私、川守めぐる(10)は、2度目の人生を歩んでいる
不定期連載になります。
ひとまず小学校卒業(6話)までを本日より1話ずつ0時に投稿します。
私、川守めぐる(10)は、2度目の人生を歩んでいる。
こんなことを云うと、周囲にいろんな意味で心配されるから誰にも云ったことないけど。
餌(生贄?)にされて食べられて、気がついたら赤ん坊。それも生まれた直後。なんだか呼吸が止まってた……違うか、呼吸をしてなかった? みたいで、パチーンとお尻を叩かれて目が覚めた。なによりびっくりしたのが、出てきた声が「おぎゃあ!」。そのことにも驚いて混乱したけれど、さらに驚いたことに、私が私になってたこと。
……これじゃ何云ってんのかわかんないね。
えっと、生まれ直した? いや、違うな。人生が誕生まで巻き戻ったんだよ。
……多分。
それから10年。
前の人生と概ね同じ人生となったけれど、細々としたところは違ったものとなった。さすがに劇的に歴史を変えるようなことはできないみたいだ。……それもそうか。幼児になにか大きなことができるってわけでもないしね。
そしてもうすぐ私は死ぬ原因となった事故……ううん、事件? に巻き込まれることになる。
みてくれは10歳だけど、もう中身は20歳だ。20歳なのに最終学歴は幼卒だけど。なんてこった。
絶対に今度は簡単に殺されてなるもんか。
そのために準備はした。……いや、本やネットから頭に知識を詰め込んだだけだだけど。それに正直、このどっからどうみてもフィクションな事柄に賭けなくっちゃならない時点で、またしても死ぬ未来しか見えないんだけれど。
やろうとしていることを云ったら、10人が10人、馬鹿かお前はと云うことだろう。自分でもそう思うし。失敗したら失敗したで、なんとかして逃げる方向でがんぱるしかないね。
林間学校に参加しないっていうのが一番確実なんだけれど、さすがに仮病を使うというのは負けた気がする。
……いや、自分の命がかかってるんだから、形振り構うなよってことなんだけれど、その事故っていうのが余りにも異常なことだからさ。もう一度、っていう気にもなっているんだよ。
それに、前回とは細々としたところは変わっているんだから、同様に事故があるとは限らないしね。
あと、なんというか、死んでもまたやり直しになるだけっていう気がしてるんだよ。それも、確信に近い感じで。だから楽観してるのかもしれない。まぁ、あの頭に牙が食い込む痛みとか、あの化け物の臭く生暖かい息とか、べたつく唾液とか、ほんっとーに思い出したくもないけど。
あばば……頭を噛み砕かれた時のことを思いだしたら鳥肌が……。
と、とにかく、できることをやる。
馬鹿馬鹿しいことだけれど、やってみないと分からないじゃない。
★ ☆ ★
私の2度目の10年を話そう。
生まれた私は、当然のことながら産婦人科に入院中だ。
生き延びるための準備期間は10年。子供の頭で考えられることなんてたかが知れてる。教育っていったって、小学5年の途中までしか受けていない。中高の参考書を買って、自力で学んだけれどたかが知れている。私の持頭は極めて凡人だ。
その上、いまは体は赤子、頭脳は小学児童という状態だ。
ん? 思考の仕方が子供らしくない? 必要に駆られれば、心も無理矢理大人になるってものよ。えっと、海外の戦争しているところだと、私くらいの年齢(10歳)で銃を持って殺し合いを平気でしてるっていうじゃない。そういうことだよ。それに記憶は10年分あるんだ。10歳までの記憶で0歳スタートってだけだけど。でもそれでもあんな経験をすれば精神は大人になるってものだよ。お馬鹿なままだけど。
さりとて赤ん坊のこの現状、できることは少ない。正直なところ、自分の体をまともに動かせるようになるまでは、体を鍛えるというようなことはほぼ無理だ。ジタバタするくらいしかできない。となると、この残念な頭をどうにかしなくちゃいけない。
でも赤ん坊のうちはどうにもならないなぁ。すぐに眠くなるし。とりあえず、まわりの人たちの会話をしっかり聞いておこう。これだけでも多少はマシなはずだ。
いまはまだ入院中。あと数日もしたら、この病院からでられるだろう。
家に戻ったら、テレビもあるだろうし。お母さんが一緒に見るようなことになるかは分からないけど、目に届かないところに私を放置することはないだろうから、音だけは聞こえるはずだ。
重大な事実が発覚した。お母さん、再婚だったんだよ! びっくりだ。
私が生まれたってのに、お父さんが来ないなーとか呑気に思っているうちに退院。家に帰って、そこにいたのが見知らぬ男。誰だよ。父親かよ。知らねーよ!
つか、私はおめーの子だぞ。なんだその野良犬か野良猫を見るような目は。
この時点で私とこの父親との不和は決まった。すごいな。血がつながっててここまで嫌いになれるんだ。自分でもびっくりだよ。
下手するとこの男に虐待されたりするのかなー、と思いつつも、前世だとちゃんとトラウマもなく生きていたわけだから、大丈夫なのかな?
そんなことを考えていたら、お母上、やってくれましたよ。家に帰った翌日、伯父さん(母の実兄)が弁護士を引き連れてやってきて、父親を家から放逐したよ。離婚だ離婚! やったぁ。あのいけすかない親父の顔を見なくて済む。
伯父さん最高! 弁護士さんありがとう!
そして伯父さん、まるで本当の父親のように私に対してデレまくってる。ふふん。中身はマセた10歳児だよ。赤ん坊特有の愛らしさをサービスサービスぅ!
あ、家は借家だったから、そのあたりの財産分与? よくわかんないけど、そういったトラブルとかはなかったみたいだ。慰謝料は貰えるだけ請求して、それが通ったみたいだけれど、きっと踏み倒されるんだろうなぁ。
それに関してはお母さん、前の人生だと愚痴のひとつも云っていないから、想定内だったのかな? 別れることさえできればいいや、という感じだったんだろう。なにせサバサバした性格だしね、我が母上は。
……なんであんなのと結婚してたんだ? 我が母上は。
そして田舎に戻って生活をしていたんだけれど、私が2歳になるころにお母さんが再婚。私の記憶にある私のお父さんだ! そしてお兄ちゃん!
そうか、お兄ちゃんと血がつながっていないのか。今頃になって気付くとは、さすが私のポンコツ頭脳。
そしてまたお引っ越し。お父さんの住んでいる町へと移ったよ。埼玉県と千葉県の県境の町だ。
陸の孤島と呼ばれている、私の故郷ともいえる町だ。
そこで幼稚園に通って、小学校へとあがる。
そして4年生に進級した時からが私の地獄生活の始まり。
うん。私、いじめられるんだよ。理由は単純。担任が私をいじめることにしたから。
理由はわからない。多分、私と馬が合わない人だったんだろう。とにかく、気に食わないというだけだ。
クラスメイトのいじめは、まぁ、たいしたものじゃないな。前回の人生ではすごく辛かったんだけど、今の自分からしてみれば温く感じたよ。まだ小学生だからか、あまりに陰湿ないじめがなかったからかもしれない。基本的には直接的ないたずら的なもの。あいつらは根性無しだから、相手にするのはやめて、基本無視の方向に切り替えた。
で、いじめの中心になっているヤツを、じぃーっと陰鬱な表情で延々と見つめ続けるってことをするだけで、大抵相手の心が折れた。
持ち物を隠されたり捨てられたりするのは、さすがに困ったけれど。なくなったらなくなったで、そのままにした。
授業にならない? いや、2度目だし、小学校レベルの勉強なら、学校でなくともどうにかるよ。
それに、私のテストは全て0点が確定しているから、その辺はどうでもいいんだ。
なにせ正解を記入しても0点。採点ミスだと申告すると、返された後に答えを書き換えただろうといわれるし。ならばと、ボールペンで記入したら、鉛筆書きじゃないからと0点。あげくに、ちゃんと記入した氏名を消されて0点なんてのもあった。
あの教師はなにがしたいんだろう? さすがに前回、1度目の人生の時はここまでの暴挙はしなかったぞ。一度白紙でだしてやろうかとも思ったけれど、それはしなかった。なんだか負けた気がしたから。
当然のことながら、この状況に関しては両親は知っている。そりゃ毎回0点の答案を渡せばねぇ。
結果、両親は担任の教師人生を叩き潰すことにしたみたいだ。こんなヤツを教師にしておけるかと怒り心頭だったよ。
ただ、あれこれ手回しする事情があって、教師への報復は時間がかかることになった。
そして5年生に進級し、林間学校へと向かうこととなる。
その途中のSAで、私たちは事件? に巻き込まれるのだ。
★ ☆ ★
失敗した。
私は結局死ぬ。
いまはまだ奇跡的に生きているけれど。どうせなら目を覚まさずに、気を失ったまま死んでいれば、こんなに痛い思いをしなくて済んだのに。
とりあえず、前回と違う結果……そうじゃない、結果は『死』だから一緒だ。でも過程を変えることはできた。
前回は馬ぐらいのサイズのトカゲみたいな犬に、頭から齧られて死んだ。噛まれて頭の骨が折れて牙が中に入って来るのが分かったところでプツリ意識が切れた。
でも今回はなんとかあがいて逃げ出せた。右手は齧られて無くなっちゃったけど。
声が出ないように歯を食いしばって、泣きながらほぼ真っ暗な中を逃げた。
腕は噛み潰されたからだろう。出血は思ったほどしていない。だからまだ生きているんだろう。
この洞窟の壁に張り付いている苔やキノコが、ほんのりと青緑色の光を発しているおかげで、壁の位置はなんとなく分かる。
だから、私は真正面から壁に激突することなく逃げることができた。
獣は追って来ない。
きっと、数の多いクラスメートの方に襲い掛かっているに違いない。
私ひとりを食べるより、ふたり、3人食べる方がお腹は膨れるんだから。
そうして逃げて、私は落ちた。
傾斜のある崖? 縦穴? とにかくそこに落ちた。岩肌をゴロゴロと転がり――意識を失った。
そしてそのまま死なず、こうして私は目を覚ましたというわけだ。
岩山を滑落すると、原型を留めないほどに酷いことになると聞いたことがある。
でも、私はそうはならなかった。
そこまで高くなかったのだろう。いいところ、10メートルかそこらだったのだと思う。
とはいえ、もう助からないだろうことは自分でもわかる。
落ちた場所で、私は仰向けに倒れていた。
右手はもうないし、両の足も痛いだけで動かせない。多分、両方とも折れてるんだと思う。
とっさに頭を護った左腕は、不思議なことに無事だった。
ううん。折れていないだけで、打ち身や打撲でボロボロだけど。
……あ、小指と人差指は折れてるみたいだ。
それにしても、なんのかんので血が大分流れたと思うんだけど、よくまだ私は生きてるな。
暗く見えない天井から、なんとなしに左を見やる。
首を左に向けるだけで体中が痛む。でも、おかげでなんとか左方向を見ることができた。
そこには緑色にほのかに光る石がいくつも見えた。それこそ、岩肌全体が光っているようにも見えた。
さっきみた苔やキノコではなく、岩そのものが光っている。
あぁ、これ、ダメな奴だ。
私のつたない知識でも、なんとなく分かる。多分あの岩は放射線を発しているのだろう。きっと、ウランの鉱脈だ。
でもまぁ、もう助からないのは確定しているし、いっか。綺麗だし。
手の届きそうなところに、私の拳くらいの鉱石が見えた。凸凹とはしているけれど、ほぼ球形で、綺麗に光っている。
私は歯を食いしばって、痛む左手を伸ばしてそれを手に取った。
そして何と無しにそれを手に持ったまま胸においた。
体を動かすことで生まれた激しい痛みが収まり、私はひとつ息をつき、その石を手に入れたことに満足したところで――またプツリと意識を失った。
※これ、ジャンルはローファンタジーで大丈夫なのだろうか?