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The World Savers  作者: 不覚たん
散種編
30/32

 地面から生えてきたのはコンクリート建造物。

 市役所?

 病院?

 いや警察署か……?

 看板には「一号特別福祉施設」とだけある。


 林田雷火が舌打ちした。

「あたしらの家だ。行くよ」

 意外な人選だな。


 俺は歩を進めつつ、ナミに尋ねた。

「ここは彼女の? けど大丈夫なのか? 咎人は核を有していないとかいう話だったが……」

 しかし彼女はあきれ顔だ。

「人間、細かいことを気にするのね。平気よ。これは昨日のマンションと同じで、ただ記憶を具現化させただけのものだから。ここに現れる核は、外から誘い込まれた個体」

「外から? じゃあ普段のは?」

「個人の内側から。なにか疑問?」

「いいや」

 つまり俺たちに取引を求めてきたあの赤黒い塊は、俺たち自身の悪意だったということだ。

 誰もが悪意を内包している。


 *


 俺たちはまず、エントランスのベンチに腰をおろした。

 施設には、いたるところに鉄格子がはめ込まれていた。

 誰も脱出できないようになっている。


 ナミがアナウンスを始めた。

『咎人の二人、聞いてるぅー!? あんたらの家を用意したから、帰ってきてー!』

 洗練されたスピーチとは言いがたいな。

 しかし重要なのは、ここが集合場所であるという事実だ。

 聞こえてたら集まって来るだろう。


 林田雷火が顔をしかめながら立ち上がった。

「じゃ、あたしは悪意のヤローぶっ殺してくんね」

「手伝おうか?」

 俺も立ち上がった。

 彼女はまだ少しフラついているように見える。

「一人でできるって。無抵抗のヤツが相手なんだから」

「なにかあったらすぐ呼んでくれ」

「はぁ? 頼りになるのかよ」

 軽口を叩いたものの、彼女は笑みを見せてくれた。


 彼女が行くと、もう、ほかにすべきことはなくなった。

 ただ待つだけ。


 気持ちが焦れる。

 もしこのまま、誰も戻って来なかったら……。


 プルルと電話が鳴った。

 ここのは古めかしい電話機ではなく、現在普及している機種のようだ。

 俺は受付カウンターへ向かい、受話器をとった。

「はい、冬木」

『たま子じゃ。おぬしら、刺客に囲まれとるぞ』

「数は?」

『十二名』

 これまで遭遇してきた敵の二倍。

 今度という今度こそ死ぬかもしれないな。

「なにかアドバイスは?」

『鬼司が向かった。それまで持ちこたえてくれ』

「了解」

 俺の知る限り、一番強い女が加勢に来るということだ。

 これで絶望するのは贅沢ってものだ。


 受話器を置き、俺は『仲間』たちへ伝えた。

「敵の刺客がここを囲んでる。十二名。鬼司が助けに来るそうだが……まあ、それまでなんとか持ちこたえよう」

 返事はなかった。

 佐藤みずきは憔悴してゲッソリしていたし、ナミもお手上げとばかりに苦笑している。


 やるしかない。

 六名の敵でもギリギリ。

 なのに今度は十二名。


 シャッターをおろして立てこもる手もある。

 しかし敵の身体能力なら、上階からでも入り込んでくるだろう。鉄格子も役に立つかどうか分からない。


 この場合、閉所での戦闘となる。

 うーむ。

 通路へ誘導すれば、敵は横に広がれない。せいぜい二列。こちらも二人で当たれば、実質一対一での戦闘に持ち込める。

 だが、そううまくいくだろうか。

 こちらが一人でも崩されたら、その瞬間になにもかも終わる。


 林田雷火が戻ってきた。

「なあ、あいつ妙なこと言ってたんだけど」

「妙なこと?」

「『花を咲かせよ』って。でもワケ分かんねーから、うるせぇってぶっ殺しちゃった。べつにいいよな?」

「問題ない。完璧だ」

 どうせ意味不明なのだ。会話するだけエネルギーのムダだろう。


「ところで、外に刺客がいるらしい。用心してくれ」

 俺がそう告げると、彼女は顔をしかめた。

「マジかよ。さすがのあたしも死ぬかもしんねーな……」

「ご希望なら命の玉を使うよ」

「余計なお世話。死ぬのは一回でじゅーぶんだ。それより、あんたは自分の心配してなよ。あんたが死んだら、姐さん哀しむだろ」

「……」

 一理ある。


 さて、どう来る?

 こっちはまったく策がない……。


 ふと、人影が突っ込んできた。

 追えないほど速い。


 そいつはガーンとエントランスに入ってきて、そのまま壁に激突。ピクリともしなくなった。

 敵の刺客だ。

 自爆攻撃か?

 それにしてはムダ死ににしか見えないが。


 外が騒がしくなった。

「人の世のものか!?」

「咎人だ! 気を抜くな!」

 咎人?


 俺は刀を手に、外へ飛び出した。

「二人が帰ってきたぞ! 俺たちも加勢する!」


 刺客の数は十一名。

 対峙しているのは高橋真理。ジャージのあちこちが切れて、ボロボロになっている。

 パンドロの姿は、ない。


「ナミさん、頼む」

「オーケー」

 術で身体に力が増した。


 大地を蹴る足に強い力がこもる。

 急速に流れる景色。

 制御しきれないほどの加速。


 俺は手近な一体に斬りつけた。火花、そしてギャンと鈍い音。敵の刀が折れて、キラキラと輝くのが見えた。俺は力をこめる。相手が身を引こうとするより速く、胴体を斬り裂く。鮮血。


 佐藤みずきと林田雷火も来た。

 どちらも術で身体能力を強化されており、特に咎人の動きは尋常ではなかった。


 溶けたバターのように残像を残して空間を滑ってゆく。

 刺客は血走った目を見開き、刀を構えようとするが、あらゆる隙をつかれてズタズタに斬り裂かれてしまう。きっと己の死を認識するより先に、身体を失っていることだろう。


 高橋真理は打撃での戦闘。

 ふところ深くもぐりこみ、強烈な一撃。刺客は刀を構えることさえできず、バーンと弾かれて大地を転がった。


 勝敗は一瞬で決した。

 最後の刺客は手足を失い、虫の息のままこちらを睨みつけていた。

 林田雷火が、その顔面のすぐ脇へ刀を突き立てる。

「なんであたしらをつけ狙うんだ? 理由を言いな」

「知れたこと。無盡原の戦いが終われば、汝らは必ずや黄泉国に目をつける。その前に、我らの手で葬り去ってやるのよ」

 すると林田雷火はふんと笑った。

「おもれージョークだな。そんなことして、あたしらになんの得があるんだよ?」

「汝のような下賤には分かるまい。すべては御神託の仰せのままに」

「下賤、ね。いいじゃん。あたしにピッタリの言葉だ。気に入ったよ。一撃で殺してやる」

「がッ」

 バキリと骨を砕き、刃が心臓を貫いた。

 ま、当然の流れだな。


 しかし困ったことになった。

 書状を渡したのに、なおも攻撃してくるとは。連中、すでに戦争状態に入った気でいるのかもしれない。つまり無盡原は、いわれなき攻撃を受けていることになる。外交問題だ。


 俺はそして向きを変えた。

「高橋さん、もう一人は?」

 この問いに、彼女は暗い目でこう応じた。

「私をかばって死んだ」

「そうか……」

「遺言があるの。命の玉で生き返らせないで欲しいってことと……。あとは、ちゃんと選挙に行こうってこと……」

「分かった」

 彼らしい言葉だ。

 さっき林田雷花が言った通り、死ぬのは一回でじゅうぶんということだろう。


 高橋さんは拳を握りしめ、ぶるぶると震わせた。

「私がもっと強かったら……」

 一理ある。

 だが、一理はあくまで一理だ。

 たぶんこれは、個体の強さではなく、もっと別種のエネルギーを使わなければ解決できない。


 すなわち政治力。

 頭を使って黄泉国と交渉せねばならなかったのだ。

 俺たちは、あまりに無邪気だった。

 無盡原のことしか考えていなかった。


 彼らにしてみれば、無盡原の戦いは、穢れた地で下賤どもが争っているようにしか見えなかっただろう。その下賤の戦いが終わったあと、どうなるか。黄泉国の人たちの懸念を、俺たちは想像さえしなかった。

 もっとも、そこまで配慮してやる必要があるかは疑問だが。

 配慮しなかったからこうなったのも事実。


 事情通のたま子あたりは、なにか察していてもよさそうなものだが。

 あるいは気づいていて黙っていたか。


 *


 しばらく進むと、また刺客が現れた。

 が、これまでと様子が違う。

 行く手を阻むのはたったの一名。

 刀も抜かず、巨大な樽に腰をおろし、和紙の向こうからじっとこちらを見ていた。


「待っておったぞ、無盡原の下賤ども。我は……そうさな、『憂国の志士』とでも名乗っておこう。この樽は、戦いで命を落とした同志たちの血で満たされておる。その血をもって悪意を呼び起こし、汝らには死んでもらうとしよう」

 正気か?

 そんなことをしたら、自分だって……。


 こちらが行動を起こすより先に、男が動いた。

「いざさらば」

 バァンと男の体が爆ぜた。

 爆弾でも仕込んでいたのだろう。

 樽も割れ、周囲におびただしい量の血液をまき散らした。


 血を吸った木々が、次々と花を咲かせてゆく。


「さっき核を破壊したばかりだよな? だから安全なんじゃ……」

 俺はそう言いかけた。

 安全だと思い込みたかった。

 しかしナミは顔をしかめ、すんすんとにおいをかいだ。

「マズいよこれ。黄泉国で儀式に使う毒花のにおいだ」

「なにが起こるんだ?」

「神経を興奮させる。ちょっと吸うくらいなら平気だけど、もし体内に取り込んだら、狂暴化して手が付けられなくなるよ」

 つまりこの血液を吸収した悪意は、いつもの悠長な動きではなく、もっと積極的に俺たちを殺そうとするかもしれない。


 血だまりが広がってきた。

 あきらかに地下から湧き出している。

 逃げたほうがいい。


 だが、俺たちに判断の時間は与えられなかった。

 波を蹴立てて、ざばと泥人形が飛び出してきたのだ。そいつは完全に池から出て、興奮気味に呼吸をし、俺たちを凝視していた。


 真っ赤な口が開いた。

 出てくるのは言葉じゃない。

 俺はとっさに横へ回避。

 すると槍のような血液が飛んできて、大地をえぐった。


「咲いた……咲いた……」

 悪意は嬉しそうにつぶやいている。

 おめでたいことに、こいつにしか見えない花が咲いたのであろう。


 きっと満足だろうな。

 ヤツは血が欲しかっただけなのだ。

 特に今回、例年より多くの血がぶちまけられた。


 高橋真理が動いた。

 爆発的な加速から繰り出される弾丸のような飛び蹴り。

 悪意の頭部が、パァンと弾け飛んだ。


 が、彼女が着地するころには、すでにその頭部は回復し切っていた。

「咲いた……咲いた……」

 俺たちを絶望させるには十分だった。

 攻撃したところでダメージなど与えられない。

 与えたように見えても、すぐに回復してしまう。


 つまりは、勝てない。


(続く)

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