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The World Savers  作者: 不覚たん
救世編
3/32

弱い男

 ブラック企業の従業員として日々を送っていると、またしても無盡原へ招集された。

 不毛の社会から、不毛の大地へ。


 本当に、殺し合い以外に用途のなさそうな場所だ。

 メンバーはいつもの四人。


 俺が刀を手に前へ出ると、「仲間たち」はぎょっとした顔になった。

 異物でも混入したような顔だ。


「なに? やるの?」

 まだ十代の学生であろう高橋さんが、厳しい目を向けてきた。

 ショートヘアの快活そうな少女。

 いつもサボっている俺に、最初のころはよくブチギレていた。鬼司に「別の人に変えてください!」と迫ってもいたっけ。


「やるよ。方針を変えたんだ」

「いいけど、私の邪魔しないでくださいね」

「努力する」


 忍者のおじさんはなにも言ってこなかった。

 余計なことを言って機嫌を損ねたくない、といったところか。もしかすると、会社では部下を持つ上司なのかもしれない。


 佐藤みずきは勝ち誇った表情。

 かつて自分をいじめていた男を、強制的に働かせることに成功したのだ。少しは気も晴れたろう。


 軽く刀を振り上げてみたが、まあまあ振り回せそうだ。あとはゴーストの動きを観察しつつ、注意深く動くこと。幸い、敵の動きは俊敏ではない。囲まれなければ問題なかろう。


 遠方からゴーストどもがわらわらと近づいてきた。

 足音はない。

 大地を踏みしめてさえいないのだろう。

 のたのたと、後ろからせっつかれるようにこちらへ迫っている。


 もしかして、ゴーストたちも本意ではないのでは?


 後ろにいるヤバい連中が、彼らをけしかけているのかもしれない。

 俺たちで言うところの鬼司みたいなヤツが。


「来るよ!」

 高橋さんの声は少し震えていた。

 戦い慣れているのかと思いきや、意外と緊張しているらしい。


 触れられれば死に近づく。

 寿命が削られるのだったか。

 もちろん怖い。

 体の奥深くに長時間潜られると、命を食い散らかされる。しかし軽く触れられた程度なら、数日の摩耗で済むという話を聞いた。


 俺はこういうとき、神に祈ることにしている。

 神を信じるかどうかは重要じゃない。

 人間、窮地に陥ると、必ず神に祈り始める。だから先に祈りを済ませておくのだ。そうすれば、ピンチの状況でムダなことをしないで済む。


 とはいえ、これといった神は信じていないから、どんな神に祈りを捧げればいいものやら。

 ま、ご先祖にでも祈っておくか。


 俺が祈りを捧げていると、佐藤みずきがふっと鼻で笑った。

「信心深いんだ?」

「もっと派手に笑っていいぜ。ただのルーティーンだからな」

「なにか意味あるの?」

「あるんだよ」

 説明してやる義理はない。


 高橋さんが駆け出した。

 忍者が追走。

 俺も走った。


 仲間を斬るとマズいから、やや離れたポジションへ。

 一撃目は空振り。

 怖がって距離をとりすぎてしまった。そして体勢を崩したところへ、一体のゴーストが手を伸ばしてきた。

 体がざわついて、肌が粟立った。

 反射的に身を引いたおかげで助かったが、あと少しで接触するところだった。


 俺は思わず、必要以上に距離をとった。

 というか逃げた。

 とんでもないプレッシャーだ。

 ナメていた。


 いまさらに恐怖が来た。

 いや嫌悪かもしれない。

 虫の群れに遭遇してしまったときのような、無条件の戦慄。


 高橋さんは戦っている。

 忍者も。

 佐藤みずきも。


 戦えていないのは俺だけ。


 みんな、こんな思いでゴーストに立ち向かっていたのか……。

 参加したいと思うのに、足が動かない。

 踏み出せない。

 それどころか、ゴーストが近づいてくると、俺の意思などおかまいなしに後退を始めてしまった。自分の体なのに、自分でコントロールできない。頭が混乱する。


 信じたくなかった。

 自分がこんなにダメなのだとは……。


 いつの間にか側面に回っていたゴーストが、ぬっと手を伸ばしてきた。

 俺は思わず飛びのいて、メチャクチャに刀を振り回した。だが、誰にも当たらない。ゴーストはさらに近づいてくる。


 ふと、なにかが駆け抜けた。

 佐藤みずきだ。

 刀を水平に構え、俺を狙っていたゴーストの胴体を両断したのだ。

 裂かれたゴーストは霧散して消滅。


「こんなに弱い男だったんだ」

「……」

 佐藤みずきの捨てゼリフに、俺は反論できなかった。

 なぜなら、俺自身が思っていたことだからだ。

 こんなに弱い男だったんだ、と。


 佐藤みずきは行ってしまった。

 俺はひとり、この荒涼とした大地を眺めながら、呼吸を繰り返した。

 怖い夢を見た直後のように、心臓がドキドキする。

 だが、落ち着いてきた。

 落ち着いてきて、次第に腹が立ってきた。


「なにやってんだ、俺……」


 べつに、暴力的に優れているほうが優秀だとか言うつもりはない。

 そんなことを言い出したら、ゴリラのほうが人間より偉くなってしまう。

 だが、そういう問題じゃない。

 やればできると思っていたことが、できなかったのだ。

 このままでは、俺は俺を納得させることさえできなくなってしまう。それは真の敗北を意味する。

 コスモスではなくカオス。ジ・オーダーでもない。思想信条の上でも敗北を喫する。


 寿命なんかどうでもいいはずだろう。

 俺は長生きしたくない。

 だから、これに恐怖を感じるのはおかしな話だ。


 動かない足に拳を叩き込んだ。

 くだらないことでビビりやがって、クソポンコツが。

 ちゃんと痛い。感覚がある。あとは動かせばいいだけだ。


 呼吸の間隔を長めにとり、気持ちを落ち着けた。

 チャレンジしたおかげで、自分のクソダサさに気づくことができた。

 これまでの俺は、理屈ばっかりでひとつも動きやしなかった。だからいつまで経ってもなにもできない。

 そんな自分にはオサラバだ。


 自分のバカらしさに気づいたおかげで、急速にリラックスできた。脱力とも言う。

 この命にはたいした価値なんてないんだ。死んだって構やしないだろう。


 佐藤みずきにバカにされたのも納得いかなかった。

 あんな言い方しやがって。

 俺の本気を見せてやる。


 敵は腐るほどいる。

 どいつから斬ってもいい。

 俺は刀を構え、ゆっくりと駆け出した。

 そのまま敵陣へ踏み込み、手近なヤツから斬る。

 手ごたえはない。

 だが、一体が霧散した。


 触れられようが知ったこっちゃない。

 全員あの世へ送り返してやる。


 前しか見ない。

 斬れそうなヤツから斬った。

 刀を振り回すと、ゴーストは即座に霧散する。

 だからさらに踏み込んで斬る。後ろに気配があれば振り向きざまに斬る。焦らずちゃんと確認すれば、どこをどう斬ればいいのか、ある程度は分かる。

 たびたび体におぞましい感覚がくるから、きっと触れられているのだろう。だがいい。奪われた以上のものを、奪えばいい。それで俺は納得する。


 *


 銅鑼の音が響いた。

 ゴーストどもは無防備に撤退。

 俺はその背後へ斬りつけた。

 ボーナスタイムだ。一方的に殺せる。


「もういい! 戻れ!」

 忍者が喚いているが、聞くつもりはない。

 ここでいっぱいぶち殺しておけば、次はもっと楽になる。

 こんな簡単なことも分からないとは、あきれたものだ。


 ゴーストたちは次々霧散してゆく。

 俺はさらに追い込む。

 力はいらない。ただ刃を当てればいい。そのぶん全身運動になるから疲れるが、この疲労はむしろ心地のいいものだった。


「まだだ! 逃げるなよ!」

 気持ちいいくらい簡単に殺せる。

 刀を振れば、振っただけ散ってゆく。

 だんだん楽しくなってきた。

 単純作業というものは、ハマるとやめられなくなるものだ。


 そして興奮して刀を振り上げたそのとき、俺は自分の体からなにかが突き出しているのを見た。

 刀だ。

 まさか振り上げすぎて、自分の背中を貫いてしまった……のか?

 いや、腕はそんなふうには曲がらないはずだが……。


「冬木さん、もう帰る時間なんだけど」

 後ろから佐藤みずき。

 まさか、俺を刺したのか?


 ズルッと刀が抜けた。

 痛みはない。

 麻痺しているだけだろうか?

 出血もない。


「驚いた? これ、人は傷つかない刀なの」

「えっ? はっ? はい?」

 俺は自分の腹に空いたはずの穴を探すのに必死だった。

 人は傷つかない?

 たしかにノーダメージの気がする。


 佐藤みずきは、刀で自分の腕を切り落とす動作をした。刃はしかし腕を傷つけず、ズルリと通り抜けるだけ。

「ね? 分かった? もう帰るから」

「あ、ああ……」


 じゃあナニか?

 この女、俺をハメたのか?


 *


 食事は進まなかった。

 内臓がざわざわして、胃が受け付けなかったのだ。

 味噌汁でさえくどい。

 到底酒を飲む気分ではなかった。


 沐浴を終えると、まだ髪の濡れたままの佐藤みずきが近づいてきた。

「初めてにしてはまあまあだったかな。今後も逃げないで戦ってね、冬木さん」

「分かったよ」

 賭けは俺の完敗だ。

 戦いには参加するしかない。


 ただし、このバカげた仕組みに納得したわけじゃない。

 裏があるなら暴かせてもらう。そういう趣味だからな。ほかに生き甲斐もない。


「けど、なんで追っちゃいけなかったんだ? 追撃のチャンスだったのに」

 俺がそうぼやくと、彼女は露骨に顔をしかめた。

「知らないの? ゴーストたちは幽世かくりよに帰るんだよ? あのままついて行ったら、あの世行きなんだから」

「ゲートなんてなかったけど」

「空間そのものが変異するって……。ホントに知らないの? 前に説明あったと思うけど」

「すまん。記憶にない」

 どうせ参加しないからと思い、適当に聞き流した可能性がある。

 佐藤みずきもこれには苦笑いだ。


 *


 組織の車で自宅まで送ってもらった。

 夕暮れの街が流れてゆく。

 俺たちが守った景色、ということになるのか。

 だが、そんな感慨はほとんどなかった。

 俺は俺のためにしか戦っていない。他人の事情なんてどうでもいい。


 鬼司――。

 あの女は絶対になにかを企んでいる。

 人間を一瞬で殺せるほど強いのなら、自分で戦えばいい。たった四人の素人を戦場に放り込むより、よほど戦果を出るだろう。

 それに、彼女は人間のことなどどうでもいいと思っている。人間界を救う動機がない。

 きっと目的はほかのところにある。

 いつか口を割ってやる。


(続く)

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