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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
9/32

予母都志許売

 また招集。

 無盡原に足を踏み入れるたび、体が重くなっている気がする。


 今日は新人もいる。

「ういー。よろしく頼むわ」

 大学生だろうか。チャラそうな男だ。

 ダボっとした大きめの上着と、細身のパンツ。オシャレなんだろう、きっと。俺にはよく分からないが。

「これって配信しちゃダメなん? めっちゃ回りそうなんだけど」


 すると俺が反論するより先に、高橋さんが応じた。

「ダメって言われたばっかでしょ」

「えー、でも罰則とかないんでしょ? バレないようにさぁ」

 こいつはいったいどんなプランを思い描いているのだろう。


 ゴーストは鬼道師の肉眼でしか捉えられないのだ。

 カメラにも映らない。

 撮影したところで、俺たちの刀を振り回す姿が映るのみ。


 とはいえ、この無盡原は異様な光景だし、地面から病院が生えてきたら迫力ある映像にはなりそうだけど……。創り物だと思われるのがオチだろう。


 佐藤みずきはずっと無表情だが、イライラしているのが分かる。黒刀の先端をブラつかせているからだ。普段はこんなにそわそわしない。


 ともあれ、戦力が増えたのは、まあまあ歓迎してもいい。

 今度は欠員が出ないといいが。


 ゴーストの到来を待ち構えていると、突然、地面からズボッと巨大ななにかが突き出してきた。

 なにか――。

 そう。なにかだ。

 なんだか分からないが。


 桃色をした棒状のものだ。

 塔のようにも見える。

 決していやらしいものではない。


 するとそいつは豪快にスピンしながら、放射状に広がった。

 花だ。


 悪寒が走った。

 たしか、病院にいた肉塊が言っていた。

 お前たちは花を摘みに来たのかと。


「やっべ。なにこれ。絶対やべーやつじゃん」

 男がテンションをあげた。

 だがまあ、彼の感想は正しいだろう。絶対にやべーやつだ。


 かと思うと、すぐそばの地面から、また別のモノが生えてきた。

 たしか電話ボックスとかいう前時代の遺物だ。

 内部に設置された緑色の電話が、ジリジリと音を立てた。


 チャラ男が「え、なにこれ」と怪訝そうな顔になった。

 まあ俺も、これは映像でしか見たことはないが。


 みんなが躊躇していたので、俺はボックスに入って受話器をとった。

「はい?」

『鬼司です。花の出現を確認しました。急いでこちらへお戻りください』

「危険なのか?」

『もし開花すれば、志許売シコメを呼び寄せます』


 ん?

 もし開花すれば?


 見るまでもなかったが、俺はあえてそちらへ視線を向けた。

 花は咲いている。

 しっとりとした花弁の、麗しい大輪だ。


「じつはすでに開花してるんだけど」

『急いで戻ったほうがいいでしょう』


 その会話が終わるかどうかというとき、電話ボックスに誰かが駆け込んできた。

 まずは佐藤みずき、それからチャラ男、そして高橋さん。


 四人は狭すぎる。

 というか、みんなの刀が容赦なく刺さりまくっているのだが……。


 俺は思わず苦情を言った。

「いったいどうした?」

「あれ見て! あれ!」

 佐藤みずきがアゴをくいくい動かし、ある方向を示した。


 体長3メートルは超えているだろうか。

 痩せこけた四つん這いの女が、血走った目でこちらを凝視していた。

 ゴーストとは違い、肉体を有している。

 爪も鋭い。


 俺は受話器を持ち直した。

「いる」

『もし戦ったとして、あれに勝つのは難しいでしょうね』

「は?」

『肉を食べさせれば、満足して帰るはず。私から言えるのはそれだけです』

「それだけ?」

『では』

「あ、ちょっ……」

 そこで電話は切れた。


 鬼司!

 帰ったら覚えとけよ。

 生きて帰れたらだけどな……。


「鬼司でしょ? なんだって?」

 佐藤みずきは期待するような目を向けてきた。

「残念なお知らせがある。俺たちでは、あれに勝つのは難しいらしい」

「は?」

「肉を食わせれば帰るとよ」

「肉って?」

「さあな」

 互いに押し付け合うような雰囲気になっている。


 特に長生きしたいわけじゃない。

 かといって、ムダに苦しみたいわけでもない。

 あんな怪物のエサになるのはごめんだ。


「は? 俺絶対イヤなんだけど。来たばっかだし」

 チャラ男は自分勝手なことを言い出した。

 いや、いい。

 みんなも同じように思ってる。

 口に出さないだけで。


 口論になる前に、俺はこう返した。

「どうせ誰か犠牲になるまで終わらないなら、協力して戦わないか? 運がよければ追い返せるかも」

「……」

 返事ナシ!

 まあ分からないでもないが。

 志許売は電話ボックスのすぐそばまで迫っていた。カッと目を見開きながら。怖くないわけがない。


 前回まで戦ってきたゴーストは無抵抗だった。

 ただ歩いてくるだけ。

 攻撃もしてこない。

 ところが今回の志許売は、肉体を持ち、自我を持ち、欲を持ち、俺たちを品定めしている。


「とにかく出よう。ここにいたら、きっと電話ボックスごと潰される」

 俺は持ったままの受話器を、なんとか元の場所へ戻した。

 いざ出るとなると、最後に入ってきた高橋さんからということになる。次がチャラ男、佐藤みずき、俺の順。

 だが、高橋さんは動けない。

 みんなの視線が彼女へ集中している。


 仕方がない。

 学生だ。

 もし俺が高校生で、最初に電話ボックスから出ろと言われたら、きっと同じようになるだろう。


「約束するよ。もし君が出たら、俺たちもすぐに出る。そして俺が、敵を引き付ける。もちろんその後はみんなで戦うんだ」

 カッコつけて自己犠牲の精神で言ってるんじゃない。

 志許売は電話ボックスのガラスに張り付き、長い舌でペロリペロリとなめている。ターゲットはあきらかに俺。爪がギィとガラスを掻いている。

 どっちにしろ、このままじゃ殺されるのは俺だ。

 生存率をあげるためには、おとりになるくらいどうってことない。


 すると、見えない位置から、佐藤みずきが腹に拳を叩き込んできた。痛くはなかったが、急だったのでびっくりした。

「なにカッコつけてるの? あなたのそういうところ、本気でイラつく」

「一秒でも早くここから出たいだけだ」

「あなたを殺すのは私なの」

「なんでだよ……」

 だが態度は落ち着いていた。

 彼女は俺の言葉には応じず、高橋さんへ視線を向けた。

「ほら、出よう。この人が囮になるって。もし囮にならないで逃げたら、私が責任取るから」

 俺のことをペットのように言う。


 チャラ男もうなずいた。

「あの二人もこう言ってるし、とりあえず出ようぜ。な?」

 電話ボックスはミシミシ音を立てている。

 志許売はニマニマ笑みを浮かべながらガラスに爪を立て、割れるのをいまかいまかと楽しみにしている。


 高橋さんが飛び出した。

 そしてチャラ男。

 佐藤みずき。

 お祈りしている暇もない。

 俺も慌てて電話ボックスを出ると、ガシャーンと派手な音を立ててガラスが砕け散った。志許売は首をかしげながら、無人になった電話ボックスの中を覗いている。

 あまり知能は高くなさそうだ。


「おい志許売さんよ! どこ見てんだ! お前のエサはこっちだぞ!」

 もうヤケクソだ。

 こうなったら戦うしかない。


 などと思った俺の脇を、なにかが猛然と走り抜けた。

 黒刀を構えた佐藤みずき。

 まさかの単騎駆け。


 こいつ、命が惜しくないのか?


「死ねーッ!」

 金切り声をあげて、志許売の肩口に刀を突き込んだ。

「びゃあああああああああっ」

 志許売の絶叫が無盡原に響き渡る。

 乾いた大地へ、赤黒い血液がびしゃりと溜まった。


「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!」

 滅多斬りだ。

 志許売は電話ボックスから腕が抜けなくなったのか、半狂乱になってのたうった。


 しばし、我を忘れていた。

 破壊衝動をここまでむき出しにした佐藤みずきを見るのは初めてだった。

 彼女は、いまのいままで、ずっとこんな殺意を溜め込んでいたのか……。


 俺も刀を構えて駆けた。

 ターゲットは志許売の足。

 機動力を落としておけば、いざというとき逃げることもできる。


「ほらッ! 死になよッ! 死ねッ! 死ねよッ!」

 佐藤みずきは完全に発狂している。

 高橋さんも、チャラ男も、怖がってしまって棒立ち。


 ガッと志許売が腕を引き抜いた。ガラスまみれで血だらけだ。「ああああっ」と叫びながら大地を転がっている。

 おかげでそこら中に血がまき散らされて……。


 木々が赤い花を咲かせた。

 比喩表現じゃない。

 血を浴びた樹木が、枝先に本当の花を咲かせたのだ。

 小さな、濃い赤の花。


 白装束の女が駆けてきた。

 鬼司だ。

 あまりに俊敏だったから、一瞬、誰だか分からなかった。

 彼女は黒刀を手に志許売へ斬りかかり、ガラスまみれの腕を両断した。


「あびゃあっ!」


 寒気をおぼえるほど鮮やかな手並み。

 鬼司はかすかに息を吐くと、静かにこう告げた。

「さ、逃げますよ」

「逃げる? トドメは刺さないのか?」

 こんな危ないヤツ、いまのうちに殺しておいたほうがいい。


 鬼司は無表情のままだ。

「血をすすった無盡原は、さらなる血を求めるでしょう」


 ダァンと音を立て、地面から学校が生えてきた。

 一つじゃない。

 二つ、三つ、四つ……。


 前例通りなら、このあとなんらかのアナウンスがあり、空から槍が降ってくるところだな。


 俺は駈け出した。

「みんな逃げるぞ! 撤収! 走れ!」

 言葉だけ投げかけてもダメだ。

 率先して実践して見せないとな。

 というより、逃げたかっただけだが。


 みんなも走り出した。

 佐藤みずきだけは不満足といった表情だったが、あきらめて逃げてくれた。


 アナウンスが始まった。

 しかし声が四つも重なって、なにを言っているのかサッパリ聞き取れなかった。


 *


 ゲートを抜け、大広間についてからも、俺たちの緊張は解けなかった。

 ゲートとは言うが、扉なんてない。誰かが通ろうと思えばフリーパスだ。いまにでも志許売が追ってくるのではないかと気が気ではなかった。


 冷静なのは鬼司だけ。

「もう警戒せずとも大丈夫ですよ。私はしばし席を外します。皆さまはこちらでおくつろぎください」

 くつろげだと?

 正気か?


 俺はいまのうちにお祈りを済ませ、ふたたび刀を構えた。

 もし志許売が突っ込んできたら、その顔面へ一太刀浴びせてやるのだ。


 が、いつまで待っても追撃はなかった。

 その代わり、すまし顔の鬼司が戻ってきた。着物を崩さず着ているのに、優雅な足さばきで流れるように移動する。

「いましがた、先方へ抗議の連絡を入れてまいりました」

「先方?」

「敵陣です。決め事を守りませんでしたので」

「決め事? 決め事ってなんだよ……」

 以前から薄々気づいてはいたが、鬼司は敵と意思疎通している。でなければ、事前に戦いの日時が決まっているのはおかしい。

「彼我の間には決め事があり、争いは、それに従っておこなわれております。無法に争うのは、野蛮な者らのすることですので。だというのに、あの小娘と来たら……」

「どの小娘だ?」

「ともかく、先方にはきっちりケジメをつけてもらいます。さ、おくつろぎください。急いで食事の支度をいたしますので」

 表情こそ変えないものの、静かに怒っているのは伝わった。


「あ、これから食事なの? 手伝おうか?」

「いえ、結構です。もしお暇なら、先に沐浴でも」

「はい」

 フォローしてみたが、まったく相手にされず。


 いや、食事って気分でもないんだが……。

 血まみれの佐藤みずきは、ずっと呼吸が荒いままだ。

 同じ空間にいるのが怖い。


(続く)

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