【玉藻】_③
妾たちはしくじった。
みすみす女神様を死なせてしまった。
事件が起こることは分かっていたにもかかわらずだ。
いや、予見していた事件においては、死を回避できたのだ。
だがその後、空港にて刺殺されるとは思ってもいなかったのだ。
これまでの話によると、ひとつの事件後は、しばらくは空白期間があるとのことであったのだ。
それとも、銃撃から刺殺まで、ひとつの状況であったのであろうか?
正直なところ、妾もこの事態に嘆きたいし、悲しみたいし、そしてなによりも、女神様の敵を討つべく、怒りに身を任せたい。
だが、そう出来ない状況になっている。
現状、酒呑童子はもとより、伊吹童子に鈴鹿御前、三吉と、名だたる鬼たちがたったひとりの鬼を抑えこむのに苦心しているのだ。
恐ろしいことに、その一助にと出張ってきた天魔でさえ頭を抱えている有様だ。
おかげで妾も怒りに身を任せることが出きのうなった。
原因たるたったひとりの鬼。
橋姫。
鬼としては有名ではあるが、その力は強大というものではない。確かに【縁切り】という能力は強いものではあるが、限定的なものであるし、鬼としての身体能力は標準か、やや下回る程度だ。
だが、現状はその評価を一変させなくてはならなくなった。
女神様より賜った【ダンジョンコア】。その所有者と任ぜられた橋姫は神に等しき力を振るえる状態にあるのだ。
事実、以前、召喚され訪れた彼の異世界を、女神様は崩壊させたと云っていた。そしてその方法も下賜されたダンジョンコアにあると聞いている。
文明の発展度合いが向こうと地球とでは大分違うこともあり、同様に行える訳もないと思うが、橋姫がやらかさぬようにしておかねばなるまい。
アレの出番は最後じゃ。
「酷い面をしているな。気持はわからんでもないが」
「ぬ。次郎坊か」
「女神様を殺した連中が割れたぞ。原因は我らではあったが」
む?
「どういうことじゃ?」
「女神様の命を狙った組織は3つ。そ奴等に我らはしてやられたわけだ。
まず【反オカルト協会】。ここが中心となって【人類解放戦線】と【楽園教会】。このふたつの組織と合同で女神様の殺害を計画し、実行した。他にも協力した木っ端組織があるやもしれんが、中核はこの3組織だ」
「ぬ? たしかそ奴らは――」
「自分たちに都合の良い神をでっちあげている神秘主義者どもだ。どこからか女神様が我らと懇意であることと、女神様の異常性を嗅ぎつけ殺すことにしたようだ。当初は誘拐し、いいように利用したかったらしいが、ほれ、先だっての犯罪組織撲滅戦で我らが暴れただろう。あれをもって殺害一択となったようだ」
くっ。ひさびさであろうからと、鬼どもを暴れさせたのが仇となったか。連中め、妖の力に怖気づいての今回の凶行か。
「うちの連中に調べさせているが、本丸が不明だ。あからさまなダミー施設に、事務所や研究施設は見つかるんだがな。指導者共が不明のままだ。組織の体を破壊できたとしても、連中を逃しては意味がない。またぞろ別組織を立ち上げるだろう」
「それには金がいるじゃろう? その線から探せはせぬか?」
「無茶をいうな。正統に金を動かしているならともかく、こういった連中はあの手この手で不正に金を稼いでいる連中だぞ」
顔を顰める。
ぬぅ。こうなるともう、本格的に世界征服でもした方が楽に思えてくるの。じゃがそんなことをしようものなら、後々面倒しか残らん。世界の面倒をみるなぞご免被る。
「ひとまず、この3組織の幹部連中を確保しよう。こいつらは確定だからな。もしかすると、他に動いていた組織もいるやもしれんからな。女神様を銃撃した東ヨーロッパ人は【楽園教会】の所属だったが、その行動は計画とは別だったからな。連中は女神様の拉致にあった――」
「ねぇ、その話、本当?」
「橋姫!?」
「お主、どうやってダンジョンから出て来たのじゃ?」
「これはダンジョンで創った私の分身……端末っていったほうがいいかな? そういったものよ。それよりも、めぐるちゃんを殺したのは、そいつらで確定?」
まったくの感情の失せた顔と声で橋姫が問う。
「こやつらは確定だ。だが他にも関連している組織、個人があるやもしれん。しかし、それらを結び付けた輩が不明だ」
「天狗がそう云うってことは、多分、組織としては組織の体を成していない組織ってことよ。きっとね」
は?
「どういうことだ?」
「サイバーテロリスト集団は知っているでしょ? いくつかの組織相手に、天狗たちが揶揄って遊んでるじゃない」
「ウチの若い衆は遊んでいるわけじゃないがな。まぁ、享楽的な連中が集まっているのは確かだが」
次郎坊が肩を竦める。
「ああいったテロリスト集団ってね、ネットでメンバーを集めてそれぞれ好き勝手に活動してるのよ。組織としてのリーダー的な存在、今後の計画とかを練っているのはいるみたいだけど。会合やらなんやらもすべてネットだから、よほどうまくやらないと尻尾も掴めない。そして酷いことに、テロ活動は野良のハッカーだのを募集して利用している有様だもの。
だから時々、組織名をだしてやらかすハッカーがいたりするけれど、まるっきり尻尾切りみたいに見捨てられてるでしょ。あれって本当に勝手に首を突っ込んできた野良ハッカーがゲーム感覚でやらかしたのよね。組織の計画目標だけを確認して、すべきことを無視して好き勝手に。結果、目標をうっかり間違えて、たくさん人を殺してたけど。病院のすべての機材を使用不能にするとか、酷いよね」
橋姫の言葉に、妾と次郎坊は顔を見合わせた。
「どういう組織形態だ? だが納得は出来たな。各国の諜報機関も本丸を落とせないわけだ。本丸そのものがないではないか」
「本当にそうなのかは確認できていないけど。でもめぐるちゃんが生きてきた世界線ではそうだったみたいよ。
まぁ、どこぞの国の機関であることも否めないけど。でも私たちの世界だと、そういったことをやらかしてた国家って存在していないのよね。玉藻が普通に他国を利用して軒並み潰しちゃったから」
再度妾と次郎坊は顔を見合わせた。
「それは……女神様が歴史改変を行った結果か。正確には、玉藻殿に未来の歴史を詰め込んで危機感を煽っただけのようだが」
「そうね。でもおかげで良かったじゃない。天狗たち、大和の民と共に連合軍に特攻して死に往く未来が失せたんだもの」
次郎坊が湯飲みを落とした。幸い、茶は飲み切っていたため、さしたる被害はない。
「……なんだと?」
「興味があるなら、あとでいろいろと情報を渡すわよ。まぁ、私たちにとっては破滅の御伽話だけれど。
話を戻すわよ。要は、オカルトなんとかとか、楽園なんちゃらなんて連中の頭を押さえればいいのよね。いいよ。私がやる。地道にやるとか面倒だもの。ネットを完全に掌握するわ。
めぐるちゃん、凄いんだよ。あのダンジョンコア、そんなことも簡単に出来るのよ。それに、めぐるちゃんが使ってた衛星の使用権限もこっちに移譲されたから、もうやりたい放題よ。【神の杖】だって落とせる」
夢見るような顔で橋姫が云う。
自由となり、女神様と友誼を結んでから、彼女はある意味あからさまに壊れたと云っていい。完全に女神様に依存してしまったと、鈴鹿御前が青くなっておったからの。
「それじゃ、仕事を始めるわね。えぇ、世界を丸裸にしてみせてあげる。端末はここに置いておくわ。その端っこの椅子を借りるわね。
なにかあったらコレに話しかけてね」
橋姫はそういうと、部屋の隅にある予備の椅子をひとつに腰掛けると、目を瞑り、微動だにしなくなった。
次郎坊が目をそばめる。
「……人形、のようだな。恐ろしいまでの精度にして精巧だ。いまのいままで当人がいたとしか思えなかったぞ」
「そういえば、女神様がそういったモンスターを量産して各国の要人を入れ替え、戦争を引き起こしたと云っておったのぅ。アレもそういったモンスター製造技術を用いたものじゃろう。あっちでは麒麟のような姿をした、造られた竜がウロウロしていたからの。さすがに神でもなければ、あんなもの生み出せやせん」
「あぁ、アレか。俺も太郎坊の土産を見た時は麒麟かと思ったぞ。確か金熊のヤツがなんとか毒抜きして食えないかと、いろいろやっておったな。それを見て星熊たちが呆れておったが……」
「折角じゃ、クズ共を捕らえ、要が済んだら饗してやろうではないか」
「毒見でもさせるのか? まぁ、肉の見た目を偽装するのも、食材をすり替えるのも簡単だがな。とはいえ、橋姫か、俺たちがクズ共を見つけてからだ」
妾たちはひとしきり雑談をした後、共に深くため息をついた。
女神様がおらぬことが悔しくてならぬ。
★ ☆ ★
橋姫が本当にやり遂げおった。既に地球上の情報通信網に関しては、すべて橋姫の掌の上となっておる。
現状、橋姫の目から逃れることのできる情報は、手紙の手渡しぐらいとなっておる。だがそれも、人の動きを掌握している以上、天狗共が直接覗きにいけば済むこと。
もはや橋姫に目を付けられた時点で終了といえよう。
まず、女神様を襲った主要3組織、すべて形骸と化した。すべての人員が死亡している。しかし表向きには誰ひとり死んでおらぬが。
スナッチイミテーターというのは恐ろしいの。対象と寸分違わず姿の人型実体。そのうえ記憶の細部まですべてをコピーしている化け物。
であれば、入れ替わったとしても誰も違和感を感じない。なにより恐ろしいのは、そんなコピーのような人間としたにも関わらず、それは橋姫に忠実であるということだ。
これにより組織の主要メンバーは入れ替えられ、使い捨てような下っ端は普通に殉職となった。そして主要メンバーと組織の長はいやでも接触はする。結果として、すべての人員は入れ替えられた。
女神様、これ、さすがに悪ど過ぎじゃろ。
さらには、女神様殺害には宗教家どもも関わっていたことが判明した。そちらは派手に、そして酷い有様となった。
それを計画しやらかした橋姫はケタケタと笑っていたが、妾たちはドン引きじゃ。
天使を生み出し、衆人環視の元、指導者を殺害とか程にもあるじゃろう。
連中、信仰が破壊されとったぞ。もとよりなかったようなモノじゃが、欠片程度の信仰心が木っ端みじんじゃ。もちろん指導者だけではなく、他にも女神様殺害に関わった、あるいはそれに賛同した者どもすべて絞殺するなど。
玉藻稲荷に浸食されず生き残っている宗教の大半に天使は登場する。
まぁ、見ものじゃったな。崇め奉っておきながら、そんなもの潜在せぬと思っていた天使が現れ、笑顔で己の首を絞めて来るのじゃ。さぞかし混乱したことじゃろう。
……そんなことがあったせいか、玉藻稲荷への入信を願う輩がやたらと増えてしまったが。
これはあれじゃな。視えぬ神より視える神となったということか。
というかじゃ、己の保身のためだけに棄教して来られても困るんじゃが。あの天使の衝撃はさすがに恐ろしかったのであろうが。
天魔殿に――
「俺は天狗共だけだが、そっちは人類の大半とは……大変だな。上に掛け合ってみよう。さすがにこの状況を一柱にだけ任せる訳にはいかん。それに橋姫の目付けも必要だしな。……つくづくめぐる殿を失ったのは痛いな」
まて、なんと云った!?
一柱!?
え? 妾、まさか神格なんぞを得てしもうたのか?
冗談じゃろ!? 妾、狐の木っ端妖怪じゃったんじゃぞ!?
神になんぞなりたくないのじゃが!?
とはいえ妾に馬鹿げた信仰が集まった故の結果のせいか。
妾は諦めてため息をつき、いかにして安穏とした生活を送るかを思案し始めた。




