伏兵
「先導師!?」
兵士たちが目を丸くした。
振り返ると、寒屋が屋形から出てきたところだった。
「そう、わしが先導師じゃ。特使を都から運んでおる。これは黄泉国における公務の中でも、とりわけ重要な任務じゃ。分かるな?」
「はぁ」
「おぬしら、本当に分かっておるのか? 特使じゃぞ? 百年に一度あるかないかの珍事じゃ。そう。珍事なのじゃ」
「珍事……」
そうだ。珍事だぞ。
老人は自慢の白ひげを撫でた。
「おぬしらが日頃惰性でやっておる仕事は通用せん。その鬼めは、特使の随行員。つまり、おぬしらに裁くことは許されぬ」
「なぜです!?」
「そういう法体系になっておるのじゃ。先導師のわしが言うんじゃから間違いない」
「では、この鬼を解放せよと?」
「そう言うておる。どうしてもというなら拒んでもよいが、その場合、あとでおぬしらが裁かれることになるぞ」
「ひっ」
兵士たちはナミから距離をとった。
とはいえ、ナミは両手を縛られた上、頭にお札を張り付けられている。おかげで術も使えないようだった。
寒屋は、そのお札をビッと引きはがした。
「もし誰かに事情を聞かれたら、先導師の指示じゃと言えばよい。ほら、もう行くのじゃ。すべての責任はわしがおう」
「は、では」
兵士たちはそそくさと行ってしまった。
*
牛車はふたたび動き出した。
乗客を一名増やして。
「先導師のお爺ちゃん、ありがと! あたし、好きになっちゃうかも!」
だが寒屋は渋い表情だ。
「じゃかましい。おぬし、山の蛇をとったじゃろ? いったいなにに使ったのじゃ?」
「え、こいつに食わせた」
ナミは俺を指さしている。
まあ、たしかに食べたが……。
これには寒屋も目を丸くした。
「く、食わせた? あんなものを? おぬし、そこまでひもじい思いをしとったのか?」
「いえ、精力がつくとかで……」
「精力!? まったく、そんなことのために……」
するとナミが頬をふくらませた。
「いいじゃん。誰も食べないんだから」
「愚かもの。土地のものは、その土地に住まう民のものじゃ。外から来たものは、石ころひとつとってはならぬ。そんな道理も分からぬとは」
「なんでダメなの?」
「おぬしには教育が必要なようじゃの。よかろう。わしが先導師として導いてやるわい」
「お勉強? あたし勉強嫌い」
「ふん。口では嫌じゃ嫌じゃ言うておっても、そのうち好きになるわい」
なぜかやらしいセリフに聞こえる。
俺は話題を変えた。
「ところで先導師、さっきはなぜ助けてくれたんです?」
兵士ともめれば、国内での立場も悪くなるだろうに。
彼はしかしニヤリと笑みを浮かべ、つるつる頭を手でなであげた。
「さっきも言ったじゃろ。百年ぶりの仕事なのじゃ。ここで傍観しておっては、先導師の名が泣くというもの。それに、特使とその随行員を丁重に扱うのは、最低限のマナーじゃからのぅ」
立派なことだ。
感謝しかない。
だが、ここで空気を読まないのが佐藤みずきだ。
余計なことをぼそりとつぶやいた。
「でも、ずっと思ってたんだけどさ、牛ってバッファローじゃないよね」
「……」
いいんだよ、そういうことは!
これだけデカいんだから、マッスルでバッファローなんだよ!
こいつはマジで……。
先導師は目をつむり、瞑想を始めてしまった。
聞き流すこと岩の如し。
老人の得意技だ。
*
だが、悠長に旅をしていられるのもそこまでだった。
門へ近づくにつれ、兵士たちの怒声が響いてきた。牛車を追い抜いて現地へ向かう騎馬隊もあった。かなりの激戦になっているようだ。
「ナミさんよ、なにか手はあるか?」
彼女の術ならなんとかできるかもしれない。
ナミは得意顔だ。
「もちろん。いい案があるよ」
「教えてくれ」
これ以上、黄泉国に迷惑をかけるわけにはいかない。
*
そこは血みどろの地獄絵図と化していた。
悪意は一体だけ。
なのに兵士たちは戦い方も分かっていない様子で、ただ槍による攻撃を仕掛けていた。勢いがなさすぎる。悪意は槍などものともせず、腕をぶん回して兵士を殺していた。
「よし、止まれ」
寒屋の号令で、牛車が止まった。
それと同時、俺たちは屋形から飛び出す。
「頼むぜ、ナミさん」
「任せて」
御幣をぶん回し、「かしこみかしこみ」となにやらつぶやき始めた。
鬼が何者かに祈りをささげるとはな。
すると、悪意の動きが鈍くなった。
かと思うと、パキパキと音を立て、血の池が凍り始めた。そこへ身を浸している悪意の身体も。
「おお、止まったぞ!」
「天のご加護だ! いまだ攻めよ!」
「うおおおっ!」
兵士たちは、凍り付いた悪意を槍で突き始めた。
ま、これを壊したところで、ほとんど意味がないのだが。
寒屋は深く感心していた。
「ほう。この鬼っ子、なかなか筋がよいの」
「驚いた? ナミちゃん優秀なんだから」
調子に乗っている。
まあそうする権利はあるだろう。
俺は寒屋に頭をさげた。
「先導師、なにからなにまでありがとうございました。俺たちはこれから無盡原に戻って、悪意をおびき出します」
「ふむ。殊勝じゃの。怪我だけはせぬようにな」
「はい。それでは」
俺たちが無盡原へ行き、木の根を叩けば、おそらく黄泉国に紛れ込んだ個体も引き返してくれるはずだ。
*
無盡原へ出た。
ひび割れた大地が広がるだけの、荒涼とした景色。
ざっと見渡してみるが、どこにも高橋真理とパンドロの姿はない。
「あの二人、いったいどこに……」
まさかとは思うが、本当に?
刺客に負けて命を落としたのか?
俺の所有する命の玉は二つ。
だから二人を蘇生させることはできる。
だがそうなると、忍者のおじさんを救えなくなるし、佐藤みずきを止める材料も減る。新たに買うと百億かかる。もちろんそんな金はない。
鬼司に土下座すれば、ひとつくらい融通してくれるか……。
ナミが眉をしかめた。
「いる」
「いる? 誰だ?」
「たぶん刺客だと思う」
俺はぐるりと周囲を見回したが、まったく誰の姿も見つけられなかった。
ナミはやれやれとばかりに術を使った。
大地が跳ね上がり、土中から男たちが宙へ跳ね上げられた。その数、六名。
最初に俺たちを襲ってきたのとは別チームのようだ。
もう書状は渡したあとだというのに、まだ狙ってくるとは。
「二人とも戦って! 術で強化する!」
ナミの言葉と同時、全身に力がみなぎってきた。
やるしかない。
俺は黒刀を手に、手近な一体に仕掛けた。が、ギリギリのところで防がれてしまった。刀と刀がぶつかり合い、ギィンと耳が痛くなるような音を聞いた。
脇から突き込んできたのを、すんでのところで回避。
かと思うと、別のが斬りかかってきた。俺はとっさに刀で弾く。
一瞬たりとも思考する余裕がない。
すべて反射で応じなければ。
敵が動く。補足して反応。隙があれば攻める。攻められたら防ぐ。
それ以外、なにもできない。
仲間たちの戦況を確認する時間さえない。
刀が飛んできて、地面に刺さった。
ちらと見えたその色は、黒。
武器を落としたか。
しかしフォローに入る余裕はない。気を抜いたら、その瞬間殺されてしまう。
頼むから生き延びてくれ。
本能だけで体を動かしていると、また視界の端になにかを見た。
それが誰なのか判断する余裕さえないが、とにかく人影だ。
猛スピードでこちらへ来る。
敵か?
味方か?
ふと、俺に斬りかかろうとしていた刺客が、腰のあたりから真っ二つに裂けた。
俺が斬ったわけじゃない。
佐藤みずきでもない。
「間に合ったねぇ!」
包帯まみれで首にコルセットをした林田雷花が、大地を滑っている。
どういうことだ?
たま子が増援をよこしたのか?
敵陣は崩れた。
俺は無我夢中で攻めた。
佐藤みずきも刀を拾い、体勢を立て直した。
数秒後、刺客はすべて死体となり、地に伏した。
生き延びた。
「はぁっ、はぁっ……」
俺はへたり込み、呼吸を繰り返すことしかできなかった。
先ほどの戦闘の様子が、早送りみたいに脳内で何度も再生された。
緊張しすぎて、四肢の筋肉がピクピクしている。
死ななかったのが不思議なくらいだ。
「あのさ、あと二人いたよね? どこ行ったの?」
林田雷花の問いに、俺はなんとかツバを飲み込んで応じた。
「分からない。最初にこいつらに狙われたとき、二人に任せて先に行ったんだ。それ以来、会ってない」
佐藤みずきは木の根に向かって吐いていた。
さすがの悪意も、これは吸収しないだろう。
林田雷花は「ふん」と鼻を鳴らした。
「じゃ、どっかでサボってる可能性もあるワケね。ホント、だらしないんだから」
「怪我はもういいの?」
「こんなの怪我じゃない」
「でも瀕死だったぜ?」
「瀕死じゃない。勝手なこと言うな。殺すぞ」
負けず嫌いだな。
もしかすると、本当はまだ動ける状態じゃないのかもしれない。
ナミが肩をすくめた。
「このあと、悪意とも戦わなきゃいけないんだけど」
すると林田雷花の眉間に、ぐっとしわが寄った。
「なんで?」
「一部が黄泉国に入っちゃったから、それを引き出すの」
「いやちょっと待て。あんた、ナミか? あたしらの敵だよな? なんで一緒にいるんだ?」
「いまは仲間よ。説明聞いてないの?」
「ああ、そうだっけ。聞いてた気がするな」
まだ本調子じゃないようだな。
いや、本調子でもこんな感じだったか。
俺は思わず苦笑した。
「ナミさん、みんながどこにいるか特定できないか?」
「さすがにムリだよ。もっと近づかないと」
少なくともこの付近にはいないということか。
参ったな。
二人を置き去りにして俺たちだけ帰還するわけにもいかないし。
佐藤みずきが口元をぬぐいながら戻ってきた。
「ナミちゃんさ、あれやってよ。地面から建物生やすやつ」
「なんで?」
「おっきな建物用意して、スピーカーで呼びかけたらさ、みんな集まってくるんじゃない?」
「それだ! 悪意の核も呼び寄せられるし、一石二鳥だよ!」
佐藤みずきめ、いいアイデア出しやがって。
しかも勝ち誇った顔で俺を見ている。
言っておくけど、このあと友達になるんだからな?
正直、なれるか不安だけど。
(続く)




