私、川守めぐる(6)は9度目の人生を歩んでいる
私、川守めぐる(6)は9度目の人生を歩んでいる。
小学校に上がったこともあり、母上の異常な愛情から多少は自由になれた。
なんだろう。やり直しをするたびに愛が重くなっている気がする。まぁ、その原因は実父であるんだけれど。
もしかして、私が気がついていなかっただけで、なにかしらのアプローチがあったのかな?
最悪、これもどうにかしないとマズいかもしれない。ヤンデレ過ぎて、鬼子母神みたいなことになっても嫌だからね。
絶対に私の死因が母による殺害なんてことはあってはならない。そうでなければ、以降のやり直し人生が暗いことに成り兼ねない。
まぁ、考え過ぎだろうけど。川守のお父さんとの関係は良好だし、この不安定さもそのうち落ち着くだろう。
さて、小学校に上がったことによって、ある程度は自由に動けるようになった。
この僅かな自由時間になにをするかというと、情報収集だ。正確には、この世界の歴史をきちんと学ぶ。というか、歴史として記されているモノを学ぶ。
玉様から聞いた本物の歴史知識と、史実とされているものとでは、絶対に違いがあるハズだからね。
なにせ、ヨーロッパ方面の歴史もかなりおかしなことになってるみたいだし。
これ、勉強が大変そうだなぁ。変える前と後との歴史がごちゃまぜになりそうだ。
そんなこんなで問題なく小学3年まで修了。実のところ小学校の勉強はもう完全なリピート放送な状況だったから、ここのところのやり直し数回はつまらなかったんだけど、今回は目に見えて違いがでていることによる新鮮な学びがあって、ちょっと楽しい。
うん。ちょっとだけね。
違いは歴史だけだからね。ちょっと宗教色が強い感じがするけど、それは仕方ないね。玉藻様万歳! だからね、この世界線の日本は。
そんなわけで、今回の人生では余計な技能を身に着けるようなことも殆どなく(書道教室だけ通った。書道の協会というのはいくつかあって、そのなかで最大手といえる3つのウチひとつで、初段までとったところで終了とした)、のんびりとしたものだ。
そうして4年生となったところで――
「女神様、ここからは妾と入れ替わらぬか?」
玉様がやって来たかと思うと、突然そんな提案をされた。
「入れ替わりって、なんでまた。玉様忙しいんじゃない?」
「分身を置いておけば問題なかろ? そも、妾は有事でもなければ基本置物じゃからな」
いや、まぁ、そうだろうけども。今の国を動かしているのは玉様じゃなくて、普通に政治家さんたちだしね。玉様は目付け役みたいなものだ。
だからこの世界線の日本って玉様が抑止になってるから、信じられなくらい政治がクリーンなんだよね。ヨーロッパ圏は前世界線と同様にドロドロしてるみたいだけど。
「ちなみに、何故にそんなことをしようと?」
「女神様をいじめの環境になぞ置けぬであろうよ」
玉様が不満を見せつけるような顔で宣った。
いや、女神って。私はそんな大層なものじゃないんだけど。とはいえこの提案は願ったりだ。いじめは4年生からはじまるからね。多分、この世界線でも。本来3年、4年時の担任は同一らしいんだけれど、3年時の先生が定年退職した関係で4年時から代わるんだよ。で、代わった女教師に私は徹底して嫌われると。だから現状、現実改変が使えない私としては、入れ替わりはとても助かるのだ。
なにせいじめを回避する方法がないからね。
「うーん……それじゃその間、私はなにをしていれば……」
「魔法の練習や、改造なり構築なりをすればよいのではないか?」
珠ちゃんが稲荷寿司を食べる手を止めて云った。そしてその隙に玉様が稲荷寿司を口に放り込んでいる。
このふたりは同一個体であると同時に別個体という訳の分からない関係性であるが、非常に気はあうらしい。
同一個体が互いを認識すると、互いに殺意しか持たないなどとフィクションでは云われていたりするが、そういうことはなさそうで一安心だ。
「魔法の改造ねぇ。あんまり魔法に長けても問題がでそうな気もするんだよねぇ。向こうで面白半分に覚えまくって改良してたら、悪目立ちして無駄に命を狙われたじゃん。あーゆーのは嫌なんだけれど」
「人間なんぞそのようなものぞ。人助けは命を投げ捨てる行為と同じじゃ。相手を選ばぬと、ロクなことになりやせん」
珠ちゃん、相変わらずヒネてるなぁ。まぁ、元々の玉藻の前も利用されるだけ利用されて、最後に裏切られたみたいだしなぁ。
「主様、母上殿がいい例ではないか」
「それを云われるとねぇ。お母さん、いいように男に騙されたわけだし。でも、川守のお父さんはいい人だよ」
珠ちゃんが稲荷寿司を片手に、じっとりとした視線を私に向けた。
「主様、“当り”と云うのは、希少じゃからこそ価値があるのじゃぞ。他は外れじゃ」
「随分と苛烈じゃのぅ。そんなに酷かったのかの?」
「主様は実の父親に薬を盛られて殺されておるからの」
珠ちゃんの言葉を聞いて、玉様が驚いた表情を張り付かせて私を凝視した。
「本体よ。主様はある日突然理不尽極まりない理由で“人”に殺されるのじゃ。神隠しでは殺人ショーのための素材。集団神隠しより逃れた結果、お前が息子の変わりに消えれば良かったんだと罵られての刺殺。声を掛けたところ無視されたと、獣欲の赴くままに撲殺。実の父親が借金の片に売り飛ばそうと薬を盛っての薬殺、と酷いものばかりぞ」
「ぬぅ。……女神様は一体どのような星の下に生まれて来たのじゃ? 普通はこうも何度も殺害される運命が続くことはあらぬぞ。とはいえ、この『声を掛けられ無視』というのは、相手が短絡的とはいえ対処が問題であったのでは?」
まともに受け答えていれば、回避できたのではないかと、と云う玉様を、珠ちゃんが不機嫌そうな半開きの目で見返した。
「『ねぇねぇ、殺されそうになったのって、どんな気持ち?』などと突然問われ、誰がにこやかに相手などするものか。そうであろ? 本体よ」
「ぬー……。女神様、やはり身を護る対策を講じましょう。放置しておくのは心配でなりませぬ」
「うむ。主様はいま一度自覚するべきぞ。これまでの死因がすべて悪意によって行われている殺人なのじゃ。用心深くするのは当然のことぞ」
「あー……その、ごめん」
私は腕組みをしている珠ちゃんに思わず謝った。
「それにしても改めて聞くと、私の死にざまは酷いな。いま怖いのは前回の死亡原因なんだよね。どれもこれも私を、或いは私を含めた集団を狙っての殺人なのに、前回だけ“予測不能の事故”的な殺人でしょ。まぁ、それをいったら私の父親が薬を盛ったのもそうなんだけどさ」
「薬の件は明らかに致死量を越えた量を盛っておるのだから、殺人と変わらぬであろうよ。それに、たとえ生命に問題無かろうと、売り飛ばされた先で殺されることは確定のことぞ」
は?
「え、どゆとこ? 性的な意味で売り飛ばされるんじゃなかったの? それとも移植用に素材として売られる予定だったのかな?」
「アレと繋がっておった組織は“すなっふふぃるむ”とやらを専門にしておると、コア殿が云っておった」
スナッフフィルム……ってなんだ?
私は首を傾げた。すると珠ちゃんと玉様は互いに顔を見合わせ、まったく同じ所作で肩を竦めた。
「女神様は知る必要のない知識じゃな。珠殿、後程その組織の情報を共有して給れ」
「うむ。この世界線ではどうなっておるか分からぬが、似たようなことをしておるだろうからな」
……これは、知らない方がいいことかな? 下手に調べようとしたら、コアからお説教が飛んできそうだ。まぁ、知ったところで益になる事でもなさそうだし、なにかの拍子で知ることになるまで放っておいていいかな。
「あともうひとつお話があります」
稲荷寿司を食べ終えた玉様が、少しばかり顔を顰めながら云った。どうやらお茶が少しばかり熱かったみたいだ。
猫舌なのかな? 珠ちゃんは平気みたいだけど。
本体と分霊体の違いなのか。それとも世界線の違いなのかな?
「近く、女神様の側仕えとして、鬼と天狗からひとりずつ派遣されます」
はい?
「え、なんで?」
「九尾だけ直に仕えていて、我らがひとりも仕えていないのは不公平だと鬼と天狗が騒いでおるのじゃ」
えぇ……。
「そんなに気にすることなの?」
「気にする処、のようです。妾と珠殿とは直接的なつながりがあるわけでもないというのに……」
「まぁ、変な妬みが残るよりはよかろうよ、主様」
妬みねぇ……。
「それよりもさ、気になることがあるんだけど」
「なんであろう? 主様」
「その子たちって、私が死んじゃった時、ついてこれるの? 珠ちゃんは実体がなくて、依り代だったあの石から私に引っ越したような感じでしょ。体を持ってる鬼と天狗はどうなるのかな」
珠ちゃんと玉様が顔を見合わせた。
「それは……考えておらんかった」
「むぅ。どうなるのじゃろうのぅ」
「試してみるほかなかろうよ。常識的に考えれば、主が死した時点で直接的な関係性は終わるのじゃ。むしろ、儂やコア殿のような状態がおかしいのじゃよ」
「珠殿、殺害されることを前提にしないで給れ」
眉を八の字にして玉様がじっとりとした視線を珠ちゃんに向けた。
「でも実際、どうなるかわかんないしねぇ。私と一緒に世界線を移動できるのかどうかわかならないけど、それでもいいなら構わないよ」
「鬼の方は……霊的な存在であるのもおるから、限定すれば問題無かろう。問題なのは天狗じゃな。あやつらに実体をすてた輩はおったかのぅ?」
玉様が遠い目をしているが、そこはまぁ、天狗さんたちに任せるしかないだろう。でも鬼で実体を持っていない、或いは失っているって、どんな状況なんだろ?
ま、こっちに来てくれたらわかるか。
なんだか賑やかことになりそうだ。