童貞卒業したい。

 そう思ってムラムラしていると、メイが言い出した。


「あたしの家、苺農家だけど、温泉もやってるんだよ。よかったら今から入りに来ない?」

「い、いいの!?」

「うん。仲良くなったしるし。タダだよ」


 これは誘ってる。

 露天のお風呂でパコパコか!?

 ユージはアキオにも話すと、二人揃って恥ずかしいほどの笑顔になり、30回うなずいた。





 酒を飲まなかったアキオの運転で、ユージの8人乗りミニバンに4人で乗り、夜の道を走った。

 国道から県道へ曲がり、しばらく行くと山道に変わる。

 赤い満月が二人のオスを狼にしかかっていた。

『クルマん中で乱交しちゃわね?』

 目でユージにそう訴えるアキオ。

 しかしユージはメイと並んで談笑しながら、それを手つきで却下した。

 見た目はチャラく作っているが、根っからチャラいアキオとは違い、ユージは偽物であった。あるいはチャラデビューしたばっかりの初心者だ。女慣れしておらず、純なところがまだ残っている。

 大切に、段階を踏んで、一発ハメるところまで行きたかった。

 出来ることなら彼女を恋人にして、一発どころかこれから何発もヤれる間柄になりたかった。


 楽しそうに笑っていたメイが話を中断し、運転手のアキオに言った。

「あ。そこ、左に曲がって」


「こ、ここを……?」


 アキオはスピードを落とした。確かに左に道があった。ずっと林が続いているように見えていた木と木の間に、未舗装の細い道が確かにある。


「真っ暗だよ? 狭いし……。温泉の看板もないし」

「大丈夫よ。もうちょっと進むと明るくなるから」


 メイの言葉を信じて狭い林道のようなガタゴト道を進むと、言う通り、前方に明かりが見えてきた。




 辿り着いたのは古い日本家屋だった。

 昔なら庄屋さんの家という感じの、とても大きな建物だ。母屋と離れと蔵らしきものと、建物が三つに別れてある。


 赤い月が屋根にかかり、月の腹を突き刺すように、鬼瓦の角が尖りながら夜空に聳え立っていた。


 前庭のような広い砂利のスペースに車を停めると、勝手口らしき小さな木の扉がおもむろに横に開き、中から誰かが出てきた。

 とても背の高い、男性のようだ。髪の毛がモジャモジャと鬼のようで、顔がとても大きいことが見てとれる。


 ユージとアキオはそれに気づいて、小声で会話をする。

『うわっ。家の人、出てくるのかよ』

『しまったな。やっぱり山道に停めてヤっちゃえばよかったな』


「お父さん、ただいま」

 メイが言った。

「お客さん、連れてきたよ」


『うわっ。お父さんだってよ』

『なんだよ。パコパコ乱交ムードじゃなくなっちまったよ』


「おうおお〜……」

 お父さんと呼ばれた男が、気味の悪いかすれた声を出す。

「それはそれは。いらっしゃいっひっひ」


『なんか声、キモいぞ?』

『変態っぽい笑い方だな』


 歩いて近づいて来た男の顔が赤い月明かりに照らされ、はっきりと見えた。

 ユージもアキオも生唾を飲み込む。

 巨大な顔面に笑顔が貼りついた青鬼のような父親の容姿に、腰が引けてしまった。


「お二人さん、いらっしゃい」

 太い唇の間から溶けたような歯を覗かせ、にちゃりと笑う。

「メイの父で、牛呂沢うしろざわ滝治たきじです。よぉろぉしぃくぅ〜」


 やたら鈍い喋り方に大きな声が、二人に思わず防御姿勢を取らせる。


『いやいや……』

『メイちゃんのお父さんだろ。挨拶、挨拶!』


「やぁ〜、レンちゃん〜、いらっしゃい〜」

 挨拶するタイミングを逃した。滝治はメイの隣にレンを見つけると、そっちへ声をかけた。

「ウチの風呂ぉ〜、入ってくかぁい?」


「くすくすくす」

 レンが仲良さそうに笑う。

「くすくすくすくすくすくす……」


「ひぃ〜ひひぃ〜」

 貼りついたような笑顔を歪ませる。どう見ても化物の笑顔だった。滝治は再びユージとアキオのほうに振り返ると、ニタニタ笑いながら、命令口調で言った。

「ゆっくりして行け」





 岩に囲まれた露天風呂だった。屋根はあるが、四方に壁はなく、黒い林が風にざわついている。赤い満月もよく見えた。

 極楽気分でユージは寛ぎながら、隣で湯船に浸かって目を閉じているアキオに言った。

「メイちゃん、一緒に入ってくんねーのかな……」

「お父さんいるんだぜ? とりあえず仲良くなったんだ。家の場所も覚えた。少しずつ攻略していこうぜ」


 すると岩の上をヒタヒタと歩いてくる足音がする。脱衣所のほうから、こちらへやってくる。

「メ……、メイちゃん来た?」

「レンちゃんも……来たかな?」

 わくわくドキドキしている二人の前に、大きな筋肉質の身体を現して、滝治がニチャアと笑った。


「湯加減、どうかなぁ〜?」


「あっ。とってもいいです!」

「入らしてもらってます。ありがとうございます!」


「よォしッ!」


 滝治は高くジャンプすると、湯船に飛び込んできた。

 大砲が風呂に突き刺さるような音とともに、激しい湯の飛沫が上がる。


 二人は「わっぷぷ」と小さく声を上げながら防御姿勢になった。


「君らぁ〜」

 機嫌よさそうに二人の肩を両腕に抱くと、滝治は大笑いするように言った。

「ウチのメイはどうかね? 気に入ったかぁ?」


「あ、の……。とても魅力的な娘さんですよね」

「綺麗な娘さんだと思います」


「ヤりたいか?」

 ずっと細めていた目を開き、睨みつけるように言う。

「ウチの娘とイヤらしいこと、ヤりたいのか?」


「いっ……、いえ! とんでもない!」

「そそそそそんなことは考えてませんよ!」


「なら、なんでついて来たあ?」

 溶けそうな歯をみせて、笑顔を消して、大声で言う。

「ウチの娘とヤりたいからだろうがぁ!?」


「ごごごごごめんなさい!」

「とても魅力的な娘さんだったんで……」


 大きな口を開け、ねばついた口腔を見せて、滝治が赤い満月を仰いで笑う。そして、愉快そうに言った。


「まぁ、みんなで仲良くしようやぁ〜」


 するとまたヒタヒタと岩の上を歩く足音が近づいてきた。今度は複数だ。

 誰が来たのかとビクビクしながら見ている二人の前に、メイとレンが揃って現れた。その後ろからは小学校高学年ぐらいの男の子がついて来る。


「ユージくん、アキオくん。楽しんでる?」

「くすくすくすくす」


 二人の若い女性の声で露天浴場の空気が一気に明るく、涼しくなった。二人ともセパレートの水着を身につけている。レンはボーダー、メイはフリフリの花柄だ。

 メイはスレンダー、レンは安産体型とタイプは違うが、二人ともスタイルの良さでユージとアキオの目を釘づけにした。


 後ろからついて来る男の子はヒョロガリで、黒縁メガネをかけた陰気そうな子だった。自信のなさそうな猫背で歩いて来ながら、二人を睨むような目でじっと見る。


「メイちゃん!」

「レンちゃん!」

 二人はあからさまに嬉しそうに立ち上がりかけて、慌ててお湯の中に戻る。醜いモノを晒してしまうところだった。


 メイはくすっと笑うと、後ろの男の子を紹介した。

「これ、弟の徳男とくお。気がちっちゃい子だけど、いい子だから。よろしくね」


「よろしく」

「よろしく、徳男くん」


 二人がわざとらしいほどの笑顔でそう言うと、徳男は顔を歪ませ、唾を吐く勢いでそっぽを向いた。


「こらこらぁ〜、徳男。みんな仲良くだぞぉ〜」


 滝治が立ち上がった。ざばん!と浴槽から出ると、恥ずかしげもなく全裸を晒しながら、徳男に向かって歩いていく。メイもレンも楽しそうに笑っていた。


 徳男が怯えたように逃げ出そうとする。その片腕を逞しい手で掴まえると、風呂に向かって強く、滝治が柔道技で投げ飛ばした。


 声も上げず、怯えた表情だけ見せながら、徳男が風呂の中へ頭から突っ込んできた。避けなければぶつかる勢いだったので、ユージもアキオも咄嗟に避けてしまった。


 ざっばぁ〜ん! と、激しい音と水飛沫が上がる。


「あぶぶぶぶぅ〜……!」

 湯の中から顔を出すと、徳男は泣きはじめた。

「あぶっ……! ぶぅ〜! う、うえええ〜ん!」


「くすくすくすくす」

 レンがそれを見て可笑しそうに笑う。


 ヤウッ! ヤウッ! と少し遠くで犬が吠える声が聞こえる。犬にしてはどこか病的な声に聞こえた。


 ユージとアキオは顔を見合わせた。

 早く逃げ帰りたい気分になっていた。

 風呂を出たらメイとレンの連絡先だけ聞いて帰ろう、と言葉もなく意思を通じ合っていた。





「それじゃ、いいお風呂をありがとうございました」

「さよなら」


 メイとレンの連絡先を収めたスマートフォンを握りしめると、二人は滝治に別れの挨拶をする。


「おう〜、気をつけて帰れよ」

 滝治がニチャリと笑う。


 エンジンをかけ、走り出そうとすると、タイヤがずるずると空回りした。


「あ……」

「あれ……?」


 車を降りて見ると、タイヤが4本ともパンクしている。空気が完全に抜けてしまっていた。


 たまたまではありえなかった。二人はおそるおそる滝治の顔を見る。滝治は、困ったような、二人に同情するような表情をしていた。


月夜子つやこだな……」

 滝治が二人の初めて聞く名前を口にした。

「すまんな……。悪戯大好きな奥さんがおってな……」


「ろ、ロードサービスを呼ぼう」

 ユージがスマートフォンを操作する。

「あ……。圏外かよ」


「すまんなぁ〜。このあたりは電波が届かんでなぁ〜」

 滝治がすまなさそうに、また言う。

「泊まって行きなさい。空いてる部屋がいくらでもある。朝になったらウチの電話でタイヤ屋を呼ぶから」


 二人は顔を見合わせた。

「……どうする?」

「そうするしかなさそうだ……」


 滝治がニチャアと笑った。





 差し出されたのは十二畳のがらんとした部屋だった。

 客間らしいが、テレビも何もない。小さめの赤い机と、床間に鬼を描いた水墨画の掛け軸が掛かっているだけだ。


 外でずっと低く威嚇するような猫の声が響いていた。


「なんか気味の悪いお父さんだよな」

「ほんとうにあれがあの好印象100%のメイちゃんの父親かよ。信じらんねー」


 二人はしばらく何もない部屋をボケーと見回した。


「布団……自分達で勝手に敷けってことかな」

「押入れ見てみよう」


 押入れをガラリと開ける。

 中に布団はなく、血のように赤い色がそこにあった。


「わあっ!?」

「ぎゃあっ!?」


「ナウナウナウゥ〜、ゴァハ、シャアッ!」


 威嚇の声を発しながら、血のように赤い色の猫が、中から飛び出して行った。


「ね……、猫かよ……」

「びっくりしたぁ〜……。心臓停まるかと思った……」


 ゴワゴワと血に濡れたような毛並みの猫は襖に阻まれて立ち止まった。念力を送るような格好を猫がすると、襖がひとりでにゆっくりと開き、そこからするりと出て行く。


「ひぃっ!?」

「ふ、襖が勝手に……!」


「あ、ごめん。びっくりさせた?」

 開いた襖からメイがひょっこり顔を覗かせた。

「布団、持って来るから手伝って?」


「はぁい」


「さっきの猫、メイちゃん家の飼い猫?」

 ユージが聞くと、メイは不思議そうな顔をする。

「猫? なんのこと?」

「え。メイちゃんとすれ違いに出て行ったろ?」

「知らないわ。……あ、ここに布団が入ってるの」


 廊下に面した物置のような部屋だった。木戸を横に開け、入るなり、ユージとアキオが悲鳴を上げて後ずさる。


「わあっ!」

「うわわわわわ……!」


「どうしたの?」

 メイが可笑しそうに笑う。

「人形だよ?」


 それは赤ん坊ぐらいの大きさの、人形の生首だった。何かの革で作られているらしい、目の潰れたような生首が十数体、二人の目の高さの段の上に並び、苦しげに二人を見つめているのだった。

 その横に、お客用の布団が何枚も畳んである。


「お母さんの趣味なの、革人形作り」

 メイが布団を取りながら、言った。

「とっても上手でしょう?」


「うっ……、うん」

「不気味なぐらい上手だ」


 清潔な匂いのする布団を渡され、一人一式抱えると、二人は歩き出す。メイが枕二つだけを持ってついて歩いてくる。


「ねぇ、寝る前に少し話さない?」


 メイの言葉に二人が笑顔になる。


「それとももう眠い?」

「いやいやいやいや! 喜んで!」

「レンちゃんは? もう帰っちゃった?」

「レンも今夜はうちに泊まるの。連れてこよっか?」

「うんうんうん! 是非是非! 4人で夜を明かそう!」

「じゃ、徳男も連れてくるね」

「え?」

「ええ?」


 それは邪魔だと思ったが、二人は何も言えなかった。



 ジュースとお菓子を持ってメイが戻ってきた。後ろからレンと徳男が姿を現す。


「お腹空いてない? 冷凍のたこやきも温めて持ってきたよ」

「気が利くなあ」

「メイちゃん、いいお嫁さんになるなあ」


「くすくすくすくす」

 笑いながらレンが部屋に入ってくる。

 その後ろから徳男が猫背で二人を睨みつけながら入ってきた。


 ユージはメイだけを見ていた。

 ピンクに白い縦縞の入ったパジャマ姿がとても可愛らしく、その上についた顔が花のように美しい。

 蛍光灯の明かりの下で見る彼女もやはり魅力的な女の子だった。むしろあのクラブのような喧騒よりもこういう落ち着いた場所のほうがメイの魅力を引き立てると思った。


「ねえ、レンちゃんのフルネームまだ聞いてなかったよね?」

 アキオがレンに話しかけた。

「なんていうの?」


「くすくすくす」

 レンが答える。

花坂里恋はなざかりれんよ」


 口数の少ない娘だなとは思っていたが、なんだか初めてレンが言葉を喋ったような印象をユージは受けた。そんなわけはないのだが……。


「いい名前だね」

 アキオが褒める。

「くすくすくすくす」

 レンが笑う。


「弟くんと似てないよね」

 ユージは徳男を見ながら、メイに言う。

「お父さんにも似てないし……」


 徳男はポテチを少しずつ齧っていたが、そう言われて怯えたように顔を伏せた。


 その頭を撫でながら、メイが言う。

「徳男はお母さん似なの」


「えー? じゃ、メイちゃんはお父さん似? ……じゃ、ないよねぇ……?」


「あたしはこの家のほんとうの娘じゃないの」


「……え」

 ユージが畏まる。

「ごめん……」


「あ。いいよ、いいよ。あたし、この家族が大好きだから」


 徳男が顔を伏せたまま、ニチャリと笑った。


「ところでお母さんて……」


「あ。ごめんね?」

 メイがユージの言葉を遮って先に謝る。

「姿も見せないし、悪戯でタイヤパンクさせちゃうしで。お母さん、病気なの。家にずっと閉じ籠もってるから、退屈でしょうがないのよ」


「い、いいけど……」


「明日の朝になったら、ウチの苺畑を見に行かない?」


 そう言うとメイの身体から漂う苺のいい香りが急に濃くなった気がした。ユージは少し頭がくらくらし、酔ったようになる。




 それからしばらくして、なんだか静かになったなという気がして見ると、アキオ、レン、徳男の3人は敷いた布団に横たわり、寝息を立てていた。時計を見ると深夜2時だ。


「みんな寝ちゃったね」


 ユージが言うと、メイが切れ長の目を細めて色っぽく笑う。


「あたし達も寝よっか?」

「こ……、ここで?」


 黙って見つめ合った。

 メイの美しい肌がすぐ目の前にある。

 ほんとうにこの子は、かわいいのか、美しいのか、田舎っぽいのか、都会的に妖艶なのか、わからないなとユージは思った。

 さっきまで子供のようにはしゃいでいたかと思うと、今、目の前にいる彼女は、まるで男をたぶらかす妖女のようだ。


 メイの赤くて薄い唇が開き、蛇のような舌がチロリと覗いた。


 吸い寄せられるように、ユージはメイに自分の顔を近づけていく。

 汗が布団の上に滴る。

 メイが興奮しているようだ。吐息が荒くなっている。


「メイちゃん……」

 ユージはその細い肩を掴み、押し倒した。


 苺を押し潰し、ミルクをかけるような、甘い気持ちと罪悪感とが一緒になってユージを襲ってきた。罪悪感は麻薬のようで、それを吸うことが止まらなくなるといった類いの、破壊を甘美に変えるものだった。脱がせた彼女のパジャマを蠢く虫のような動きで遠くへ退けると、ユージは噛みつくような低い姿勢で、メイの白い肌の上を泳いだ。ユージが泳ぐたびに、メイに赤みがかかって行く。


「ユージくん」

 メイの声が、人間のものではない喘ぎ声に代わって行く。

「ユウっ……ううああっ……!」


「可愛いよ」

 ユージは逃げられまいとするように、必死でその言葉を言い続けた。

「可愛いよ、可愛いよ、可愛いよ」


 ユージは太いボルトのようなものでメイを下から突き刺していた。それを何度も何度も、突き刺すと、断末魔を途切れなくメイが上げる。


 殺人鬼のような形相で、ユージはメイを突くが、メイはなかなか死ななかった。


「くすくすくすくす」


 夢中でメイを刺し続けていると、ユージはぞくりとするような声を背後に聞いた。


 慌てて振り向くと、アキオの上にレンが馬乗りになって、押さえつけている。痙攣するアキオの顔面からマスクを剥ぎ取ろうというように、徳男が油性のマジックペンで輪郭を黒く描き取っている。


 いきなり襖が大きな音を立てて開かれた。


「おいっ!」

 滝治の青鬼のような顔が覗き込んでくる。

「何をしてるんだァ? おまえらァ!」


 ユージは慌ててメイの上から飛び退いた。


「ほう……」

 死体のように蹂躙された娘の全裸姿を見て、滝治が嬉しそうに笑う。

「ウチの娘を殺しただな?」


「こっ……、殺してません!」


 必死で弁解するユージの背後では、チキチキと音を立ててカッターナイフの刃を出しながら、徳男がアキオのマスクを剥がそうとしている。


月夜子つやこォ〜」

 滝治が入って来た襖とは別の、隣の部屋とを仕切っている襖のほうへ向かい、その奥に声を掛けた。

「おまえ、ずっと聞いてただろォ〜? コイツら、メイを殺したかァ?」


「えっ!? お母さん!?」

 ユージが襖のほうを急いで見る。

「お母さん、隣の部屋に、いらっしゃったんですか!?」


 しかし襖の向こうは静かだった。物音ひとつしないのがかえって不気味で、ユージは駆け出すと、自分からその襖を開いた。


 畳の上に、無数の革人形の生首が転がっていた。

 あとは色とりどりの折り紙で作った鬼灯ほおずきが糸に通され、蠟燭の炎が暗い部屋を照らしているだけだった。


「だ、誰もいませんがっ!?」


 そう言って元いた部屋を振り返ると、とても背の高い、細身の女性が黒髪を逆立たせ、自分を見下ろしていた。


 女性の背後から滝治が聞いた。

月夜子つやこォ、コイツら、メイを殺したか?」


 背の高い女性は黒髪をざわざわと音を立てて逆立てながら、赤い口元から血を吐くような勢いで、笑った。


「あ〜あ。いいお客さんだと思ったのにな」

 滝治が懐から鉈を取り出しながら、残念そうに言う。

「また月夜子つやこのコレクションが増えるだけか」


 よく見ると、メイの死体に見えていたものは、月夜子つやこの臀部と繋がっていた。

 メイは月夜子つやこの尻尾だったのだ、と気づいた時には、もう遅かった。


 近づいて来ていた滝治の、振り上げていた鉈の刃が、ユージの喉元めがけて振り下ろされた。






「楽しかったか?」


 滝治の言葉に、ユージもアキオもうなずいた。


「楽しかったです」

「また遊びに来ます」


 朝のスズメが声を響かせる前庭で、タイヤの修理の終わったミニバンに荷物を載せながら、ユージとアキオは低血圧のように青白い顔を笑わせる。


 見送りに出て来てくれたのは滝治一人だけだった。苺畑は見に行かなかった。


「それじゃ」

 二人は声を揃えてそう言うと、車で走り出した。

 なんだか昨夜はとても楽しかったような気がする。しかしその気持ちとは裏腹に、これからとんでもなく遠いところへ、苦しい旅に行くような憂鬱に苛まれていた。


 母屋の窓から彼らを見送る4人の顔が、並んでこちらへ手を振っていた。

 メイも、レンも、徳男も、月夜子も、笑っていた。

 何かとても幸せなことを成し遂げたような笑顔で、2人を見送っていた。


「……俺達、どこへ行くんだっけ?」

 助手席でユージがぼんやりと聞いた。


「さあ?」

 ハンドルを握りながら、顔のないアキオがぼんやりと言った。

「客引きじゃね?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めは退廃的な若者の日常が描かれ、 青春映画のような雰囲気がありました。 メイの家族は不気味ながらもどこかコミカルで、 しかしやはり最後は恐ろしかったですね。 [一言] 滝治のいかにもな「…
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