【橋姫】
うん?
突如降って湧いた違和感に、私の手が止まった。
なにかがダンジョン内に放り込まれた。
画面上では、私の操作の手が止まったキャラクターが、哀れにも剣に刺されて消えていく。
彼女と出会い、私の生活環境は激変した。
とはいえ、私自身はさほど表に出て歩くような性格をしているわけではない。いまでいうところの、引き籠りであるのが私だ。
もっとも、長いこと橋の下に囚われていた結果、そうなってしまったのかどうかは分からないが。
少なくとも話に聞いた“壺に封じられた鬼”のように、偏屈に狂った存在にはなってはいないだろう。
あの鬼は『出してくれた者には、どんな願いでも叶えてやろう』などと封じられたばかりは思っていたものの、それが数百年過ぎる頃には『自分をここから出すようなバカな奴は食ってやる!』と思い至るまで狂っていたからな。
まぁ、これは御伽話だ。
現実の私とは違うということだろう。……そうであると思いたいところだ。
現状の私と云えば、時たま気が向いた時に近場を散歩するくらいで、基本はこうしてゲームをして遊んでいる。
人の常識からしてみれば、立派な社会不適格な引き籠りニートというやつだ。
……あぁ、いや。一応、きちんと稼いではいるから、ニートの定義からは若干外れるか。
さて、それじゃ、金を稼ぐ以外の本来の仕事をしよう。
「リカ、なにが送られて来たの?」
《恐らくは人間です。存在は把握できていますが、知覚不能です。現在その論理を解析中。いましばらくお待ちください》
「知覚不能?」
《なんらかの超常的な影響下にあるようです。それが魔法、魔術の類であるのか、そういった妖の類であるのかは不明です》
「なるほど」
解析を待ってから見に行く方がいいかな?
リカの言葉を受け、私は暫し考え込む。
リカ。これは私の契約した【ダンジョンコア】の愛称だ。“コア”だとめぐるちゃんの【ダンジョンコア】と一緒になってしまうから、変えた次第だ。
由来は【理核】からだ。実にシンプルな愛称の付け方ではあるが問題はないだろう。なにせリカはそれを一切気にしてはいない。
ちなみに“リカ”というといわゆる女性名となるせいか、リカの声はめぐるちゃんコアと違い女性音声となっている。
「……めぐるちゃんは無事なのよね?」
《女神様は健在です。こちらはブラックナイト衛星経由で確認できてます。ただ、コア殿とは連絡がつきません。恐らくは、事前情報通りに女神様の心臓は破壊されたからだと推測します。事実、対象は血まみれたナイフを所持していました》
……へぇ。
《情報の引きだしはどのようにしましょう?》
「面倒だから――」
私はひとつ指示を与えた。
形式的な尋問の準備が完了し、捕えている虜囚のいる牢の前に立った。
牢の作りはいかにもなものだ。通路側の壁一面が鉄格子となった、中を一望できるものだ。
そこには、どこぞの軍のような戦闘服に身を包んだ中年男が壁に張り付いていた。いや、正確には、その手首から先は壁に埋まり、足も足首から先が床に埋まっている。
見たところ細身であるようだが、リカが調べたところかなりの筋肉質であるとのことだ。
「リカ、しっかりと認識できるんだけれど、なにかしたの?」
《魔術の類であると判明しましたので、強引に解除しました》
「ふぅん。レベル的などんな感じだった?」
《児戯に毛が生えた程度です。しかしながら、私の知る魔術論理とは体系が違うため、解析に少しばかり時間が掛かりました》
なるほど。まぁ、リカが所持している魔術関連の情報は、彼の異世界産だ。あっちはこちらと比べて潤沢な魔力に満ちているせいか、魔法、魔術に関しては大分進んでいるが、それ故に力任せな術式が多い。
翻って地球ではというと、希薄な魔力で結果を出さなくてはならないため、それができるだけの緻密で精密な魔術が発展したといえる。
それを鑑みれば、異世界の魔術の解析など容易であるように思えるが、異世界の魔術は、こちらの魔術の類とは違う論理体系であるため、解析をする際には難儀するようだ。
もっとも、めぐるちゃんの所のコアは、そのあたりを上手い具合に融合して、ハイブリッドな術式を造り上げているみたいだけれど。
もちろん、それらの情報もこちらに渡されているから、こうしてこちらの魔術を解除することも、若干時間はかかるものの出来ているというわけだ。
男は私を品定めするような目で見ている。
まぁ、現状の私の見てくれは、その辺りを歩いている女子高生みたいなものだからね。それもやや派手な装いの。
「ようこそ、我が居城へ」
私は言葉を吐き出した。実のところ会話をする気はない。だから一方的に喋るだけのつもりだ。
「あんたはここに来たことが不本意だろうし、私もあんたを招こうなんて思ってもいなかった。だがあんたは我らに対して仇成した結果、ここにいるわけだ。
当然ながら、私はあんたを尋問しなくてはならないんだが、面倒だからそれはすっ飛ばすことにしたよ。どうせあんたはなにも喋らないだろうし、それを無理矢理喋らせる手間は、はっきり言って無駄だからね」
日本語で話しているが、問題無いはずだ。なぜならヤツの耳には、リカが翻訳して英語で聞こえているからだ。
本当に【理核】というやつは、ダンジョン内にあるならば出来ないことはないといっていいだろう。それを成すためのエネルギーさえあるならば。
男は目を細め、訝し気な表情を浮かべた。
顔立ちや肌の色からして、中東辺りの生まれだろう。だがその表情を見る限り、英語できちんと通じているようだ。
「そういうわけだから、あんたの代わりに、コレに応えて貰うさ」
パチンと指を鳴らす。
すると天井からするすると私のとなりに、デカいサヤエンドウのようなものが降りてきた。
「そういえばリカ、こいつが認識できなかったのは何故だったの?」
《ウィッチクラフトによるものです。魔女由来のマジックアイテム、或いはアーティファクトですね。起動すれば、所持者を他者の視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚から無効化するものです。のしかかられでもすれば、重量により知覚できますが、それ以外では認識不能となります》
「ふぅん。隠密に便利な代物だね。とはいえ魔女か。連中が私らに敵対するとは思えないんだけれど」
《そこは“彼”に訊いてみましょう》
豆のサヤがバキリと割れて左右に開く。
だが中から現れたのは豆ではなく、人間だ。……いや、人間を模したモンスターだ。
めぐるちゃん監修により作り出された【スナッチイミテーター】というモンスターだ。
地球でいえば、ゲームなどの仕様に落とされたドッペルゲンガーというところだろう。
サヤから出てきたばかりの人型モンスターは、当然ながら全裸だ。もちろん、私は気にもしないが、牢に磔られている彼はそうもいかない。
なにせコレは、あきらかに彼と同じ姿をしているからだ。
「コレは特別なモンスターでね。あんたの記憶を欠片も余さず持っているんだ。要はあんたの完全なコピーだ。身体的には人間とまったくかわらない。
そうだな。クローンと似て非なるモノ、とでもいえばいいかな?」
パチンと私は指を弾く。たちまち、生まれたばかりの彼の体に纏わりついていた粘液が消えた。
「さてと、それじゃあなたに答えてもらうわね。あなたの所属する組織と、請け負った最新の仕事について話してもらおうかしら」
「了解です、マスター」
スナッチイミテーターは、オリジナルの男にはできようもないほど優雅な仕草で一礼した。
スナッチイミテーターは私の問いにしっかりと答えてくれた。
必要なことは男の所属する組織についてだけ。この男の名前などどうでもいい。
一応、最新の仕事についても確認のためだけに訊いたけれど。めぐるちゃんを殺害することであることは明白で、事実そうであった。
男の所属する組織は【人類解放戦線】なる、いわゆるオカルトから人類を解放することを目的とした組織だ。
要は、玉藻をはじめとする我々妖怪の根絶を目的とした連中だ。もっとも、その実体は自身の掲げる宗教での世界支配という陳腐な野望を持っているようだ。
そもそもオカルト廃絶を謳いながら、魔女の遺物を用いて暗躍している時点でダブルスタンダードもいいところだ。
物の怪はダメだが、得体は知れないが便利な魔法の道具は良い、というのはどうなんだか。
いや、そもそもの話、自分たちがでっちあげた神様を崇拝し、それを売り物にして自身の私腹を肥やしている下衆な連中の組織だ。まったもって救えないし使い道もない連中だ。
だがまぁ、ある意味では、この男は十分に役立ってくれそうだ。
私は三吉を呼んで、スナッチイミテーターを香港へと運んでもらった。これで問題なく、彼の組織へと手駒を送り込める。あとは順次、構成員を入れ替えていけば【人類解放戦線】とやらを潰すこともできるだろう。
……いや、潰すのも問題か。ああいった思想の持ち主を集めて監視するには、丁度いい組織ではあるし。
まぁ、その辺りは天狗たちに丸投げしようか。こういった謀略は連中の領分だし。
となると、残る問題はオリジナルのアレだな。牢に磔ているあの男。アレ、どうしよう。
いても邪魔だし、なによりめぐるちゃんを刺したって事実が私を苛立たせる。
殺したら殺したで処分は面倒だし、もちろん私のダンジョンに吸収させるなんて以ての外だ。
……玉藻に送るか。多分、なにかいい処分方法を考えてくれるだろう。
よし。お仕事お仕舞い。
ゲームの続きでも……いや、この苛ついた気持じゃやる気にならないな。
うん。もう寝よう。めぐるちゃんが帰ってくるまで寝てしまおう。
というわけだから、リカ、あとはよろしく。




