冬の朝に…。
トントン…。
空気がピーンと張ったように感じる冬の朝は、玉ねぎを刻む音がやけに響く。
トントン…。
――マジ、今日は寒い。
トントンとリズミカルな音の間に、クスッと笑う声が背中越しに聞こえた。
――どうせ俺みたいなごっつい男が、キッチンなんて似合わないって思ってんだろう?
俺の不貞腐れた声が照れからきているって、俺の奥さんはわかっているんだろうなぁ。あぁ、笑い声が大きくなっていく。
”・・・”
――えっ?ちゃんと味噌汁になってるのかって?おいおい、おまえに代わって家事をやりだして3年だぞ。
俺はニヤリを笑い、鍋の蓋をとった。
――出汁だってインスタントじゃねーぞ。昨日の夜からイリコをつけてんだ。育ちざかりの翔太の為、その辺だってちゃんと考えている。ほら莉奈が良く言っていた健康な体と精神は、豊な食事からって言うからさ。
大学時代のオレの食生活を知っているあいつには信じられないようだ。
まだ笑っている。
でも…。
”圭吾、すごい。”と莉奈の小さな声が聞こえた。
俺は笑みを深くし、またトントンと玉ねぎを切り始める。
3年前、今日のような寒い冬。
俺は医者の診断を黙って聞く莉奈を、幼い翔太を抱き締め震えながら見ていた。
そんな俺に莉奈は微笑み
「圭吾、大丈夫だから、私がんばるから」
笑顔なんかでいられるはずなどないのに、その笑顔に縋った俺の瞳が、莉奈にそう言わせてしまった。
莉奈だって怖くて堪らなかったはずなのに…ごめんな。
――あれから3年。俺は年下の頼りない亭主から少しはマシになったかぁ?
恐る恐る口に出したその瞬間、背中に温もりを感じた。
”圭吾がいてくれたから私、がんばれたんだよ。あなたは素敵な旦那様だよ。”
味噌を溶いていた俺の手がほんの少し震える。
――莉奈…俺は…。
だが、まるでもう時間切れと言うように、背中と温もりの間に冬の冷たい空気が入り込んできた。
まだ…まだ一杯話したいことがあるんだ。
その温もりを逃がしたくなくて、慌てて振り返えれば…そこには…。
「パパ、おはよう。あっ!今日はママが好きだった玉ねぎのお味噌汁~。」
「…翔太。」
「ママのところに持って行く?」
「あっ…あぁ、頼むな。」
「うん。」
6歳の小さな手が味噌汁のお椀を持ち、ゆっくりと歩きだせば、仏壇の莉奈の写真が心配そうに見つめているように見えた。
「パパ、早く食べよう。」
”圭吾、早く食べよう”
莉奈と同じ笑顔で俺を誘う声に、目元を拭って微笑んだ。
久しぶりの投稿です(;'∀')
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