私、川守めぐる(10)は9度目の人生を歩んでいる_2
「はじめまして、向坂先生」
この世界線で、私は初めて担任の向坂先生と対面した。
これまで世界線を移動するような形で人生をやり直してきたわけだが、それぞれで微妙な差異があった。
にも関わらず、この先生だけはちっとも変わらない。
他にも変わらない者はいる。が、それは私の血族と川守のお父さんとお兄ちゃんくらいだ。
私の【ふりだしにもどる】がそこだけは固定しているのかは不明だが、おかげでやり直し人生においてしっかりとした起点とできているのでありがたく思っている。
でだ。この壁に埋め込まれた教師はというと――
「川守ィィィっ!」
私を見るなり怒鳴りつけてきた。
「うわぁ……。うるせぇ」
「主様、そんなボソリと……」
「いや、だってさ。なにを思って私を怒鳴りつけてんだろうって思って。こんな状態なんだよ? 他に云うべきことがありそうじゃん」
女教師を指差した。そしてそれに合わせるように珠ちゃんが半開きの目で女教師に視線を向けた。
「助けろ! とかかのぅ」
「そうそう……って、うわ、気持悪っ!!」
「女神様、さすがにそれは酷くないかの」
すぐ脇に立つ“私”が悲しそうな顔をする。
これが誰かは分かっている。玉様だ。私に化けた姿は見たことがなかったけれど、なんだろう、こうも“まったく同じ”だと気味が悪い。
双子でも微妙な差異はあるというのに。
「川守が……ふたり!?」
女教師が驚いたような声を出した。女教師同様に壁に埋め込まれているクラスメイト4人は静かなものだ。まぁ、失神したまんまだからね。
つか、名前が思い出ないな。ま、いっか。
私たちは日本語でやり取りをしているわけだが、邪魔は一切入っていない。王様たち現地のゴミ共は別室の壁に埋まっているからだ。
「やれやれ、種明かしをしてやるとするか。いくら愚かなお主でも、妾の顔くらいは知っておろう?」
「これだけの阿呆なのじゃ。知らぬかもしれんぞ、本体よ」
珠ちゃんの軽口が響く中、玉様が変化を解いた。
ゴージャスな雰囲気の狐耳の美女、9本の尻尾付き。
女教師は目を見開き、馬鹿みたいに口を開けていた。
「お主の生徒をしている間はほんに刺激的であったな。ことあるごとに蹴飛ばす、無視する、毒を盛ると、貴様は教師と云う職をなんと心得ておるのだ。まったくもって度し難い」
「玉……藻様」
女教師が呆然としたまま呟いた。
「ほほぅ。本体よ。こやつちゃんとお主の顔を知っておるぞ。まったくもって意外なこともあるものぞ。教え子を殺すことに邁進するような下衆であろうに」
「いや、珠ちゃん。私はいじめで死ぬことはなかった……いや、ここのところエスカレートしてたからな。因果によって変わったりしたのかな?」
「どうであろうのぅ。まぁ、ソレに関しては、次はないと思うのが良かろうぞ」
……ふむ。まぁ、過ぎたことを悩むこともないか。回避すべきは飛行機でのアレだからね。
「そだね。変化があるかもしれないと踏まえた上で、回避していけばいいや」
「か、川守、なにを云って――」
先生が泣きそうな顔で私を見ていた。
うん。なんの感慨もないな。ここまで無関心に慣れるのか。我ながら凄いな。
「私もいろいろとあるんですよ。こんな状況なんです。ファンタジーは現実にあるんだってことですよ」
私はにっこりと微笑んで見せた。
「異世界召喚なんてことに巻き込まれて、ここにいる6人以外はみぃんな化け物に食われて死にました。そして先生たち5人はそうやって壁に埋め込まれて、不老不死になりました。よかったですね。永遠の命ですよ。娯楽もなんにもないと退屈でしょうから、この世界のいろんな所を見ることができるようにはしておきますよ」
「お前、なにを云って」
「私たちは帰ります。先生たちは残ります。それだけです」
「ふざけるなっ! 私を置いて――」
「私を殺そうとした人がなにを云うんです? 私の代わりに玉藻様が学校に通っていたから、私の命は助かったんです。子供の悪戯で済ませる気だったんですか? 私を殺したことを。そんなもの、許せるわけがないでしょう。私が私の敵討ちをしてなんの問題があるんです? そもそもこの異常な事態はこの世界のこの国が行ったことで、私は関与していません。ただ、私たちが奴等を制圧して返り討ちにしただけです。その結果みぃ~んな不老不死にして不死身になりましたけどね。条件付きではありますけど」
「過ぎた褒美じゃよなぁ」
珠ちゃんがうんうんと頷いている。
「そんな! 私も一緒に――」
「それはお薦めせんのぅ。たとえ姿を変えていたとはいえ、お主が妾に行った仕打ちに対し、妾は罰を与えねばならん。毒殺しようとしたことも含めてな。じゃがここにおれば平穏無事に生きることはできるぞ」
玉様がいかにも凶悪な妖怪らしい笑みを浮かべている。
担任はと云うと、その玉様の笑みをみて卒倒してしまった。
「弱っちいなぁ。玉様なにかした?」
「うぅむ。ちと圧を掛けはしたがのぅ。まさかこれで失神するとは。人を殺す胆力はあっても、殺される覚悟はないと見える」
玉様は楽しそうにしれっと答えた。
それから私たちは王様がたちが埋め込められた部屋へと行き、以前やったことと同じことを説明し、スナッチイミテーターを生成した。
ただ、前回と違うところは、今回は黙示録をダンジョンコアにプログラムはしてこなかった。代わりに、好き勝手にしろと、暇なら世界征服もいいんじゃないかと唆しては来たけれど。
本来ダンジョンコアにはダンジョンマスターがいなければ、活動なんてままならないわけだけれども、前回同様に外付けCPUをくっつけて来たから問題はない。その外付けCPUがいわばダンジョンマスターということだ。
「それじゃ、みんなで帰るとしようか。こっちのダンジョンコアの改造は終わってるし、制圧に使ったダンジョンコアも回収してあるし、忘れ物はないよね?」
「ないな。土産になるようなものもないしな」
「王冠をガメてきただろうに、お主」
おっちゃんが太郎坊さんを半目で見下ろしている。太郎坊のおじさん、しっかり頭にあの王様の王冠をのっけてるよ。
「気に入ったの?」
「記念に貰っておこうとおもうての。意外に質はよいぞ。ついでにティアラのほうも貰ってきたぞ」
あぁ、王妃様? が被ってたね。銀製なのかプラチナ製なのかはわからないけど。
「ふぅむ。この手のものは祭典などで身に着けるようなものであろうに。普段使い用の簡易のものではないではないか。ここでのこの胸糞悪い催しはそれほど大事であったのかのぅ」
「あー。他所の国の大使とかVIPを招いてたみたいだから、裏の公式行事的なものだったんじゃないかなぁ。異世界から攫ってきた子供がドラゴンに食われていく様を肴に、宴会をしてたみたいだから」
「……嫌な催しものじゃな」
「そんな連中に野蛮人とか云われたから腹が立って腹が立って」
「うむ。それが原因で主様は世界を滅ぼすことを決めたしの」
「女神様、さすがにそれはやりすぎではないのか?」
「こっちの世界の人間はみんな酷かったんだよ。まともなら多少は手加減するように調整し直しもしたんだけどねぇ」
「よくもまぁ、あれだけ排他的で自己中心的な精神で社会が成立していたと、儂は感心したぞ」
「町で生活するのをあきらめて、森で隠遁生活することにしたしね。まぁ、今回は黙示録をプログラムしたりしていないから、普通に世界は存続するんじゃない? この国とその友好国は潰すけど」
「“すなっちいみていた”はいい仕事をするからの」
珠ちゃんがそういうと、玉様は手のダンジョンコアを見つめた。ちょっと見た目を意識して、桐の箱に放り込んである。もちろん内張りは紫色のベルベットだ。
「それじゃ、帰るとしようか。帰還場所は私たちが乗ってきた車の側にするね。そこに扉を開くよ。太郎坊さん、私たちの姿を消しとくのをお願いね。いきなり何にもないところに出ていったら騒ぎになっちゃうから」
「おぉ、任されよ」
王冠を頭に載せた太郎坊さんがニタリと笑う。その後ろではおっちゃんが酒瓶を何本も抱えていた。どうやらこっちの酒(未開封)を見つけたらしい。
でもおっちゃん、こっちの酒造技術を考えると、たぶんそのお酒、混ぜ物しないと不味いと思うよ。
「あ、そうだ。玉様はどうする? ここで入れ替わる?」
「ぬ? そうじゃなぁ……この帰宅するまでは妾が女神様の代わりと勤めましょう。マスゴミの相手はまともにするものでもなかろうしのぅ」
かくして。私たちはSAへと戻った。
世界を渡るついでに時間も数時間遡るわけだけど、それに使用するエネルギーは思ったほどでもないみたいだ。
いや、多分結構膨大なんだろうけど、私の【魔力増槽】まで一杯にエネルギーを回収できたみたいだから、十分余裕があるってことだろう。
うん。これで今後も安心だ。
SAに戻ると、玉様はトイレへと直行。そこからしれっと戻る予定だ。この世界線のマスコミはどうなんだろう? 私の時みたいに、顔にマイクを押し付けられたりしなければいいんだけれど。
玉様を見送り、私たちは乗ってきたバンに乗り込む。
これまで無人だったバンに、太郎坊さんが妖術を解いた途端に私たちが現れるわけだけれど、運悪く消えたバスのあたりにできていた人だかりの何人かに見られたようだ。
その数人には【現実改変】で見間違え、気のせい、記憶違い、というように改竄する。面倒事は小さなことでも起きないに限る。
「えっと、これからどうするのかな? 林間学校は中止になるわけだけれど、玉様は放置?」
後部座席に腰を落ち着かせると、私はみんなに聞いた。
「あー……先に帰ると拗ねそうだな」
「仕方ない。儂が同行しよう」
頭の王冠やらなんやらを外すと、太郎坊さんがバンから降りていった。もちろん、姿は消した上でだ。
「よし。玉藻は太郎坊に任せて、こっちは帰るか」
「せっかくじゃから、別のSAで適当に土産でも買おうぞ。SAグルメなるものもあるんじゃろ?」
「あー、聞いたことあるね。お腹も減ったし、どっかに寄ろうか。……お金も十分にあるし」
お小遣い感覚で、おっちゃんに札束渡されたしね。断ったけど断りきれなかったんだ。
こうなったら、お土産とかで還元しないとね。
「この辺りにも一応観光できる場所はありますよ。高速も降りなくてはなりませんし、食事してから土産物も探しましょう。頭領、構いませんね?」
「おう、任せる。いい店でも知ってるのか?」
「いい蕎麦屋があるんですよ。ウナギの美味しい店もありますね。どっちにします?」
バンを発車させ、人だかりをゆっくりと迂回して駐車場を進む。
「主様はどっちを所望じゃ?」
珠ちゃんが訊いてきた。三吉さん以外のみんなが私に視線を向けている。
どうやら決定権は私にあるようだ。
「ソバとウナギ。どっちも捨てがたいな。でも……うん、ソバにしようか。天ぷらそばを食べたい」
ついさっきまで、リアルで人の死ぬところを見てきたわけだしね。多少は耐性はついたものの、まるっきり平気と云うわけじゃない。
さすがにウナギなんて重いものを食べる気はちょっと起きない。
「おそばですね。了解です。私個人としては、茶そばがお薦めですよ」
三吉さんの言葉に、私はちょっとワクワクとした気持になった。
「そういえば、私は茶そばは食べたことがないよ」




