エピローグ
数年後――。
俺は相変わらず屋敷に幽閉されていた。
だが客は来る。
佐藤みずきが飲みに来るし、忍者のおじさんも来るようになった。
ここはもう戦場ではない。
関係者は、許可さえとればいつでも来場できるようになった。
なった、というか、そのようにしたのだ。みんなで頑張ってルールを変えた。
「あれからもう何年になる?」
俺の問いに、佐藤みずきが眉をひそめた。
「三年よ」
「もうすぐ三十路だな」
「長生きしすぎたわね」
だが、彼女の表情は明るくなった。
一番殺したかった自分を許したのだ。いまは都内で会社員として真面目に勤務しているらしい。
高橋親子も再会することができた。
「お父さんはな、いくらヒーローにあこがれてたからって、ちゃんと手加減ってのを分かってたぞ。それをお前は……」
「うるさい。もうヒーローとか興味ないから」
娘はいまでも政府の管理下に置かれているが、許可さえとればここへは来られる。そのときは、父とも再会できる。
はじめは父の存在に戸惑っていた。
だが、忍者のおじさんが無遠慮だったおかげで、すぐに打ち解けた。
「えーと、お酒欲しい人誰だっけ?」
割烹着のナミが盆を持ってやってきた。
いまではこの屋敷に住み、鬼司の部下としてこき使われている。
たま子はふてくされた顔で横になっていた。
「わしは大福が欲しいのぅ」
部屋の片隅にいる。
例の作戦で一儲けしようとしたのがバレて、総スカンを食った。おかげで肩身の狭い思いをしているというわけだ。
結局、鬼司も彼女へ命の玉を譲らなくなってしまった。そのうち商売も続けられなくなるだろう。
あまりに多くの血が流れた。
敵のカルトは、いまでもたまに無盡原へ乗り込んでくる。
それに対処するのが咎人だ。
今日は林田雷火とその相棒がパトロールに出ている。
帰ってきたら彼らにも酒をふるまう予定だ。
俺の命の玉は、じつはまだ二つとも手元にある。
忍者のおじさんのことは、高橋真理が蘇生させたからだ。
使い道は決まっていない。
たま子に売るつもりもない。
*
翌朝、先導師が顔を出した。
ナミに最低限の教育をほどこすため、こうして何日かに一度やってきてくれる。たぶん暇なのだ。それに寒屋は、ナミの呪術の腕前に惚れ込んでいるようだった。弟子にしたいのかもしれない。
「旦那さま、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
ナミたちが別室で勉強している間、俺たちは大広間で一緒の時間を過ごす。
「お手紙が来ていますよ」
「ああ、そろそろ選挙か。不在者投票しないとな」
外に出ることができないので、やむをえず不在者投票することにしている。
パンドロ氏も言っていた。
世界を変えたければ、選挙に参加すべきだと。
どんなスーパーパワーを手に入れても、それでは世界を変えられない。
たとえ微力であろうと、選挙で改善していくしかないのだ。
「また冬が来ますね」
「けど、穏やかな冬だ。もう戦わなくて済むんだから」
「なんだか私も、肩の荷がおりた気がします」
実際、彼女の表情は柔和になった。
ずっと緊張していたのだろう。長く続けていたせいで、自覚できないほどに。
部屋の片隅には、まだたま子がいた。
「のう、鬼司。わしゃこれからどうすればいいんじゃ……」
座敷童みたいに、ずっとそこにいる。
鬼司は微笑だ。
「猫は猫らしく、丸くなっていればいいのでは?」
「つめたいのぅ」
だが追い出さないところをみると、鬼司も彼女のことを気にかけてはいるのだ。
もし人生をやり直したいなら、一歩ずつ変えていけばいい。
この猫にしたって、時が経てば、やりたいことの一つや二つ出てくるだろう。
俺は腰をあげた。
「ちょっと大福とってくる」
「あら、お優しいこと」
「もちろん君のぶんも」
「ふふふ」
死んだ人間もいる。
生き延びた人間もいる。
不幸もある。
幸福もある。
その狭間を、これからもなんとか生きていくしかない。
外では冷たい風が竹林をゆすっている。
今夜も冷え込みそうだ。
(終わり)




