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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
7/32

無盡原総合病院 三

「合流できたんですね。状況の説明は要ります?」

 俺がそう尋ねると、忍者は神妙にかぶりを振った。

「介入は無用。悪いが、この少女を頼む」

 高橋さんの背をそっと押した。


 いや、待ってくれよ。

 なにが「介入は無用」だよ。

 途中参加は忍者のほうじゃないか。


 もっとも、この病院が忍者の記憶に関係しているのなら、俺の説明なんて不要だろうし、介入したのは俺たちってことになるんだろうけど。

 こうなると、逆に説明が欲しくなってくる。


「こいつがなんなのか、心当たりがありそうですね」

「黙れ。早く行け」

「それは命令ですか? いつからあんたがリーダーになったんです?」

「頼む……」

 歯ぎしりしている。

 よほど知られたくない秘密があるようだな。


 俺がさらに追求しようとすると、佐藤みずきが服をぐいっと引っ張った。

「ほら行くよ」

「は?」

「なんであなたそんなに空気読めないの? サイコパスなの?」

「サイコパスじゃない。状況も理解してない状態で、一人だけ置き去りにはできないって言ってんだ」

「なにそれ偉そうに。一人だけ戦いに参加してなかったくせに」

「……」

 ぐうの音も出ない。

 たしかに、スタンドプレイばかりしてるヤツが、他人のスタンドプレイを非難したところで、説得力は生じない。


 だが本当に?

 忍者に任せておいていいのか?


 まあ、斬れば後悔するという話なら、原因となった人間が対処するのが一番かもしれないが……。


 高橋さんは当初と違い、ずっとおとなしいままだ。

 忍者に説教でもされたのかもしれない。


「早く行ってくれ。時間だっていつまであるか分からんのだぞ」

 忍者はこちらに背を向けたまま、そんなことを言った。


 まあいい。

 話なら、本人が喋りたくなったときにでも聞けばいいのだ。

 そもそもこの男は、こちらが聞いてもいないぺもんぬのエピソードを自分から話し出したくらいだ。今後もなにかの拍子に口を滑らせるだろう。


 *


 俺たちは部屋を出た。

 のみならず、一階のエントランスまで引き返した。

 なにもこんな遠くまで来なくていいのに。


「忍者のおじさん、大丈夫かな」

「……」

 俺の言葉に、どちらからも返事はなかった。

 不気味なくらい静かだ。

「そういや、最初の放送はなんだったんだろうな。ゴーストがいるはずだったのに、どこにもいなかったし」

「ひっ……」

 高橋さんが息をのみ、身をちぢこめた。

 そういや刀を持っていない。

 どこかで落としたのか。

「どうしたの? どこかで見た?」

「うん……」

「どこまで行ったの?」

「上……」

「で、ゴーストに遭遇したと?」

「うん……」

 別人みたいにしおらしくなってる。

 もしかすると、ピンチになったところを忍者に救われて、それで少しは反省しているのかもしれない。


 ジリリリリと電話が鳴った。

 またピンクの電話だ。


 俺はベンチから立ち上がり、受話器をとった。

「はい冬木」

『鬼司です。ニュークリアスの破壊が確認されました。撤収してください』

 すると外で、ジャーンと銅鑼が鳴った。

 かと思うと、玄関のシャッターも勢いよくあがった。

 敵も撤収ってことらしい。

「分かった。忍者のおじさんと合流したら戻るよ」

『彼は戻りません。三人で撤収してください』

「は?」

『それが彼の選択です。残りたければ残って構いませんが、早くしないとゴーストになってしまいますよ。それではお帰りをお待ちしております』

 そこでブツリと電話を切られてしまった。

 あとはツーツーとトーン音がするのみ。

 俺も受話器を置いた。


 さて、どう説明したものか。

「鬼司さんから、戻って来いって」

「おじさんは?」

 佐藤みずきがぐいぐい近づいてきた。

 早く話の続きを教えろといった態度だ。

「彼は戻らない」

「えっ? どういう……」

「詳しくは聞けなかった」


 すると高橋さんが、突然走り出した。

 見に行くつもりだ。

 止めないといけない。


 だが、彼女の足はとんでもなく速かった。

 小さな背が、さらに小さくなってゆく。


 やがて、切り裂くような悲鳴。

 俺は慌てて分娩室に駆け込んだ。


 半透明の赤黒いものは、部屋中に飛散していた。

 忍者もうつぶせに倒れている。

 一見、かなり悲惨な光景。だが、じつは誰も出血していない。飛び散っているのは核の欠片だけ。それが血痕のように見えている。

 高橋さんが入口の近くで腰を抜かしていたので、俺が代わりに忍者に近づいた。

「大丈夫ですか? 立てます?」

 体をゆするが反応ナシ。

 俺は医者ではないが、彼が死んでいるのは直観で分かった。まず呼吸をしていない。そして生命力も感じられなかった。どう表現していいのか分からないが。ゴーストに似た気配を放っていたのだ。

 こころなしか、彼の体は透けているようにも見える。


 佐藤みずきも息を切らせながら駆け込んできた。

「うっ……」

 室内の様子を見るなり口元を手でおさえ、そのまま廊下へ引き返した。


「残念だが、もう……。手遅れになる前にここを出よう」

 戦ったわけではなかろう。

 鬼司の話では、「それが彼の選択」とのことだった。


 俺は二人を強制的に行かせたりせず、一人で部屋を出た。

 こちらがなにかを言えば、言うだけ意固地にさせてしまうだろう。


 *


 槍は降りやんでいたが、無盡原には無数の槍が突き刺さったままであった。

 遠方にはかすかな地鳴り。

 このフロアはいったいなんなのであろう。


 しばらく眺めていると、佐藤みずきが連れ添って、高橋さんを歩かせていた。

 声はかけない。

 ただうなずいて、一緒にゲートへ向かった。


 *


 手足を洗い、大広間へ。

 用意されていた膳は三つ。


 俺は座布団に腰をおろし、深く呼吸をした。

 まさか死ぬとは……。


 鬼司は虚空を見つめている。

 人形みたいにぼうっとして。

 あとでうんざりするほど問い詰めてやる。


 だが、俺が行動を起こす前に、高橋さんが詰め寄った。

「ねえ、なんで……」

「はて?」

「とぼけないで! あの人、なんで死んだの!?」

 どうしようもない気持ちになった。

 俺は知りたい。

 だが、彼女には知って欲しくなかった。

 いまの鬼司は、聞かれたら答えるだろう。


「彼が望んだことです」

「望んだ? ウソつかないで! あのおじさん、死んじゃったんだよ!?」

「事実ですので」

「証拠は?」

「証拠? ご希望とあらば提示できますが……。知る覚悟があるのですか?」

「な、なによ覚悟って……」

 証拠を提示できる?

 忍者の死ぬシーンを記録していたのか?


 鬼司は、うっすらと笑みを浮かべた。

「知れば、きっと同じ途をたどることになりますよ」

「……」

「人の世には『知らぬが仏』という言葉がありましょう」

 鬼を名乗る女がその言葉を言うのか。

 高橋さんはこれ以上は踏み込めぬと感じたのか、憤慨しながらではあるが自分の席へ向かった。


 食事は、ほとんど進まなかった。

 味わっている余裕がない。

 というより、今日も胃が受け付けなかった。


 女性二名は半分も食べずに箸を置いた。

 俺も九割ほどでギブアップ。どうしても残り一割を詰め込む気になれなかった。


 *


 沐浴を終えると、高橋さんはろくに髪もかわかさず帰ってしまった。

 ついでに佐藤みずきも帰ってくれればよかったのだが、いつまでも居座っていた。


 俺は酒ももらわずに、鬼司へ近づいた。

「ちょっと聞きたい」

「なんなりと」

 ガラス玉のような瞳を、ギョロリとこちらへ向けてきた。

 少し威圧したつもりだったのだが、まったく通じていない。

「あの電話はなんだったんだ?」

「そもそもあの病院は、人の世の病院とは異なり、悪意の具現化した姿です。人格を有しておりますので、霊力で干渉することも可能でした」

 理屈は不明だが、本当に電話をかけたわけではないようだ。

 まあ実際そうなんだろうけども。


「で、あんたはずっと監視してたのか?」

「はい。不鮮明ではありますが、記録もしております。ご覧になります?」

「イヤだよ。それ見たら、俺も死にたくなるんだろ?」

「いいえ」

 表情を変えないから、ジョークを言っているのかどうか判断できない。

 俺は軽く呼吸をした。

「いいえ? なぜだ? 高橋さんは死ぬのに、俺は死なないのか?」

「そう言っております」

「理由を聞きたい」

「個人の人生に土足で踏み込むことに抵抗がなければ」

「ない。だがちょっと待ってくれ。ちょっと考える」

 ないわけない。

 抵抗はある。

 自分の過去でさえ鬱陶しいはずなのに、他人の過去を知りたいだなんて。


 佐藤みずきが近づいてきた。

「見せてよ」

 こいつも無表情だ。

 すると鬼司は、手のひらを差し出し、そこへふっと黒い石を出現させた。きっと手品ではなく、霊力とやらで呼び出したのだろう。

「触れれば記憶を得られましょう」

「望むところよ」

 まったく警戒もせず、佐藤みずきは石に触れた。


 その瞬間、映像が流れ込んだのだろう。

 片眉がピクリと動いた。

 かと思うとぐっと鼻にしわが寄った。


 それが一分か、二分ほど続いただろうか。

 佐藤みずきは何度か深く呼吸をし、表情を無に戻した。

「敵の目的はなんなの?」

「ゴーストの目的は、人の世に出ること。そして、それを邪魔する鬼道師きとうしを排除すること」

「このあと、私たちも同じような攻撃にさらされるってこと?」

「ええ、どのような仕掛けで来るかは、あちらの気分次第ですが」


 気分次第……。

 つまり敵は、俺たちを誰から料理するのか、選べるというわけだ。


「私、帰る」

 佐藤みずきはぐっと感情を抑え込みながら、俺たちに背を向けて行ってしまった。

 この短時間の間に、かなりいろいろ考えた様子だった。


「俺にも見せてくれ」

「どうぞ」

 鬼司はにこりともしない。


 *


 病院の正体は分かった。

 忍者の、二人目の娘が生まれるはずだった病院。

 不幸なことに、そこで母子ともに命を落としてしまったらしい。


 あの赤黒いニュークリアスは、しかし死者の怨念などではない。

 無盡原に巣食う「悪意」が、忍者の後悔の念を具現化したゴーストだ。

 忍者はその悪意に踊らされ、次々とトラウマをえぐられていった。


 母の死後、長女は、祖父母に引き取られたらしい。

 苗字も高橋に改められた。

 そして高橋さんは、過去を知らぬまま成長した。


 忍者はあの病院を見て、すぐに構造を理解した。

 しかし分娩室へ行く前に、孤立した娘を追わねばならなかった。

 高橋さんは屋上を目指していた。

 途中、ゴーストの群れに囲まれて、かなり深いところまで触れられてしまった。忍者もまたそれを救うため、ゴーストの群れに突っ込んでいった。


 分娩室に残った忍者は、「悪意」と取引をした。

 娘の穢れを取り除く代わり、自分がその穢れを引き受けることにしたのだ。

 そして穢れに負けた彼は、そのまま命を落としてしまった。

 死の間際、核を斬り伏せて。


 *


「鬼司さんよ。こいつは偶然にしちゃデキすぎてるよな?」

 俺がそう尋ねると、彼女は口元を袖でおおい、くすくすと笑った。

「偶然? もちろん違いますね。皆さまのことは、私が直接選んだのですから」

「つまり俺と佐藤さんが選ばれたのも、あんたの思惑ってワケだ」

「もちろん」

 じつに悪意のある人選だ。

 この女は、俺たちが心に傷を負うのを楽しみにしている。


「目的は?」

「ゴーストの侵攻を食い止めること」

「ほかは?」

「秘密です」

 目を細め、愉快そうに笑った。


 なにが秘密だよ。

 そのせいで、誰かが不幸になるかもしれないってのに。


(続く)

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