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The World Savers  作者: 不覚たん
散種編

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27/32

異邦へ

 もはや危険はない。

 そう思い込んでいた俺たちの前に、数名の男たちが立ちふさがった。


 平安時代みたいな服。顔へ垂らした和紙には謎の記号。

 黄泉国の連中だ。


「ようこそ参られた、鬼司の手のものよ。我ら役所より参ったもの。書状をあずかろう」

 様子がおかしかった。

 どいつもこいつも刀を有している。まあそれは正装かもしれないのでいいとして。雰囲気が異様にピリついていた。書状を受け取ろうとした男だけが前へ出て、他の五名は半円状に整列し、俺たちを取り囲もうとしている。


 たま子の話では、今回の和議を快く思わぬ一派もいるという。

 無盡原での争いが終われば、次は黄泉国へ攻め込んでくるのでは、などと危惧するパラノイア野郎がいるらしいのだ。

 そいつらが妨害に来るかもしれないと。


 俺はこう告げた。

「ご足労感謝する。しかし大事な書状なので、直接届けたい。道をあけていただけないか?」

「その必要はない。書状は私が預かる」

「言っておくが、書類上とはいえ、俺は無盡原の統治者だ。ここでは俺の命に従ってもらう」

「やむをえん。斬れ」

 彼らは次々と抜刀した。

 赤い刃だ。


 すると地面がバーンとせりあがり、六名の男たちは一斉に宙へ突き上げられた。

 ナミの術だ。

 だが敵もただものではないらしく、空中で姿勢を制御し、着地と同時に攻撃を仕掛けてきた。

 それを高橋真理とパンドロが迎撃する。


「行って! ここは私たちがなんとかする!」

「僕たちもすぐに追いつく」

 咎人たちの身体能力は高い。


「ありがとう。向こうで会おう」

 ここは彼らに任せるべきだろう。


 *


 俺と佐藤みずき、そしてナミの三名になった。

 まさか刺客を送り付けてくるとは。


「この調子で大丈夫なの? 生きて帰れる自信ないんだけど」

 佐藤みずきが笑いながらそんなことを言う。

 ま、彼女はいいんだろう。

 死んでも困らないんだから。

「大丈夫だよ。俺はこの無盡原の統治者なんだぜ?」

「その肩書、ちっとも役に立たなかったじゃない」

「まあな」

 ダメかもしれない。

 そのときはそのときだ。

 俺の計画性のなさを恨みながら死ぬしかない。


 ナミはケタケタ笑った。

「そしたらあのお歯黒ババア、また後家さんだね。いっつも男に死なれちゃうんだから。ザマないね」

 負け惜しみにしか聞こえないが。

 俺が反論するより先に、佐藤みずきが皮肉をカマした。

「そういうあなたはどうなの? そもそも結婚したことあるの?」

「はぁ? 別に関係ないんだけど!」

「まあそう怒らないで。私も結婚したことないから」

「なにそれ!? じゃあなんであたしのことバカにしたの? 頭おかしいんじゃないの?」

 頭がおかしいのは間違いない。


 しかしこの二人、さっきからずっと口論してばっかりだ。

 おもに佐藤みずきのせいだけど。


 俺は話題を変えてやることにした。

「ところでナミさんよ、黄泉国ってのはまだ遠いのか?」

「え、黄泉国? あと半分くらいかな」

「じゃあ、今日中につくな」

 無盡原というわりに、意外と狭い。

 いや、空間そのものは無限とも思えるほど広がっているのだ。しかし鬼司の屋敷と、黄泉国、両者はそれほど離れていないらしい。


 ナミは少し背伸びして、遠くを眺めた。

「あの辺ね、むかし三途の川があったんだって」

「三途の川? いまはないのか?」

「うん。なんか無盡原は一度見捨てられたらしくて、天だか地だかの加護がなくなって……。それでこんなになっちゃったんだって。あたしらが来る前の話だよ」

 よく見ると、川の名残なのか、そこかしこに石が積まれていた。

 こんな昔話みたいな場所に、本当に自分がいるのかと思うと、かなり不思議な気持ちになる。一般開放すれば、まあまあ観光地になりそうなものだが。ゴーストさえいなければ。


 俺はナミに尋ねた。

「ゴーストってのはなんなんだ?」

 あまりに質問が素朴すぎたのか、彼女はぎょっとした顔になった。

「えっ? 知らないの?」

「知らない。死んだヤツの霊魂とかかなとは思うけど」

「そうだよ。知ってんじゃん」

「普段どこにいて、なぜ出てくるんだ?」

「黄泉国にいるよ。たまに無盡原で遊ばせて、銅鑼で呼び戻してんの。でも帰ってこないのもいるから、そういうのは諦めるしかなくて」


 いやいやいや。

 衝撃の事実なのだが。


「ちょっと待て。あんたが放ってたんじゃないのか?」

「まあそういうこともできるけど。基本的には役所が管理してる。あんまり閉じ込めておくと悪意に変わっちゃうから。でも帰ってこない子もいるよね。地上に戻りたいじゃん? もともとそこに住んでたんだからさ。戻れた子は幸せだよね」

「じゃあゴーストの出現は、あんたらの戦いとは無関係なのか?」

 この問いに、ナミはペロッと舌を出した。

「バレた? 銅鑼が鳴れば帰るから、ホントは鬼道師が戦う必要なんてないんだよね」

「つまり二人の戦いが終わっても、ゴーストは出現するのか? 地上にも出てくると?」

「うん、出るよ。もし触れば寿命も縮むはず。でも誰も気づかないし、あんまり問題じゃないと思うな。触ってもすぐ死ぬわけじゃないし」


 つまりこの無盡原は、戦いが終わったあとも管理が必要ということだ。

 ゴーストが地上へ出てきてしまう。


 もしそうなら、不幸中の幸いとしか言えないが、咎人に仕事を与えることができるかもしれない。


「あ、なんか来てるね」

 ナミがつぶやいた。


 振り向くと、血まみれの男が一名、刀を手に、こちらへ猛ダッシュで迫っているところだった。

 先ほどの生き残りか?

 だとしたら、あの二人は……。


 俺は刀を構え、敵の正面に立った。

 こうなったら戦うしかない。ハッキリ言って怖いが、背を向けて逃げるより、向かい合ったほうが生存率もあがる。

 こんなことなら、お祈りを済ませておくんだった。


 集中しているせいか、敵の動きがスローモーションに見えた。

 敵が刀を振り上げる。

 本当に、のったりした動きだ。

 斬ってくださいとばかりに。

 俺はがら空きになった胴へ、黒刀を叩き込んだ。


 信じられないことに、バキリと背骨の折れる手ごたえがあった。

 いくら集中しているからといって、人体を両断できるほどの腕が俺にあったのか?

 まさか、知らないうちに鬼の肉を食わされていたか……。


 集中が途切れると、時間の流れがもとに戻った。

 刺客は絶命していた。

 血を吸った近くの木が花を咲かせたが、実はなっていない。


 ナミがまた笑った。

「さすが! カッコイイ!」

「なんだか分からないが、急に強くなった」

「そうだよ。私が呪術で強化してあげたんだから。次もお願いね?」

「……」

 この女、きっと自分の術だけで敵を倒すことができたのに、俺を強化して遊んでやがったのか。


 佐藤みずきが溜め息をついた。

「でも殺しちゃったら、情報聞けないじゃない。あの二人、どうなったんだろ」

「信じるしかない」

「信じたところで救われないのに?」

「ほかにしようがないんだ。ウソでもいいから、俺たちは神に祈るしかない」

「あなたの場合、神っていうより、鬼に祈ったほうがいいんじゃない?」

 それもそうだな。

 次からはそうするとしよう。


「しかしこの黒刀、人体は斬れないのでは?」

 俺は刀をしげしげと眺めた。

 いま、あきらかに人体を切断した。

 つまり彼らは人間ではないのか?


 ナミが肩をすくめた。

「なにも知らないんだね? 黄泉国の住民は、地上の人間とは違うの。ん-、言ってみれば、あんたらがプラスの生命力だとしたら、こいつらはマイナスの生命力だね。だから、触れ合ったらお互いに寿命が縮むと思う」

「えっ? つまり鬼も……」

「鬼はプラスでもマイナスでもないわ。だから触れ合い放題。試してみる?」

「いや、いい」

 もしそれで寿命が減るなら、俺はとっくに鬼司に殺されているはずだ。


「もしかしてゴーストも?」

「そう。だから黄泉国の住民は、ゴーストに触れても平気なの。ま、普通は触れたがらないけどね」

 つまり黄泉国の住民は、俺と佐藤みずきを歓迎しないだろう。

 場合によっては攻撃してくるかもしれない。

 用心しなければ。


「もうすぐ黄泉国だよ。門が見えてくるはず」

 門というか、巨大な鳥居だ。

 いままでここからゴーストが飛び出してきたのか。


 *


 ワープ装置のようなものだろうか。

 鳥居を抜けると、なにもない山野に出た。

 やや薄明るい印象はあるものの、黄泉国という名からは想像もできぬほど普通な場所だった。

 いるのは、槍で武装した警備員が一名のみ。


「あ? あれ? あれれ? ホントに来た……」

 中年男性だ。

 じつに困った顔をしている。


 ナミが胸を張って応じた。

「この人が無盡原の統治者よ! ひれふしなさい!」

「なに言ってんだ。お前は入国禁止のはずだろ? なに堂々と入ってきてんだ?」

「道案内してたの! それに出入禁止なのは都だけでしょ!」

「ここも禁止だ。こないだも勝手に入ってきて蛇とってったろ? 地元のヤツら怒ってたぞ」

「うるさい!」

 思えばナミは、いちおう鬼司と争っているから有力者なのかと思いきや、書類上はなんらの肩書もないただの鬼でしかないのだった。


 俺はいちおうフォローを入れてやった。

「彼女は俺の護衛なんだ。あまりつらく当たらないでくれ」

「そういうあんたは……。ホントに無盡原の? まあ話は聞いてる。いちおう決まりなんで、この先の屋敷に顔を出してくれ。先導師がいる。都へはその人が案内してくれるはずだ。おい、ナミ。お前は行くなよ。怒られるだけだぞ」

 するとナミは「ふん」とふてくされてしまった。


 だが、そうだな。

 これから都へ入るとなると、ナミの存在は問題になるだろう。

「悪いな、ナミさんよ。ここで待っててくれないか。用を済ませてすぐ戻ってくる」

「いいよ。いじめられるのは慣れてるもん」

「そう気を悪くするな。ここまで手を貸してくれて感謝してる。あとでなにかお礼するよ」

「じゃあお歯黒ババアと別れて、あたしと結婚してよ」

「それはムリだ。鍋の具にされる」

 鍋の具という言葉が出た瞬間、ナミも納得してくれた。


 *


 先導師とやらの屋敷はすぐに見つかった。

 茅葺屋根の、立派な屋敷だ。

 ニワトリ小屋があり、そこでコッココッコとかすかに鳴いている。


「おやおや、本当に来たのか。ご苦労なことだ」

 頭のつるつるな、しかし白ひげを長く伸ばした老人が、のたのたと出てきた。

 仙人みたいだ。

「冬木一です。こっちは護衛の佐藤みずき。都まで案内いただけると聞いてお邪魔しました」

「さよう。我は先導師。名は寒屋かんおく。棺桶ではないぞ。ふぉふぉふぉ」

 なんだ?

 いま、黄泉国ジョークが炸裂したのか?

 いちおう笑っておいたほうがいいか……。


「そう緊張せんでよい。車を用意する」

「車?」

「地上の人間が想像するようなものではないぞ。牛に引かせる」

「牛……」

 牛車というヤツか。

 まあ道が整地されているようには見えないから、あまりスピードが出ると転倒の危険もある。牛くらいのスピードが丁度いいのだろう。


 さて、あとは都へ向かうだけ。

 頼むから問題は起きないでくれよ。


(続く)

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