マッスル・バッファロー
いま俺たちは、牛車に揺られている。
いいにおいのする、豪華な箱型の屋形だ。これを引いているのは黒くて巨大な牛。たぶん俺たちの知ってる牛ではない。
のたのたしているが、歩くより速い。
「しかしおぬしら、長いこと戦っておったの。いや、戦っておったのは鬼司と……もう一匹の鬼であったか。よう飽きもせず続けるわと思うておったが、ついに飽きたようじゃの」
先導師の寒屋も屋形にいる。
牛に指示を出さずとも、勝手に都へ案内してくれるようだ。
「途中、妨害を受けたのですが……」
「どうせカルトじゃろ。御神託を受けたとかなんとかのたもうておったな。愚かな連中じゃ。ちゃんと斬って捨てたんじゃろうな?」
「一応は。ただ、一部を仲間が引き受けて、そのまま生き別れに……」
「ま、死んでも反魂丹でなんとかできるじゃろ。鬼司め、だいぶ溜め込んでおるようじゃからの。足りなければ古物商とかいう畜生から巻き上げてもよいしの」
意外と血の気の多い老人なのかもしれない。
先導師という肩書や、仙人みたいな風貌とは裏腹に、さっきから言葉が好戦的だ。
「都はどんなところなんです?」
「むかしは神聖な場所じゃったが……。いまや欲望渦巻くパリピの巣窟になってしもうての。まともにやっとるのは役人くらいじゃ。わしももう少し若ければのぅ……」
このご老人、わりと欲望に忠実だな。
いや、都まで運んでくれるだけでも感謝しなくては。いまのところ金銭も要求されていない。
「じゃが気を付けるのじゃ。わしらは触れ合うと、互いに寿命をすり減らしてしまう。まあわしなんぞはもういつ死んでも構わぬが。普通はおぬしらを毛嫌いするじゃろう。書類だけ渡してとっとと帰るのが賢明じゃわい」
「そうします」
こちらにしてみれば彼らはゴーストみたいなものだが、彼らにしてみても同じことが言える。
互いに距離を取るべきだろう。
「止まれ! 止まれぇい!」
ふと、外から声があがった。
検問のようなものでもあるのだろうか。
だが牛は止まらず、検問に突っ込んでしまった。
「おい待てぇい! 止まれ! 止まらんか!」
ガァンとなにかを蹴散らし、大混乱になっている。
老人はやれやれとばかりに牛へ向き直った。
「よし、止まれ」
すると牛は、数歩進んでようやく足を止めた。
ズタボロになった兵士が、屋形に顔を突っ込んできた。
「先導師、頼みますぞ!」
「急に出てきたおぬしらが悪い。いったいなんなのじゃ。わしのマッスル・バッファロー号を止めたからには、よほど重要なことなのじゃろうな?」
そのネーミングセンスはなんなんだよ。
警備兵もうんざり顔だ。
「黄泉国に、悪意が侵入したという情報がありまして」
「で? その悪意とやらは、この車に乗っておるのか?」
「それを調べております」
「愚かものめ。どこに目をつけておるのじゃ。くだらん。行け」
老人が牛に命令すると、牛車は無慈悲に前進を始めた。
兵士も「ああっ」と振り落とされてしまった。
まあ悪意は乗っていないにしても、この老人もかなり強引だ。
それだけの権力を有しているということか。
「まったくくだらん。先導師の車に、悪意が乗っておるはずがなかろう。普段から惰性で仕事しとるから応用が効かなくなるのじゃ。組織というのはすぐに腐敗する。嘆かわしい」
まったくだ。
最近の若いヤツはなってないよ。
しかしその若いヤツを導くのは、老人の仕事ではなかろうか。
ま、機嫌を損ねるから言わないが。
佐藤みずきはずっと黙っている。
あまりにくだらなすぎて、口を開く気にもなれないのだろう。
*
途中、何度も検問を無視して通過した。
あきらかに問題だと思うのだが……。
街をひとつ通過しただけで、すぐに都へ入ることができた。
日の傾いた夕刻。
「先導師のご到着! 開門! 開門!」
突破されるのが分かっているのか、都の門番たちは率先して門を開けた。
屋形から外を覗くと、大きな通りがまっすぐどこまでも伸びていた。
道沿いには立派な家々。
夕刻であるからか、人通りはあまりない。
「ちょうどよい時間に来たな」
寒屋はそんなことをつぶやいた。
「どういう意味です?」
「言ったじゃろ。パリピばかりじゃと。都の本番はこれからじゃ」
「……」
人通りが少ないのは、これから寝るからではなく、まだパーティーの時間じゃないから、ということか。いったいどんな街なのであろうか。
しばらく進むと、巨大な山のような建物に遭遇した。
城……というよりは塔だ。
木造建築だろうか。壁は漆喰。
「まったく、みんなの税金でこんなムダなものを建ておって。いつか崩れるぞい」
ここも人間社会と似たような感じなのかもしれない。
牛が止まったので、俺たちは外へ出た。
警備兵が駆け寄ってきた。
「これはこれは特使どの。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
武装しているが、対応は丁寧だ。
さすがに都の警備をしているだけあり、教養のあるものを任務にあてているのだろう。
寒屋はうなずいた。
「書状を届けに参った」
「しかし役所は、本日の業務を終えております。明日あらためていらしてください」
「先導師じゃぞ?」
「決まりですので」
「これじゃ。ま、役所がこうなのは知っておったわ。宿へ案内せい。奇麗所も忘れずにつけるのじゃ」
「はぁ」
とんでもないクソジジイだな。
兵士も困惑している。
*
しかし案内されたのは、役所内に設置された仮眠室だった。
三人とも同じ部屋。
「な、なんじゃこの扱いは! 先導師じゃぞ!?」
だが兵士の説明はこうだった。
夜になるとパリピが溢れる。
すると民間の宿はかなり治安の悪いことになる。
地上の人間をそこらに置いておけば、互いに濃厚接触して寿命が縮んでしまう。
ゆえに役所内に留まって欲しいと。
奇麗所が来ないのは、つまりは俺たちのせいなのだ。
「はぁ、まったく。久々の都じゃというのに、こんな狭苦しい部屋に押し込まれるとは。わしだけでも高級ホテルに泊めてくれんかの」
行きたければ勝手に出て行って欲しい。
佐藤みずきは「私もう寝るわ」とすでに横になっていた。
だから俺の会話相手は、この老人しかいないのだった。
「先導師、悪意というのは、黄泉国へも入ってくるものなのですか?」
俺が尋ねると、完全にすねた寒屋がちらとこちらを見た。
「もっと楽しい話をせんか?」
「なんです?」
「ここをこっそり抜け出して、わしらもパーリーに参加するんじゃ」
「問題になりますよ」
「せめて酒でもあればのぅ。で、なんじゃ? 悪意の話をしておったのか? あれは負のエネルギーが集まり、具現化した姿じゃ。誰か特定の個人ではない。きっとあやつ自身、自分が誰かも分かっておらぬじゃろ。都にもいっぱいおったのじゃ。それをこっそり無盡原に流しての」
産業廃棄物みたいな扱いだ。
「そのせいで無盡原の加護が失われ、三途の川が消えたと?」
「なんじゃ、詳しいではないか。あれ以来、無盡原は荒れてしもうての。管理のためにと飛頭蛮を放ったのじゃが……。悪意に取り込まれ、手に負えんようになっての」
「飛頭蛮?」
「見たことないか? 首だけのバケモノじゃ」
あいつらか。
社稷だったり、木の実だったり。
「なぜあれが社稷に?」
「社稷? はぁ、ではまだいちおう、無盡原を守るつもりはあるんじゃの……。自分たちを、あそこの守り手とでも思うておるのじゃろ」
正式な社稷ではなく「自分を守り手だと思い込んでるだけのなにか」だったのか。
そう考えると気の毒だな。
老人はごろんと横になった。
「その後、重役の三男坊を派遣して、事態の鎮静化を図ろうとしたのじゃ。ま、鎮静化に失敗したところで、黄泉国にはデメリットもないんじゃが。生態系を破壊した手前、後ろ暗い気持ちもあったのじゃろ」
「その役人の三男坊ってのは……」
「おぬしも知っておろう。閻魔を自称しておったあの男じゃ。しかし天の怒りを買い、存在を消されてしもうた」
あとは俺の知る歴史につながる、というわけだ。
無盡原が悪意に満ちたのは、黄泉国のせいだったとは。
老人は、俺の言いたいことに気付いたらしい。
「無盡原には悪いことをしたと思うておる。じゃがあの当時、黄泉国も、死者の魂まみれで大変じゃったのじゃ。この国が機能しなくなれば、おぬしら人の世にまで害が及ぶ。苦肉の策じゃった。幸い、無盡原には鬼しか住んでおらんかったしの」
「鬼が住んでた? じゃあ、彼らは……」
「うむ……。一部は黄泉国で使役しておる。大半はどこかへ離散してしもうたがの。人の世へ出て、成敗されたのもおった」
鬼たちはいきなり故郷を穢され、追われたというわけか。
鬼司はこの歴史を知っているのだろうか?
ナミは三途の川の存在を知っていたようだが……。
老人はぼりぼりと尻を掻いた。
「鬼どもには言うなよ? また面倒なことになるからのぅ。そうでなくとも、いまや例のカルトが鬼を警戒しとる。火薬庫で火遊びはせぬことじゃ」
なんだか黄泉国と鬼たちとの、人種間の闘争が始まりそうにも思える。
彼らはもっと超越的な存在かと思っていたが、やってることは俺たちと大差がないようだ。
きっと言わないほうがいい。
無用な憎しみを生むだけだ。
*
食事と風呂を供され、俺たちは寝た。
そして朝。
「おはようございます。担当官がお会いになると仰せです。ご支度ください」
無遠慮に役人が乗り込んできた。
いきなり叩き起こしておいてこれだ。
佐藤みずきも「なんなのよもう」とご立腹。
寒屋などは足を開き、ブッと屁で返事をする始末。
地獄にふさわしい光景だ。
俺には血まみれのスーツしかないが、まあ仕方がない。
なんとか体裁を整え、俺たちは役所へ向かった。
あの高い塔だ。
*
高すぎて、見上げていると首がもげそうになった。
これを税金で建てたというのだから、老人が皮肉を言うのもムリはなかろう。
中では眠たげなメガネの女性が待っていた。
「わたくしは書司をしております、月子と申します」
「冬木です」
「存じ上げております。さ、こちらへ」
中には木製のエレベーターまであった。
役人たちはせわしなく廊下を行き来していた。
本だらけの狭い部屋へ通された。
椅子がある。
みんな土足のまま生活しているらしい。
忙しいようだから、いちいち靴を脱いだり履いたりしたくないのかもしれない。
「ええと、書状でしたね。お預かりします」
月子に催促され、俺は内ポケットから書状を取り出した。血まみれになってもいいよう、ビニールで包んである。生活の知恵だ。
彼女は書を開くと、「ふむふむ」とうなずいた。
「間違いありませんね。たしかに受け取りました。過去の起請文と照合し、問題ないようでしたら、正式に承認をくだします」
「結果はいつ知ることができます?」
「早ければ数日以内に。しかしお待ちいただかなくても結構ですよ。こちらから追って特使を派遣します」
役目は終わった。
あとは生きて帰るだけ。
俺は頭をさげた。
「では、よろしくお願いします」
「ご苦労さまでした」
話を聞く限り、無盡原の統治者といっても、たぶんここの役人と同等の権力しか有していないのだろう。一国一城の主ではない。
*
俺たちはすぐに都を出た。
滞在する理由もなかった。
じつは今回の話は、たま子が水面下で進めていたらしい。しかし最終決定のためには、どうしても正式な文書が必要だった。
なので黄泉国に入国できる俺が、文書を運ぶ必要があったのだ。
不便だが、インフラの整っていないここでは仕方がない。仮にインフラが整っていても、紙の文書を必要とする国だってあるくらいだ。たとえばここの真上に。
だが、帰路も問題が発生した。
「助けて! 人間! 助けて!」
牛車で移動していると、いきなり金切り声が聞こえてきた。
ナミだ。
なぜか兵士に連行されている。
「先導師! 止めてください!」
「よし、止まれ」
提案通り、彼は車を止めてくれた。
俺は屋形を飛び出し、ナミのもとへ駆け寄った。
「ちょっと待ってくれ! なにが起きたんだ!?」
しかし彼らは、問答無用とばかりに槍を構えた。
「なんだ貴様!」
「人の世のものか! ええい、寄るな!」
「なぜその子を連れていく? 彼女は俺の護衛だぞ!」
「この鬼は罪を犯した。法に従い、都へ連行する」
「罪状は?」
「呪術を使い、悪意を呼び込んだ罪だ。ウソだと思うならこの先へ行ってみよ。どこもかしこも血の海と化しておるぞ」
そんな……。
悪意は、俺たちを追ってここまで来たということか。
いったいどうすれば……。
(続く)




