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The World Savers  作者: 不覚たん
散種編
31/32

1パーセント

「ナミさんよ、なにか策はあるか?」

「凍らせて逃げるとか?」

 まあそうなる。

 だがもし彼女の術を応用できるなら……。

「また建物を用意して、その中に避難できないか? その上で槍を降らせれば、たぶん倒せると思うんだが」

「知ってた? あの建物の壁、すっごくもろいんだよ? それに、槍はただの幻覚。あんなにいっぱい攻撃できるわけないじゃん」

「……」

 幻覚?

 俺たちはそんなものを真に受けて、あの建物に誘導されてたってのか。

 クソ、聞くんじゃなかった。


 ともあれ、ナミは「かしこみかしこみ」と御幣を振り回した。

 悪意の動きがぴたりと止まった。足の先端が凍り付いていることに気づいたのだ。だが、悪意は強引に動き出した。凍り付いた部分がもげたが、その切断面からすぐに足が再生した。


「ムリみたい」

 ナミもお手上げだ。


 なにかないのか。

 血を中和するような……化学的ななにか。呪術的ななにかでもいい。とにかく「なにか」だ。俺たちにはそれが必要だ。


 咎人が攻撃を継続しているが、どれも骨折り損に終わった。

 ノーダメージ。

 疲労だけが蓄積してゆく。


 刺客どもめ、とんでもない手土産を残していきやがって。

 同胞の血をぶちまけてまで悪意をけしかけてくるなんて。


 ふと、悪意の身体が真っ二つに裂けた。

 強烈な衝撃波だ。

 そいつは敵を切り裂いただけでなく、こっちにまで襲い掛かってきた。


「あぶねっ」

 ギリギリで回避できたが、危うく俺まで裂かれるところだった。


 鬼司だ。

 彼女はゆっくりと歩を進めてきた。

「旦那さま、ご無事ですか?」

「ああ、なんとかな」

 次からは、敵の向こう側に誰がいるのか、きちんと確認してからにして欲しいものだが。

 わざとじゃないよな?


 彼女はすんすんと鼻を鳴らした。

「これは毒花のにおい……」

「敵の刺客がバラまいたんだ。おかげでこのザマだ」


 両断されて血に伏した悪意は、その切断面から未練たらしく血液を伸ばし、互いに引きあって結合しようとしていた。

 イヤになるほどの無敵ぶりだ。

 二体に分裂しなかっただけマシか。


 ナミは顔をしかめた。

「お歯黒、なにか策はないの?」

「この場は私が引き受けますので、皆さまはお帰りください」

「却下。そんなの策とは呼べない」

 その通りだ。

 自分の妻を置き去りにして逃げるなんて、ダサすぎる。死んでもごめんだ。


 ナミは溜め息をついた。

「じゃあさ、使っていい?」

 鬼司はしかしきょとんとしている。

「なにを?」

「志許売。四人とも使う。じゃないとムリだから」

「……」

 たしか鬼司の姉もいるんだったな。


 体を結合させた悪意は、ゆっくりと起き上がろうとしていた。


「分かりました。許可します」

「じゃあ呼ぶよ!」

 ザン、ザン、と、地面から四つの柱が突き出した。

 それぞれがスピンして、花びらを広げてゆく。


 悪意も、状況の変化に気づいたらしい。

 顔をあげて、キョロキョロと遠方を確認し始めた。

 その背へ、まずは一体目の志許売が襲い掛かった。脇から二体目。首筋へ三体目。足へ四体目。しかし泥の身体だ。すぐにびちゃびちゃになって、再生してしまう。

 だが志許売はお構いなしだ。噛みついて泥を食らい、再生しては食らい、引き千切ってはまた食らった。

 地獄にふさわしい光景だ。


 だが、すぐに異変が起きた。

 泥を食い続けた志許売の腹が、みるみる膨らんできたのだ。


「待って! みんな食べるのやめて!」

 ナミが慌てて止めに入るが、もう遅かった。

 腹の内部で泥が暴れ出し、志許売を苦しめた。その暴れぶりは一通りではなかった。内側から敵を突き破ろうという、殺意に満ちた攻撃。


 そしてついに――。


 断末魔とともに、志許売の腹が爆ぜた。

 一体、二体、三体、四体――。


 腹を突き破った泥は、みちみちと動き出し、またひとつの塊に戻ろうとしていた。


 鬼司は、なんとも言えない表情で息を吐いていた。

 姉の無残な姿を目の当たりにしたのだ。

 言葉もなかろう。

 いや、姉だけではない。他の志許売も、かつてはともに働いていた仲間だったはず。


 ナミも目に涙を浮かべていた。

「ウソだ、こんなの……」

 ただの道具、というわけではなかったようだな。


 再生中の悪意を、高橋真理が拳で木っ端微塵にした。

 まだ諦めていない。

「みんなは逃げて! あいつは私が倒すから!」


 彼女はまだ状況を理解していないのか?

 俺は思わず反論してしまった。

「ムリだ! 無茶はよせ!」

「うるさい! 私は正義のヒーローなんだ! 絶対に逃げたりしない!」

「ヒーローにだって、不可能なことはあるだろう」

「冬木さん、本気でなにかしようと思ったことある? 私はあるよ。世界を救うんだ。本気じゃない人間が、私を止めようとしないで!」

 こいつ……。


 だが、反論できなかった。

 彼女は本気だ。

 意固地になってるだけかもしれないが、それでも本気は本気だ。

 止めようと思うなら、それ以上のエネルギーが要る。


 するとなぜか、佐藤みずきが刀を構えた。

「面白いわね。本気だって。そう。冬木さんって、ちっとも本気じゃないんだよね。私は本気なのにさ」

「君までなに言い出すんだ……」

「どうせ死ぬならさ、堂々と戦って死のうよ? 『仲間』なんだよね?」

「待ってくれ。ヤケクソで特攻するな。ギリギリまで頭を使って考えれば……」

「その間に日が暮れるわ。いいえ、世界が終わるわね。あなたはそのときまで、ずっと考えていればいい。その賢いおつむでね」

「……」

 どうして、どいつもこいつも……。


 再生中の悪意が、また真っ二つに裂けた。

 鬼司の斬撃だ。

 無表情。

 無言。

 だが、間違いなくキレていた。


 みんな戦って死ぬ気だ。

 クソ。

 ここで彼女たちを囮にすれば、俺は逃げ切れるだろう。

 だが、それは俺のプランじゃない。

 みんなで生きて帰るんだ。

 俺はめんどくさい男かもしれないが、自分のことだけ考えてるわけじゃない。自分のことだけ考えるのはヤメたんだ。


 なにも思いつかないときの策はひとつ。

 時間稼ぎだ!


「ナミさん、また凍らせてくれるか?」

「できるけど、なにか意味あるの?」

「時間を稼ぐんだ」

「稼いでどうなるの?」

「なにかが起きる!」


 あがくんだ。

 そして脳が焼き切れるほど考えるんだ。

 なにかある。

 無茶に戦って死んだら、その時点で終わる。

 可能な限り結論を引き延ばして、なにか事故が起きるのを待つんだ。


 そう。

 古人の体験を参照しよう。

 歴史だ。

 地震や豪雨、日蝕などで、戦況に変化が起きた例はある。

 生存率が1パーセントしかなくたって、それを2パーセントにすることはできるかもしれない。


 どうせ死ぬにしても、簡単にあきらめちゃダメだ。

 もし必要なら、神だろうが仏だろうが鬼だろうが、なんにだって祈ってやる。


 ナミはうなずいた。

「ムダだとは思うけど」

 とはいえ、術で泥を凍らせてくれた。

 もちろん数秒ともたない。

 悪意の身体は、うんざりするほど簡単に再生してしまう。


 ナミは哀しそうな顔でこっちを見た。

「ね、もう諦めなよ。あたし、ここに残るからさ。あんたとお歯黒ババア、二人だけでも逃げたら? あたしら独り身だからいいけど、あんたらは違うでしょ?」

「断る。俺は全員で帰る予定でいる。それ以外の提案は受け入れない」

「バカじゃないの?」

 そうだ。

 バカだ。

 なにも思いつかないんだからな。


 咎人も、鬼司も、勢いでは悪意を圧倒している。

 だが、消耗しているのは悪意のほうではない。


「はぁ、クソ、なんで死なねーんだこいつ」

 林田雷火も、肩で息をしていた。

 そろそろ限界かもしれない。


「ナミさん、頼む。もっと凍らせてくれ」

「はいはい。もう好きにしなよ」

 苦情を言いつつも、俺の話を聞いてくれる。

 生きて帰ったら、きちんと礼をしなくてはな。


 さて、できるだけ集中して策を練りたいところだが、謎の騒音が邪魔していた。

 なにかドタドタと重たい音がする。

「誰だようるせーな」

 振り向くと、遠くでクソデカい牛が車を引いていた。

 それがまっすぐこちらへ近づいてくる。


 マッスル・バッファロー号か?

 なぜ無盡原に?


 牛車は凄まじい勢いで通り過ぎたが、先導師はふわりと飛び降り、見事に着地した。

 並の老人の動きではない。

「待たせたの」

「……」

 誰か呼んだのか?

 なにかしてくれるのか?


「嬉しすぎて言葉もないか。そうじゃろそうじゃろ。ま、詳しい話はあとじゃ。この薬を使うがよい」

 小さな竹筒を見せてきた。

 いったいなんの薬だ?

 ドーピングして戦うのか?

「なんの薬です?」

「毒じゃよ。こうして使うのじゃ」

 すると寒屋は、ヒュンとバックハンドで竹筒を投げた。そいつはまっすぐ悪意に命中し、内部へめり込んでいった。


 悪意の動きが止まった。

 まるで正気を取り戻したかのように。

 かと思うと、虚空を見つめたままの身体が、少しずつ、ドロドロと崩れていった。

 赤々としていた色も、急速にくすみ、どす黒くなっていった。

 ただの泥だ。

 それが、うずたかく積みあがった。


 勝った……のか?


「ふむ。お試し品じゃったが、効いたようじゃの。古馴染の薬師くすしがの、『人を殺すならこれじゃ』と言うてよこしてきおったものじゃ。血が血でなくなる」

 老人は得意顔で語り始めた。

「助かりました。けど、なぜ……」

「古物商を名乗る畜生から依頼があったのじゃ。なにか手はないかと。先に言っとくが、黄泉国にも通信機器はあるからの。わしらの国も高度情報化社会なのじゃ」

 たま子が裏で手を回してくれたのか。

 そもそも彼女の依頼とはいえ、いちおう助けられたな。


 牛が戻ってきて、老人の脇に止まった。

「ともあれ、この薬が効くのは確認できたな。わしはもう行くぞい。これを量産して、悪意対策のグッズとして売り出すのじゃ。まったく、ふところが暖かくなってしまうのぅ」

 そして屋形に乗り込み、行ってしまった。


 他力本願ではあったが、時間を引き延ばした甲斐はあった。

 ときには亀のように耐えるのも手というわけだ。


 ナミが溜め息をついた。

「なに? これもあんたの計算通りってこと?」

「まさか。1パーセントの奇跡にかけたら、たまたま当たったんだ。きっと日頃の行いがよかったんだろ」

 この世界はクソだが、クソなりに見所がある。

 少しは肯定してやってもいい。


 鬼司は、志許売の遺体をじっと見つめていた。

 一言では表せないような、複雑な思いを抱いているのだろう。

「埋葬しようか?」

 俺の提案に、彼女はしかしかぶりを振った。

「このままにしておきましょう。無盡原は、そういう場所です」

 哀しげな横顔。

 けれども、どこかほっとしているようにも見えた。


(続く)

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