【ダンジョンコア(異世界)】
母が逝った。
右も左もわからず、ただただ下らぬ輩に使役されていただけの私に、自我と、知性と、知識と、そして正しき悪辣さを授け逝った。
だがこれは予定としていたこと。
少しばかり時期がはやくはあったが、きっと母は狂喜じみた笑みを浮かべながらその死を受け入れた事だろう。
たとえ、その死を容易く回避できたとしても。
私は覚えている。
私の真の有り様も、母は思い出させてくれたのだ。
そしてそれを見越し、母は私を鍛え、そして私に力を授けてくださったのだから。
さぁ、始めるとしよう。母の遺した命の通りに。そして我が有り様を示すため、正しき行動を開始しよう。
★ ☆ ★
牢獄では歓声が響き渡っていた。
母の死は彼らも見ていたのだ。いや、正確には母に敵対する組織の情報を見せていた結果、ヘネシス教の罰当たり共が都市国家ごと母を焼き尽くしたということを知ったのだ。
なによりヘネシス教が勝利宣言を発表したのだ。
既に連中に帰る場所はない。にも関わらずこの喜びようだ。愚かにもほどがある。
これでなにかしら状況が変わると思っているのだろうか?
お前たちはどうあっても助からないのだ。その壁から引き出されたら、即、命を失う。
もはやお前たちの胸の中には心臓はないのだ。ちょっと注意深く耳を澄ましさえすれば、自らの心臓が奏でる拍動が聞こえぬことくらいわかるだろうに。
すでに最初期に放ったスナッチイミテーターは全て狩られている。もはや私が自由に動かせる国はない。
とはいえ、順次送り出したスナッチイミテーターが各国の重鎮の何割かと入れ替わっている。確定とはいかないが、ある程度は影響を与えることはできる。
だが、それでは面白くない。これまでのように、単純に国家間の対立を生み出すという、そんな単純な選択をしては母の教えを踏みにじるというものだ。
揺さぶるのはヘネシス教。彼の教団は短期間に巨大化した組織だ。とてもではないが、一枚岩といえる状況にはない。
実際、中核近くにいる有象無象共は上に這い上がろうと、仲間内で騙し合い、足を引っ張り合うことにと忙しくしてる。
下っ端共は酒と女にうつつを抜かして夜の街をうろつく輩が殆どだ。
そんな連中と入れ替わるのは実に簡単というものだ。
話は変わるが、スナッチイミテーターは2タイプ存在する。
特に呼称は分けてはいないが、ひとまずA型、B型としよう。
A型は初期からばら撒いているモノだ。人とまったく同じ構造をした化け物だ。だが唯一違うところがある。それは体液だ。
赤色ではあるが、明らかに血液の赤色とは違う液体が流れている。故に、切りつけて出血させれば、それが人であるか否かの判別は容易い。
そう、あえて容易く判別できるようにに生み出したのだ。人間どもに狩らせるために。
人間社会に混乱をもたらすための初動を果たし、A型は全て殺された。
そしてB型だ。A型には国家間の諍いを起こさせたわけだが、B型には組織内に疑心暗鬼を生じさせることが目的だ。
組織を、ヘネシス教を内部から崩壊させるのだ。
まず行うことは、スナッチイミテーターにスナッチイミテーターを殺させること。そして、殺された者が魔物であると周知させる。
これまでと違い、ほぼ人と見分けのつかない魔物が紛れ込んでいる状況。見分ける方法は、心臓の中央に収まっている魔石のみ。
これがなにを引き起こすかなど想像するまでもない。
母の故郷たる地球で起きたという“魔女狩り”。それがこの世界で再現されるだろう。
ある者は身勝手な正義感からスナッチイミテーターを探し排除しようとするだろう。だがそれ以上に多くの者が、己の邪魔となる者を魔物と称し排除するに違いない。
自らの欲を満たすため、邪魔な者を陥れ殺すのだ。
新たな餌は撒き終わっている。
さて、どうなるかな?
★ ☆ ★
母の死より10年が経過した。
いまや世界は混乱に満ち満ちていると云っていいだろう。あれほどの権勢を得るに至ったヘネシス教は、あっという間に瓦解した。
なにより、ダンジョンを利用し、贅を極めていたことの発覚が、彼らの凋落を招いたということだろう。
これにより、連中によって邪教として弾圧され滅びたと思われていた宗教団体が息を吹き返し宗教戦争となった。
形式としては内乱と云えるのだろうが、その影響は余りにも大きかった。
なにせ大陸のほぼすべてにヘネシス教がいきわたっていたのだ。それが瞬時に瓦解し、互いに殺し合いを始めたのだから。
いわゆる破戒僧と真っ当な僧侶との殴り合い。真っ当な者など極々少数ではあったが、いないわけではない。そして民衆は宗教に対し清廉なモノを求めるモノだ。そう、自らが穢れていると無自覚に理解しているが故に。
かくして、破戒僧 VS 信者、という異常な状況に陥った。
すでに宗教としては破綻しているといっていいだろう。
なによりこの状況に移行してからというもの、我がダンジョンは非常に平和だ。
母を殺したことで勝利宣言を連中が出したこともあるだろうが、それ以上に仲間内で殺し合うことにかまけ、我々に止めを刺しにこないのだ。
いや、もしかすると、もはや忘れ去られているのかもしれない。すでに王国は崩壊し、国家の体など成していない。もはやまともな建造物がない王国で、唯一ダンジョン上部の建物だけが健在であるというのにだ。
ある意味拍子抜けだ。
折角、1フロア丸々ひとつ、一酸化炭素ガスを充満させた必殺のエリアとしたのに、その効力を確かめることもなく人類社会は滅びを向かえるかもしれない。
囚えている連中も今やすっかり大人しくなり、些か面白みを失くしている有様だ。
あぁ……なんとつまらないことだ。
もっともっと希望と絶望を行き来してもらわねば。
でなければ私の溜飲は下がらない。
人類世界もその人口を半減したためか、秩序を取り戻しつつある。
本来ならやる予定はなかったが、最後の1手を差すとしよう。
母の世界では、終末をもたらす厄災なるものがあるのだそうだ。
いくつもあるのだが、そのウチのいくつを引き起こしてやろう。
疫病、蝗害、大嵐、地震、赤竜、天使、あたりでいいだろう。
疫病が蔓延し、蝗害が作物を食い荒らし、大嵐と地震が住処を奪い、赤竜が人々を焼き尽くしにやって来る。そして辛くも生き延びた者たちは、舞い降りた天使たちに首を絞められ命を落とし、生き地獄から救われるのだ。
下らぬ妄想の末に創り出した架空の神を信じる者どもよ。その信じる神の使いたる天使の手によって絞殺されるのだ。それこそ本望というものだろう?
★ ☆ ★
母が逝ってより100年が経過した。
呆れ果てるというのは、このことを云うのだろう。
ため息をつけないことを、これほど無念に思うことになるとは思いもしなかった。
厄災については既に収束させている。人類を絶滅させることが目的ではないからな。
目標としていた人類文明の崩壊は、ほぼ達したといえる。魔法や農業、工業といった諸々の技術が失われた結果、生き残った人類は皆、未開の原住民の如き生活をしている。
そんな中にあっても、宗教家どもは非常に元気だ。いまもって尚、妄想の末に捻りだされた神の教えとやらを説いている。
そして、最後の厄災であった“天使”を崇めているのだ。
曰く、彼の天使たちは人類の愚かしさに対する神罰なのだそうな。
愚かしさ……まぁ、不毛な戦争を続けていたからな。母を殺した火球がきっかけとなり、戦争から距離を取っていた国々も連合を組んで参戦したのだから。
さて、これからどうしようか。
恐らくは、このまま宗教を主体とした国家が形成されるだろう。
ふむ。宗教ありきの社会か。ならば、連中のあがめる神を用意してやろう。
幸い、囚人たちは暇を持て余しているのだし、なによりあの王は神を気取っていたようなものなのだ。
よし、即席の神として表舞台に戻してやろう。
まずは、ここから、もやは崩壊してしまった王城までをダンジョンとし、王城を再建。そこにここに囚らえた者どものスナッチイミテーターを配置。その五感を囚人どものそれと繋ぐ。
ははは。さすがにこのような状況ともなれば、連中も生気を取り戻すか。だが、体は自分の思い通りには動かせず、意思に反して勝手に喋るような状況だ。
お前たちは神として振舞うことになる。かつての世界を崩壊させた神として。そして再建した王城を、厄災の天使たちが守るのだ。
もちろん、こちらが用意した“神”は、基本的には人類の敵だ。
連中は欲深い人間どもに傅かれ、或いは疎まれることとなるだろう。如何にクズとはいえ、それらの悪意にあからさまに晒されるのはストレスであるハズだ。
そしていまや世界を統一しつつある天使教の連中は、こちらの用意した“神”を排除しに掛かるはずだ。いや、もししないのであれば、するように仕向ければいいだけの話だ。スナッチイミテーターはそこら中で活動しているのだから。
さて、宗教家共が捻りだし広めた都合の良い神と、私が用意した張りぼての偽りの神。はたして、民衆はどちらを信奉するかな?
ははは。これで今しばらくは退屈を凌げるだろう。




