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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
4/32

ぺもんぬ

 その後もゴーストとの戦いは続いた。

 おかげで身体に倦怠感が蓄積している気がする。


 悪い夢も見る。

 自分がゴーストになり果て、無盡原をさまようのだ。

 そこにはなにもない。

 どこまでも広がるひび割れた大地、ただただ白いだけの空、遠方のかすかな地鳴り……。俺は枯れ木にしがみつき、なにかを求めて根元を掘ろうとする。しかし半透明の体は、土を掻くことさえできない。


 あのときの俺は、いったいなにを探していたのだろう。

 あの木の根元には、なにが埋まっていたのだろう。


 考えるだけで憂鬱になる。

 しかも考えるのは、だいたい会社の帰り。電車に揺られながら、ぼうっと窓ガラスを見つめているときだ。反射した自分の顔が、亡霊のように見える。


 *


 休日、佐藤みずきに呼び出された。

 用件は教えてくれなかった。

 ただ指定の場所へ来いとだけ。


 閑散としたオフィス街。

 一等地というわけでもないが、まあまあ値の張りそうな場所だ。駅も近い。


 佐藤みずきは、初秋らしい涼しげなニットセーターを着ていた。細身のパンツスタイル。髪はいつものポニーテールだ。地味ではないが、目立ってもいない。あまり印象に残らないタイプ。

 きっと今回みたいな再会がなかったら、街ですれ違っても気づかなかったろう。


「あのビル。長谷川さんを殺したヤツがオーナーやってるの」

 彼女は来て早々、挨拶もナシにそんなことを言い出した。

 俺もさすがに溜め息だ。

「やらないって言っただろ」

「でも、気が変わってやるかもしれない。だから場所だけ教えておこうと思って」

 こっちは、もしかしたらデートかもしれないと思って、持ってる服の中でマシなのを着てきたのに。とはいえ、別にはしゃいでたワケじゃない。彼女を怒らせないよう配慮しただけだ。デートじゃないならそれでいい。


「長谷川さんってのが、例の?」

「死んだ子」

「仲よかったのか?」

「べつに」

 要領を得ないな。

 特に仲がいいわけでもないのに、カタキを討ちたいのか。


 いや、もうひとつ可能性があるな。

 俺に、手を汚させたいのだ。


「謝罪しろっていうなら、いつでも準備はあるぞ」

「やめて。そんなことされてもちっとも嬉しくないから。それより立ち話もなんだから、喫茶店にでも入ろ」

「ああ……」


 入ったのは、先に払いを済ませるタイプのコーヒーショップだった。

 せめて一杯くらいおごろうと思ってたのだが、彼女はさっさと自分の会計を済ませてしまった。

 貸し借りを作りたくないということなのかもしれない。


 日曜のオフィス街だけあって、客の数は少ない。

 休日出勤らしいスーツ姿の会社員もいるにはいるが。


「私、ここのコーヒーあんまり好きじゃないんだよね」

「じゃあなんで入ったんだよ」

「近くにここしかなかったから」

「……」

 意味が分からない。

 行動が雑なだけか。

 適当に行動しておいて、あとからブツクサ言うタイプかもしれない。

 だが、俺はそういうのは嫌いじゃない。雑なタイプは、雑に遊ぶぶんには都合がいい。男友達ならなおさらだ。ゴチャゴチャ言ってる文句すら会話になる。


 しかし、ひとつだけ問題があるとすれば、佐藤みずきという女が、俺にとってそういう相手ではないということだ。


 俺はまずブラックのまま飲んだが、酸味がキツかったのでミルクを入れた。チェーン店なのにアクが強い。

 ともあれコーヒーをすすった。

 会話はない。


「えーと、例の長谷川さんってのは……」

 コーヒーを半分くらい飲んだところで、俺はそう切り出した。

 佐藤みずきは表情も変えずこちらを見る。俺の質問になんとも思っていないのか、それとも不快なのか、ちっとも分からない。

「高校のクラスメイト。卒業してすぐ死んだ。ほかになにが知りたいの?」

「たいして思い入れがあるように見えないから」

「復讐するのはおかしい? まあ、長谷川さんのためってよりは、ヤってた連中が気に食わないから。社会悪だよ。ああいうのは、少なければ少ないほどいい」

 言葉の抑揚さえ変わらない。

 もしかするとキレているのかもしれない。

 ずっとキレっぱなしなのだ。

 だからそれが日常になっている。


 俺は直視できなくなり、景色を見るフリをして窓の外へ顔を向けた。

「その社会悪ってのには、俺も含まれてるのか?」

「……」

 ちらと見た彼女の表情は、いつもと変わりがなかった。

 だが、少し身を震わせた。

 笑ったのだ。

「どう答えて欲しい?」

「イエスでもノーでもいい。好きに答えてくれ」

 強がってはみたものの、うっすらとした恐怖を払拭できなかった。

 肝試しのような空気感だ。亡霊にでもなでられている心地がする。


「ノーだよ。あなたのことは許してない。けど、そこまで怒ってるわけでもない。助けてもらったこともあったし」

「あったっけ?」

「よその地区の男子が私にちょっかいかけて来たとき、いきなりジャンプキックしてそいつら泣かせたでしょ?」

「俺ってそんなに粗暴だったっけ?」

「粗暴だったのよ」

 人を見るたび蹴っていたことになるな。

 それがいまでは、秩序がどうこうと偉そうに語っている。おかしな話だ。


 彼女は肩をすくめた。

「いつも私のことオモチャにしてたくせに、他人にオモチャにされるのは気に食わなかったのね。なんかDV男みたいじゃない? いまもそうなの?」

「違うと思うけどな」

「じゃあ、変われたんだ? ま、ゴーストともまともに戦えないヘタレだもんね。すっかり丸くなっちゃった」

「時間ってのは、それだけ残酷ってことだよ」

 あまり掘り下げて欲しくなかったので、俺は会話を打ち切った。

 思えば、こうして過去を振り返るのは初めてかもしれない。


 外はなんとも言えない空模様。

 いつか降り出しそうで、なかなか降り出さない。


 すると、スーツ姿のおじさんが、いきなり相席してきた。

 ガラガラなのに。


「デート中か?」

 ゴツい体をした、オールバックの男。

 白髪混じりだが、眼光は鋭い。

 カタギには見えない。


 いや、正体は分かってる。声で分かった。

「もしかして、忍者の?」

 俺の問いに、彼は静かにうなずいた。

 まあそれはいいのだが。彼のトレイには、クリームたっぷりのフルーツサンドが並んでいた。見た目のイカツさからは想像できないが、甘党なのだろう。


 佐藤みずきが、かすかに目を細めた。

「デートじゃありません」

 さすがに不快だったようだな。


 忍者はしかし気にしていない。

「ま、そうだろうな。雰囲気が最悪だった」

「私、帰ります」

 おいおい。


 佐藤みずきはしかし本当に席を立ち、トレイを持って行ってしまった。

 まだ半分しかコーヒーを飲んでいないのに。


 忍者は自分の責任など微塵も感じていないかのように、フルーツサンドをかじり始めた。

 軽く地獄だ。


「えーと、ナニさんでしたっけ?」

「名乗るほどのものではない」

「お仕事ですか?」

「そうだ。この近くに勤務している」

「休日出勤? ちゃんと手当は出るんですか?」

「……」

 黙り込んでしまった。

 のみならず、フルーツサンドの手まで止まった。

 聞いちゃいけない話だったようだな。

「ブラックじゃない企業ってないんですかねぇ」

「若いヤツがちゃんと選挙行かないからだろ」

「……」

 俺たちのせいかよ。

 この国では、若者より老人のほうが圧倒的に多いんだぞ。


 とにかく、雰囲気は最悪だ。

 これなら佐藤みずきと二人きりのほうがまだマシだった。

 むかしは「はじめくん」「みずきちゃん」と呼び合う仲だった。まあ大人たちからそう呼ぶよう刷り込まれただけだが。

 いまじゃ互いの苗字さえ滅多に呼ばない。


 ふと、忍者の胸元にペンが差してあるのに気づいた。

 ファンシーなキャラクターがついている。


「それ、なんです?」

「どれだ?」

「その、胸ポケットの」

「ぐぅ……」

 指摘されて初めて気づいたのか、彼は渋い顔で別のポケットにしまい込んでしまった。

 見られたくないブツだったのかもしれない。

 だが、追及させてもらおう。

 デートを邪魔したバツだ。

「ずいぶんかわいい趣味をお持ちなんですねぇ」

「これは娘の……なんでもいいだろ」

「へぇ、娘さんの」

 指輪はしていないようだが、結婚して家庭まで持っているようだ。

 なるほど、それなら無料で休日出勤するわけだな。家族サービスもせずに。


 すると彼は、ぷるぷると身を震わせた。

 怒ったのか?

 いや、泣きそうに見えるな。

「これは……これはな……娘の好きだった……」

「ああ、いや、いいんです。すみません。ちょっと踏み込みすぎました」

 ホントに泣きそうになってる。

 もしかすると、娘さんを亡くされたのかもしれない。

 はぁ。

 ちょっとやり返しただけのつもりが、地雷を踏み抜くとは。


 忍者はティッシュを取り出してズビーッと鼻をかみ、こうつぶやいた。

「ぺもんぬだ」

「ぺも……?」

「ぺもんぬ。そういうマスコットなんだ」

「ぺもんぬ……」

 そこはかとなくイラつく名前だ。

 ヤクチューよりはマシだと思うけど。


 すると、俺が深入りしないようにしているのに、彼はペンを取り出し、あろうことかテーブルに置いた。ぺもんぬは、ネコとまんじゅうを合体させたようなビジュアルだった。

「むかし、娘がこいつを好きでな。あんまりこいつばっかり可愛がるもんだから、『お父さんのほうがかわいいだろ』って言ってやったんだ。もちろん冗談だぞ。なのに、娘は泣き出してな……」

「へ、へぇ……」

「『お父さんがおかしくなった』って妻に泣きついて……」

「そんなことが……」

 誰か助けて!


 とにかく話題を変えなくては。

「じゃあ、いまは奥さんと二人で?」

「一人だ」

「えっ?」

「いろいろあって、二人とも出て行った。だが、後悔はしていない。お前も後悔のないよう生きろ。俺に言えるのはそれだけだ」

 こいつ、よくもそんなことが言える……。

 明らかに後悔してる態度だぞ。


 ともあれ、娘さんは亡くなったわけではないようだ。

 まあ休日のたびに忍者装束になってるような男だ。妻子も逃げ出したくなるだろう。


 彼はペンをしまうとき、また過去を思い出したのか、急に涙ぐんだ。そしてティッシュでズビーと鼻をかむ。

 このまま話に付き合っていたら、しまいにゃギャン泣きしそうだ。切り上げたほうがいい。お互いのためにも。


「あ、俺、そろそろ行くんで」

「そうか」

「また無盡原で」

「ああ。またな」


 こんな忍者が既婚者で、しかも家庭まで持っていたとは……。

 こっちは彼女さえいないってのに。

 いや、仮に結婚できたとして、家庭を維持するのはさらなる困難を極めるのだろう。

 もはや「普通の家庭」などというものは、幻想の中にしか存在しないのだ。

 この国の未来が不安になる。


 いや、いい。

 社会がどうなろうが知ったことじゃない。

 俺はべつにこの世界を愛していない。

 世界だって俺のことは愛さないだろう。

 あるようにあれ、だ。関与したくない。


(続く)

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